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幻獣の絆  作者: 斎佳奈
山寺編
25/31

出動

夕方。事務所では悠真と巌が湯呑みを片手に話をしていた。開け放たれた窓から山のひんやりとした風が入り込んでくる。


「香月さんもだいぶ馴染んできましたね」


悠真が穏やかに言う。


「そうだな」


巌は頷いた。


「康太も前より落ち着いている」


「ええ」


悠真は微笑む。


「悟君も肩の力が抜けてきましたし、皆少しずつ前へ進んでいます」


香月たちが寺へ来てから一週間余り。ようやく落ち着いた日常が戻り始めていた。


こんこん、とノックの音がする。


どうぞ、と言うと襖が静かに引かれる。入ってきたのは静子だった。普段より少しだけ表情が硬い。


「どうしました?」


悠真が尋ねる。


「結界に綻びが生じています」


部屋の空気が変わった。巌が顔を上げる。


「場所は」


「北西側です」


静子は答える。


「自然な劣化ではありません」


「結界に干渉できる奴がいるってことか」


静子は静かに頷いた。


悠真は少し考える。最近、周辺で不審な動きを確認していた。だが結界に綻びが生じたのは初めてだった。


ちょうどその時。廊下を駆ける足音が聞こえた。次の瞬間、襖が勢いよく開く。


「大変です」


一成だった。普段の余裕はない。


「連中が結界に穴を開けました」


静子と巌が顔を見合わせる。


「確認したのか」


「はい」


一成は頷いた。


「綻びの付近に不審な人物が四、五人います」


机の上へ地図を広げる。


「さらに少し離れた場所にキャンプがあります」


「人数は」


「正確には分かりません」


一成は首を振った。


「ただ、綻び付近にいる連中よりは多いでしょう」


悠真は地図へ視線を落とした。


「連中の目的は」


「断定はできません」


一成は答える。


「ですが、派手な襲撃をするつもりには見えませんでした」


「結界に小さな穴を開けて、少人数で侵入する計画だと思われます」


巌が腕を組む。


「潜り込むつもりか」


「おそらく」


静子が口を開いた。


「このまま放置すれば人が通れる大きさになります」


しばらく沈黙が落ちた。やがて悠真が顔を上げる。


「出動です」


誰も反対しなかった。


一成が頷く。


「綻び付近は四、五人です。奇襲できれば十分対応できます」


静子も頷く。


「私が綻びを修復します」


「連中を止められれば結界は立て直せます」


巌は立ち上がった。


「決まりだな」


悠真も静かに立ち上がる。


「準備をお願いします」



寺の空気が変わったことは香月にも分かった。


教師たちが慌ただしく動き始めている。隆之や陽菜も子供たちへ声を掛けていた。


「客間棟へ移動します」


「何かあったんですか?」


香月が尋ねる。陽菜は少しだけ困ったような顔をした。


「ちょっと外で問題が起きているみたいで、みんなを避難させるよう頼まれました。客間には強力な結界が張ってあるので一番安全なんです」


「先生たちが対応に向かいました」


詳しい説明はない。だが、それだけで十分だった。明らかにおかしい何かが起きている。康太もそれを感じているらしい。いつもより口数が少ない。


客間棟へ向かう途中だった。香月はふと考える。自分にできることは何もない。だが、それでも何かが引っかかった。教師たちは危険な場所へ向かう。隆之さんや陽菜さんは、子供たちを客間棟へ誘導している。自分は、その流れに従って避難するだけだった。

このままでいいのだろうか。そんな考えが一瞬だけ頭をよぎる。


「香月姉ちゃん」


康太が呼んだ。振り向くと、不安そうな顔がそこにあった。香月は考えを中断した。今はそれどころではない。


「きっと大丈夫」


そう言って微笑む。康太は少し安心したように頷いた。



夕暮れの森を四人は足早に進んでいた。


先頭は一成。その後ろに悠真。巌と静子が続く。目的は戦うことではない。綻びを広げている連中を止めること。そして結界を修復すること。それだけだ。


やがて一成が足を止めた。前方を指差す。


「いました」


木々の隙間。綻び付近に数人の人影が見える。四人。いや五人。


報告通りだった。悠真は静かに計画を反芻する。まず結界の近くにいる連中になるべく気づかれずに近づいて、できれば無力化する。そうすれば静子が綻びを修復する時間が稼げる。キャンプ組が異変に気付く頃には終わっている。そのはずだった。


一成が合図を送る。四人が動こうとした、その瞬間。


「誰だ!」


鋭い声が森に響いた。全員が動きを止める。木々の向こう。別方向から現れた男がこちらを見ていた。見回りでもしていたのだろう。


一瞬の沈黙。次の瞬間。


「敵襲!」


叫び声が森へ響き渡る。


悠真は小さく息を吐いた。


「予定変更ですね」


巌が苦笑する。


「らしいな」


あっという間に森の奥から次々と人影が現れ始めた。想定より早く、そして多い。一成の表情が僅かに険しくなる。


「キャンプの連中です」


悠真は静かに前へ出た。


「仕方ありません」


龍の気配が僅かに膨らむ。


「はじめますよ」


夕暮れの森に緊張が走った。

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