表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻獣の絆  作者: 斎佳奈
山寺編
21/27

模擬試合

道場の引き戸を開けると、乾いた音が響いていた。


パンッ。パンッ。竹刀と木剣がぶつかり合う音だ。


香月が顔を上げると、道場の中央では康太と智樹が向かい合っていた。


「結局みんな来たんですね」


香月が呆れたように言う。陽菜や沙耶香、それに智樹の父親まで姿を見せていた。


静子は小さく笑う。


「皆さん娯楽に飢えていますから」


「先生もですよね?」


「否定はしません」


さらりと言われて、香月は思わず笑った。


道場の奥には悠真と巌がいる。悟は壁際で腕を組みながら試合を見守っていた。どうやら訓練というより、ちょっとした見世物になっているらしい。


その間にも試合は続いていた。智樹の手にあるのは竹刀。対する康太は木剣だ。


年齢は近い。だが戦い方は対照的だった。智樹は無駄がない。足を止めず、間合いを保ちながら相手を観察している。対する康太は前へ出る。どんどん前へ出ていく。


「とりゃあ!」


木剣が振り下ろされる。だが智樹は半歩だけ身体をずらした。空振り。康太の重心がわずかに前へ崩れる。


その瞬間。


パンッ。


智樹の竹刀が康太の胴を正確に捉えた。


「わあ!」


陽菜が思わず声を上げた。


康太は悔しそうに顔をしかめる。


「もう一回!」


「落ち着けよ」


智樹は冷静だった。再び向かい合う。今度は康太も慎重になる。木剣を構えたまま距離を測る。智樹も動く。互いに隙を探る。


しばらく膠着が続く。そして。


康太が踏み込んだ。速い。先ほどまでとは明らかに違う。木剣が横薙ぎに走る。


智樹は反応した。竹刀を構え、受ける。その瞬間だった。


バキッ。


乾いた音が道場に響いた。


誰も動かない。


折れた竹刀の先端が畳の上を転がった。ころころと音を立てて止まる。


「……」


智樹が呆然と折れた竹刀を見つめている。康太もびっくりした様子だ。二人とも何が起きたのか分かっていない顔だった。


やがて沙耶香がぽつりと言った。


「竹刀って、折れるんですね」


「折れましたね」


静子も頷く。


周囲からどよめきが上がった。


「いや、折れる?」


「木剣で?」


「木剣ですよね」


悠真だけは腕を組んだまま静かに見ていた。


結局、試合そのものは智樹の勝ちだった。技術も経験も智樹の方が上だった。だが最後の一撃だけは、誰の目にも強く印象に残った。


「よし、次」


巌が立ち上がる。その視線が悟へ向いた。


「来い」


悟が小さく息を吐く。


「お願いします」


今度は武器を持たない。体術のみだ。開始と同時に悟が動く。


速い。


一瞬で間合いを詰める。


拳が放たれる。脇腹。肩。胸。連続して打ち込まれる。香月の目には追いきれないほどの速さだった。


だが。巌は動じない。まるで岩だった。


「うわ……」


香月が思わず呟く。確かに当たっている。だが一歩も下がらない。


「やるねえ」


巌が目を細めた。


「効いてるんですか?」


陽菜が聞く。


「効いてますよ。普通の人なら立っていられません」


静子が答える。


「本当に?なんか全然平気そうですけど」


「巌さんは、顔に出しませんから」


どう見ても効いているようには見えなかった。道場にどよめきが広がる。


悟は攻撃を続ける。横へ、低く滑り込み、死角へ。位置を変えながら揺さぶる。判断は速い。動きも鋭い。だが巌は崩れない。


むしろ待っていた。悟が踏み込みすぎた、その瞬間。巌の腕が伸びる。肩を捕らえる。そのまま引き込むように体勢を崩した。


「あっ」


次の瞬間。


ドスン。


悟の身体が畳に転がった。巌は倒れた悟に覆いかぶさるようにして押さえ込んでいた。


「そこまで」


悠真の声が響く。悟は仰向けのまま天井を見上げた。そして苦笑する。


「やっぱり強いですね」


「まだまだだな」


巌はそう言って手を差し出した。悟も笑いながらその手を取る。


全員が集まったところで、悠真が前へ出た。


「では総評です」


その一言で空気が少し引き締まる。


「智樹」


「はい」


「相手を見る目は良いですね。ただ慎重すぎます」


智樹が顔を上げる。


「慎重なのは悪いことではありません。でも、もう少し攻めを意識してもいいでしょう」


「はい」


続いて康太を見る。


「思い切りの良さは長所です」


康太の顔が少し明るくなる。


「ですが、もう少し落ち着いて相手を見ることも覚えましょう」


すぐに肩が落ちた。周囲から和やかな笑いが起こる。


「その勢いを制御できるようになれば、大きな武器になります」


康太は今度こそ真面目に頷いた。


次は悟だった。


「悟君は、判断は速いですね」


「ありがとうございます」


「相手の死角へ回るのも上手い」


悟の表情がほんのわずかに和らいだように見えた。だが悠真は続けた。


「ですが途中から勝負を急ぎました」


悟の表情が引き締まる。


「巌先生がなかなか崩れないからといって、正面から押し切ろうとしてはいけません」


「……はい」


「相手の土俵で戦う必要はないんですよ」


悟は静かに頭を下げた。


最後に巌を見る。


「加減を覚えてください」


「加減したぞ」


即答だった。


「出来てません」


静子。


「全く加減なしでしたね」


陽菜。


「加減してないと思います」


沙耶香。


満場一致だった。


巌だけが納得していない顔をしている。


講評が終わると、静子が手を叩いた。


「では治療です。千春ちゃん、こっちへ」


千春が慌てて前へ出る。


「はい」


智樹の手首。康太の擦り傷。悟の打撲。大きな怪我ではない。だが実践には十分だった。静子が横から指導する。


「焦らなくていいんですよ」


「はい」


「香月さんは、よく見ていてくださいね」


千春の指先に淡い光が集まる。傷がゆっくりと落ち着いていく。香月はその様子をじっと観察した。


「治療も結界も同じです」


静子が言う。


「本来あるべき状態へ戻してあげるんですよ」


香月は小さく頷いた。何となく、しっくりきた。


治療が終わる頃には、道場の空気もすっかり和やかになっていた。悠真が時計を見る。


「三十分後に昼食です」


「お腹すいたー」


真っ先に反応したのは康太だった。


「お前、さっき朝ご飯食べたとこだよな?」


悟が呆れたように言う。


「訓練したから!」


「言い訳になってない」


再び笑いが起きる。香月はその光景を見ながら、ふと肩の力が抜けるのを感じた。


ここには笑いがある。子供たちがいて、それを見守る大人たちがいる。ほんの数日前まで想像もしていなかった場所だった。


だが。


こんな日常も、悪くないかもしれない。


そんなことを思いながら、香月はみんなの後を追った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ