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幻獣の絆  作者: 斎佳奈
山寺編
29/40

決断

第2章はここで一区切りです。次回から第3章が始まります。舞台も大きく変わり、新たな出会いと試練、そしてこれまで少しずつ張ってきた伏線も動き始めます。引き続きよろしくお願いします。

香月たちが挨拶をして事務所を引き上げようとした、その時だった。


「香月さん」


悠真が呼び止める。


「少しお話があります」


香月は少し首を傾げた。


「私ですか?」


「ええ」


悟は何となく察したように頷く。


「では先に戻っています」


「香月姉ちゃん、また後で」


康太も手を振る。


「うん」


二人を見送った後、悠真は着席を薦めた。香月は悠真の向かいへ腰を下ろした。しばらく沈黙が流れる。やがて悠真が口を開いた。


「香月さんは、この先どうするおつもりですか?」


香月は一瞬答えに詰まった。


「えっと、実は……まだ何も決めていません」


苦笑しながら答える。


「仕事は二週間ほど有給休暇を取ってあります。でも、その後のことは考えていませんでした」


手を頬に当てる。


「正直、いろんなことが一度に起きすぎて」


悠真は静かに頷いた。


「そうでしょうね」


そして少し考えてから続ける。


「ですが、おそらく香月さんが一人で寺の外へ出るのは危険です。東京へ戻ることも、あまりお勧めしません」


香月も頷いた。薄々は気付いていた。


「ですよね」


小さく笑う。


「たぶん当分、元の生活には戻れないんだろうなって」


少し考える。


「仕事も……長く休めば迷惑になりますし。辞めるしかないのかな、と思っています」


言葉にすると妙な実感があった。つい数週間前まで当たり前だった生活が、もう遠いもののように思える。


「そうなるとアパートも引き払った方が良さそうですね……家具付きでしたし、私物もそんなにありませんから。大家さんと会社には、明日連絡しようと思います」


悠真は静かに頷いた。


「それが良いでしょう」


しばらく沈黙が流れる。ふと香月は気になっていたことを思い出した。


「あの、私、食費とか滞在費とか払ってませんよね」


悠真が首を傾げる。


「そんなことは、気にしなくていいですよ」


「なんというか……悪い気がするんです」


香月は苦笑した。


「ずっとお世話になっているのに」


悠真は小さく笑った。


「食事の準備も掃除も手伝ってくださっていますよね。今はそれで十分ですよ」


香月は首を傾げる。


「そんなのでいいんですか?」


「ええ」


悠真は頷いた。


「ここでは皆、自分にできることを探してやっています。最初から役割が決まっているわけではありません」


香月は少し考え込む。


「でも、まだ分からないことだらけなんです。能力のことも、自分に何ができるのかも。これからどうなるのかも」


悠真は穏やかな表情のまま答えた。


「焦る必要はありません。ゆっくり探していけばいいんですよ」


そして少し微笑む。


「それに香月さんは才能があります。今はまだ分からなくても、訓練を重ねればできることは増えていきます。このまま行けば、いずれは結界維持の方も手伝っていただくことになると思います」


香月は曖昧に笑った。才能と言われても、全く実感が湧かない。


ふと視線を動かす。そこで初めて気付いた。悠真の机の上に書類が山積みになっている。帳簿。手紙。役所関係らしい封筒。領収書の束。整理はされているようだが、それでも処理待ちの書類がいくつも積み上がっていた。香月は思わず呟く。


「すごい量ですね」


悠真も机へ目を向けた。


「ああ」


少し困ったように笑う。


「最近いろいろありましたから、なかなか手が回らなくて。こういう仕事ができるのは、今のところ私だけですし」


香月はしばらく書類を見つめた。見慣れた光景だった。会社でも毎日似たような書類を捌いていた。やがて思い切って提案する。


「手伝いましょうか?」


悠真が顔を上げる。


「こういう書類なら、会社でも毎日のように扱っていましたし」


悠真は少し考えた後、頷いた。


「そうですね。少し手伝っていただけると助かります」


そして小さく笑う。


「せっかくのお申し出ですし」


香月も少し笑った。悠真が続ける。


「では、早速ですが明日から宜しくお願いしますね」


「はい」


話はそれでまとまった。



客間へ戻る途中だった。悟と康太が縁側に座って待っていた。


「あ」


康太が立ち上がる。


「何の話だったの?」


香月は少し考えてから答えた。


「しばらく、ここに滞在することになりそう」


康太の顔がぱっと明るくなる。


「よかった!」


その反応に香月の顔が綻んだ。一方で悟は少し申し訳なさそうな顔をした。


「巻き込んでしまって、本当にすみません」


香月は首を振る。


「今さらですよ」


三人で小さく笑う。先のことはまだ分からない。不安が消えたわけではなかった。それでも香月は思う。


今は自分にできることをやろう。その一つ一つの積み重ねが、未来へと繋がっていくはずだから。


山の向こうでは、すっかり日が落ちていた。

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