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幻獣の絆  作者: 斎佳奈
山寺編
19/29

寺の朝

翌朝。


こんこんこん。


襖を叩く音で香月は目を覚ました。


昨夜は風呂に入ったあと、そのまま布団へ倒れ込むように眠った。かなりぐっすり眠れたはずなのに、体はまだ重い。できることなら、もう少し寝ていたい。


枕元のスマートフォンを手に取る。


午前四時四十五分。


思わず画面を見直した。


早くない?


再び襖が叩かれる。香月は諦めて布団を出た。眠い目をこすりながら襖を開けると、そこには沙耶香が立っていた。


「あの、おはようございます。朝早くからすみません」


申し訳なさそうに頭を下げる。


「藤崎先生に、香月さんを起こしてくるよう頼まれまして」


「おはようございます……」


まだ頭が回らない。


「生徒のみなさんは瞑想の時間なんですけど、保護者の方は瞑想に参加するか、朝食の準備を手伝うか選んでいただけます。どちらになさいますか?」


どうやら二度寝という選択肢はないらしい。


瞑想も少し気になる。だが今の状態で参加しても、そのまま寝てしまいそうな気しかしなかった。


「朝食のお手伝いをします」


「わかりました」


沙耶香の表情が少しだけ和らいだ。


「準備ができたら台所へ来てください」


そう言って去っていった。


数分後。着替えを済ませ、顔を洗い、髪をまとめる。普段なら朝にシャワーを浴びるところだが、昨夜風呂に入っているし、この時間ではそんな余裕もない。それに、この寺ではそこまで気を張る必要もない気がした。


台所へ向かうと、すでに朝食の準備はかなり進んでいた。陽奈が味噌汁の鍋をかき混ぜている。辻は黙々と野菜を刻んでいた。沙耶香はお浸しを小鉢によそっている。それぞれが慣れた様子で動いていた。


「おはようございます」


香月が声を掛ける。


「あら、おはよう」


陽奈が振り向いた。その隣で辻が短く頷く。


「おう」


そこで香月は一瞬言葉に詰まった。


昨日自己紹介は聞いたはずなのに、名前が出てこない。


「あの、辻さんと……」


「ああ、陽奈さんでいいわよ」


陽奈が笑った。


「おはよう。そこのお皿、棚に片付けてもらえる?」


言われるがまま皿を片付ける。


終わったと思ったら、


「次はそこの調理器具を洗ってもらえる?」


すぐに次の仕事が飛んでくる。途切れない。皆が驚くほど手際よく動いていた。


そんな中、香月はふと辻の使っている包丁に目を留めた。柄の根元に見覚えのある焼印がある。


「あれ……鉄斎さんの包丁ですか?」


辻は手を止めずに頷いた。


「ああ」


そして少しだけ口元を緩める。


「あいつの打つ包丁は本当に質がいい」


小気味よい音を立てながら野菜が刻まれていく。


「これを使うと、他の包丁が使えなくなる」


「そんなに違うんですか?」


「違う」


即答だった。


「わかるわ」


陽奈も笑う。


「うちもほとんど鉄斎さんの包丁よ」


「そうなんですか」


「切れ味が全然違うの。値段は張るけど、それだけの価値はあるわね」


香月は思わず感心した。鉄斎の腕は、どうやら血脈者向けの武器だけではないらしい。


やがて朝食の準備が終わり、全員が食堂へ集まった。


朝食を食べながら、香月は向かいの康太へ声を掛ける。


「康太君、瞑想どうだった?」


康太は焼き魚をほぐしながら首を傾げた。


「いつもと同じだよ」


「里でもやってたの?」


「うん。毎朝」


「そうなんだ」


どうやら康太にとっては特別なことではないらしい。香月だけが完全な初心者なのだろう。ちょっと置いて行かれた気分だ。


食事が一段落した頃、悠真が静かに口を開いた。


「それでは、今日の予定を説明しましょう」


自然と全員の視線が集まる。


「まず午前中ですが、悟君と康太君は巌先生のところへ行ってください」


二人が顔を上げる。


「模擬試合をしてもらいます」


康太が少しだけ緊張した表情になる。


「まずは現在の実力を把握する必要があります。どこまでできて、何が課題なのか。それを知らなければ適切な指導はできませんから」


二人は素直に頷いた。


「午後は私が担当します。能力の制御訓練ですね」


そして悠真の視線が香月へ向く。


「香月さんは朱鷺先生のところへ行ってください」


「私ですか?」


少しびっくりした。なにしろたった今まで些か部外者気分だったのだ。


「ええ。朱鷺先生とは能力の系統が比較的近いと思いますので、得るものもあると思います。」


部屋の端に座る静子が小さく会釈した。


「よろしくお願いしますね」


穏やかな声だった。


香月も慌てて頭を下げる。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


寺での新しい生活が、本格的に幕を上げた。

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