深まる不穏
夕食の席は昼間と変わらず賑やかだった。
香月はご飯を一口食べて思わず顔を上げた。
「この山菜ご飯、美味しいですね」
「でしょ?」
陽菜が嬉しそうに笑う。
「今朝採ってきたばかりなのよ」
「え、ご自分で?」
香月は思わず聞き返した。
「そう」
陽菜は黒い小鉢を指差した。落ち着いた黒に、フキの若葉色が鮮やかだった。
「こっちのフキも美味しいでしょう」
香月は煮物を口に運ぶ。
「本当だ」
柔らかいのに歯応えがあり、香りも豊かだった。
「新鮮だからね」
陽菜は笑う。
「沙耶香ちゃんにも手伝ってもらったの」
「私はあまりお役に立ってません。何が食べられるのかも全然分からなくて」
沙耶香が申し訳なさそうに言う。
「十分助かったわよ」
香月はもう一度山菜ご飯を食べた。
東京にいた頃も山菜ご飯を食べることはあった。けれど、それはスーパーで山菜の水煮を買って作るものだった。
朝に採ってきた山菜が、その日の夕食に並ぶ。そんな生活は久しぶりだった。
「そういえば」
香月は康太を見た。
「午後の授業はどうだったの?」
その瞬間、康太が顔を上げた。
「ずっと線を引いてた!」
「線?」
「能力でだよ」
悟が補足する。
「地面に力を流して円を作る練習です」
「力の制御を学ぶ訓練です」
悠真が付け足す。康太は不満そうな顔をする。
「簡単そうに見えるのに全然うまくいかないんだ」
「康太君は途中で力が暴れていましたからね」
悠真が穏やかに言う。
「暴れてないもん!」
康太がちょっとムキになって返す。
「でも、よく頑張ったと思うよ。最後の方はいい線行ってたと思う」
悟が慰めると、康太は黙り込んだ。
「悟君は?」
香月が尋ねる。悟は苦笑した。
「俺も人のこと言えないな。最後がうまく繋がらなくて、螺旋っぽくなってました」
悠真が補足する。
「綺麗な螺旋になってましたよ。円にはなりませんでしたけど」
再び笑いが起きた。その時、康太が身を乗り出した。
「でも拓也君はすごかったんだ」
「そうなの?」
「円がいっぱい重なってて」
両手を広げる。
「なんかすごくややこしいやつを描いてたんだ」
拓也は少し困ったような顔をした。
「大したことないですよ」
「でもすごいのは本当だろう」
悟が苦笑する。
「俺たちとは全然違ったぞ」
「何年もやってますから」
拓也は肩をすくめた。悠真が湯呑みを置く。
「皆それぞれ課題があります」
穏やかな声だった。
「康太君は力を安定させること」
「悟君はもう少し丁寧に力を流すこと」
「拓也君は少し先を急ぎすぎる傾向がありますね」
拓也は素直に頷いた。
「はい」
そこで康太が香月を見る。
「香月姉ちゃんは?」
「私?」
「別の授業を受けてたんだろ」
香月は少し考えた。
「まだ難しいかな」
静子が微笑む。
「そうですか?」
「結界を張るところは見たけど、どうやって張ったのかは全然分からなかったし」
香月は苦笑した。
「でも空気が変わるのは分かった」
「綻びも見つけてましたよね」
千春が言う。
香月は首を傾げた。
「あれは偶然じゃない?」
静子は否定も肯定もしなかった。ただ穏やかに微笑んでいる。
その時だった。
「でもさ」
康太が箸を止める。
「結界って壊れたりするのか?」
食堂が少し静かになった。
「うちの結界は大丈夫なの?」
智樹も気になっていたらしい。
巌は腕を組んだまま言った。
「そう簡単に破られるもんじゃねえ」
巌が言うと、不思議と安心できた。
悠真も頷く。
「この場所が選ばれたのにも理由がありますから。今は心配しなくて大丈夫ですよ」
康太は安心したように頷いた。
やがて食事も終わり、それぞれが後片付けや風呂へ向かっていった。
夜。
寺の一室に教師たちが集まっていた。卓を囲むのは悠真、静子、巌、一成の四人だった。
昼間よりも少しだけ張り詰めた空気が流れている。
「それで」
悠真が口を開く。
「状況はどうですか」
一成は湯呑みを置いた。
「今のところ二組です」
静子が顔を上げる。
「二組」
「一つは政府か警察関係でしょう」
一成は淡々と続けた。
「張り込みのやり方がお手本通りだ。監視と聞き込みが中心で、結界には近づいていない」
悠真は小さく頷いた。予想の範囲内だった。
「もう一つの方は?」
巌が尋ねる。一成の表情が僅かに険しくなる。
「こっちは厄介です」
部屋の空気が変わった。
「人数が増えています」
「昨日の時点では五、六人程度でしたが、今日は倍近い。それに結界への干渉も確認しました」
静子が眉をひそめる。
「試しているんですね」
「ええ」
一成は頷いた。
「まだ突破できるレベルではありません」
「ですが探っています」
沈黙が落ちた。悠真が静かに言う。
「引き続き監視を」
「分かっています。カラスたちにも見張らせていますし、私も見回りを強化しています」
「無理はしないでくださいね」
静子が言う。
一成は苦笑した。
「善処します」
誰もその言葉を信用していなかった。
巌が腕を組む。
「応援は呼ぶか」
「そうですね」
悠真は頷いた。少し考える。
「御岳にも声を掛けておきましょう」
静子が小さく頷く。
「狼の里ですね」
「はい」
悠真は静かに言った。
「この界隈で何か動きがあるなら、あちらにも伝えておくべきでしょう」
一成は何気なく窓の外へ視線を向けた。
今夜はやけにカラスが騒がない。
夜の山はどこまでも静かだった。まるで息を潜め




