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幻獣の絆  作者: 斎佳奈
山寺編
28/38

事情聴取

案内されたのは寺の事務所だった。鈴木と山岡は薦められるまま座布団へ腰を下ろした。悠真がお茶の準備を始める。山岡は周囲を見回した。古い柱。よく手入れされた畳。床の間には季節の花が飾られ、開け放たれた障子の向こうには山の緑が広がっている。


「こんなところにお寺があったんですね」


山岡が思わず口にした。悠真は頷く。


「元々は普通のお寺だったんですよ」


窓の外へ視線を向ける。


「跡継ぎもおらず、檀家も減って廃寺になりかけていたそうです。それでご縁があって、管理と維持を引き受ける代わりに使わせていただいています」


「なるほど」


鈴木が頷く。山岡は湯呑みを手に取りながら大きく息を吐いた。


「それにしても、あの階段、ほんっと大変でした……」


悠真が少し首を傾げる。


「そうですか?車でも来られますよ」


山岡の動きが止まる。


「え?」


「裏に道路がありますので」


数秒の沈黙。


「車で来れるんなら最初からそう言ってくださいよ。麓に車停めてあるんですから」


悠真は少し申し訳なさそうな顔をした。


「ああ、それは失礼しました」


山岡は額を押さえた。


「というか、なんで階段登るのが前提なんですか……」


鈴木が苦笑する。


「それくらいにしとけ」


山岡は渋々引き下がった。


「それで」


鈴木が居住まいを正す。


「ここはどういう場所なんですか?」


悠真は少し考えてから答えた。


「表向きには寺ですが、実際には訓練所のようなものです。能力が強すぎて地元で対応できない子供たちを何人か預かっています。基本的に能力の伸ばし方や力の制御を教えています」


山岡がメモを取る。


「学校みたいなものですか?」


悠真は頷いた。


「保護施設と訓練所を兼ねている感じです」


鈴木は静かに周囲を見回すと、なるほど、と小さく呟いた。そういう施設の存在は過去に報告で聞いていた。


「では」


悠真が立ち上がる。


「本人たちを呼んできます」


しばらくして襖が開いた。最初に入ってきたのは悟だった。その後ろに香月、そして康太が遠慮がちに続く。康太は鈴木たちを見ると少しだけ身を固くした。


「大丈夫ですよ」


鈴木は穏やかに言った。


「今日はお話を聞きに来ただけですから」


そう言って名刺を差し出す。


「政府直轄特殊捜査官の鈴木と申します」


「こちらは山岡です」


山岡も軽く頭を下げた。


「よろしくお願いします」


香月たちも簡潔に自己紹介をして席へ着く。しばらく沈黙が流れた。やがて鈴木が口を開く。


「東京で起きた事件について、お話を伺いたいのですが」


鈴木の言葉に悟が頷いた。


「分かりました」


悟は一度康太の方へ視線を向ける。


「東京へは、康太を寺に連れてくる前に、所用で立ち寄りました」


そこから順を追って説明を始めた。正体不明の集団に跡をつけられ、襲撃されたこと。康太を狙っていたようなので一旦康太に身を隠すよう指示したこと。はぐれてしまった康太を香月が保護したこと。商店街で合流した時に再度襲撃されたこと。


鈴木と山岡は時折質問を挟みながら話を聞いていた。


「相手の正体に心当たりは?」


鈴木が尋ねる。悟は首を振った。


「ありません。ただ」


少し考えてから続ける。


「統率が取れていました。相当訓練されている集団だと思います」


山岡が顔を上げる。


「プロか」


悟は頷いた。


「そう思います。あと、相手も能力者でした」


鈴木は黙ってメモを取った。


「なるほど」


しばらく沈黙が流れる。やがて鈴木が口を開いた。


「東京では死者が一名出ています」


部屋の空気が少し変わった。


「何か心当たりはありますか?」


「ありません」


悟は首を振る。


鈴木は悟の表情を観察したが、それ以上は追及しなかった。


「そうですか」


そして再び手元の資料へ目を落とす。


「もう一点あります」


今度は康太へ視線を向けた。康太の身体が僅かに強張る。


「目撃証言によると、子供が大声を上げた直後、周囲の物が吹き飛んだそうです」


誰もすぐには答えなかった。鈴木は続ける。


「描写からすると、康太君のことだと思うのですが」


康太が俯く。握り込んだ拳が膝の上で震えていた。悠真が口を開く。


「おそらくそうでしょう。極度の恐怖状態に陥ると能力が暴走してしまうことがあります。特に子供の場合は珍しくありません」


康太は気まずそうに目を逸らした。悠真はそんな康太を見て続けた。


「だからこそ訓練が必要なのです。ここはそのための施設です」


鈴木は静かに頷いた。


「登録はしてあるのですか?」


「ええ」


悠真は答える。


「二十年前の法改正以降、こうした施設には報告義務があるのは存じていますので」


鈴木と山岡が顔を見合わせる。話に矛盾はなかった。事前にある程度把握していた情報とも一致している。しばらく考えた後、鈴木は手帳を閉じた。


「事情は理解しました」


康太が顔を上げる。


「現時点でこちらが介入する理由はありません。ただ、将来また様子を確認しにくることはあるかもしれません」


康太が恐る恐る顔を上げる。悠真が頷くと、ほっと肩の力を抜いた。場の緊張が和らぐ。


鈴木は名刺を取り出した。


「何か思いついたら連絡してください。今回の襲撃についても、引き続きこちらで調べてみます」


悠真は名刺を受け取った。


「ありがとうございます」


事情聴取はそれで終わった。鈴木と山岡は立ち上がった。


「お時間ありがとうございました」


鈴木が頭を下げる。


「いえ」


悠真も立ち上がった。


「こちらこそ」


山岡が呟く。


「帰りも、あの階段ですか……」


香月が思わず笑う。


「分かります。私も最初にあの階段を登った時、ちょっと死ぬかと思いました」


「ですよね!」


香月と山岡が顔を見合わせて笑う。


「では失礼します」


二人は事務所を後にする。



調査員たちを見送った後、事務所には静かな空気が戻っていた。最初に口を開いたのは悟だった。


「これで一つ心配事が減ったということなのでしょうか?」


悠真は少し考える。


「政府については、少なくとも現時点では問題ないでしょう」


康太の表情が少し和らぐ。だが悠真は続けた。


「ですが襲撃した連中は別です」


部屋の空気が再び引き締まった。香月が尋ねる。


「絶対また来ますよね。これだけしつこいと、簡単に諦めるとは思えません」


「おそらく、近いうちに」


悠真は頷く。


「今回の件で、こちらの結界の弱点が露見しました。向こうには結界を突破できるレベルの術者もいましたので、次は今回よりさらに厄介になるでしょう」


香月は少し不安になる。


「大丈夫なんですか?」


思わず口をついて出た。悠真は穏やかに頷く。


「対策はあります」


湯呑みを置く。


「結界を至急、強化します。その道の専門家に心当たりがあるので、早速連絡を取ります。」


「その人が来れば大丈夫なんですか?」


香月が尋ねる。悠真が不安を和らげるように言った。


「少なくとも結界に関しては、日本でも指折りですよ」


まだまだ、打つ手は残されているようだった。


山の端に残る最後の光が静かに沈み、寺には夜の帷が降り始めていた。

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