商店街の面々
ガチャンと和菓子屋の鍵が掛かった。その直後だった。
鉄斎は腕を組んだまま前方を見据えた。
商店街の入口。四方から男たちがゆっくりと近づいてくる。一見すれば普通の人間だ。だが、目つきが何となく違う。獲物を追う目だった。
「悟」
鉄斎が呼ぶ。
「はい」
「まずお前から行け」
悟は一瞬だけ鉄斎を見た。試されている、そう直感した。鉄斎は自分の実力を知らない。自分もまた、鉄斎の実力を知らない。ならば話は簡単だ。戦って見せればいい。
「分かりました」
次の瞬間。風が吹いた。悟の姿が消える。敵の男が反応した時にはもう遅かった。短剣が閃く。
一人。二人。男たちが吹き飛ぶ。だが。敵も前回の襲撃とは違った。
「囲め!」
怒声が飛ぶ。男たちが散開する。左右へ。背後へ。悟を包囲するように動き始めた。
「ほう」
鉄斎が口元を歪める。
「学習してやがるな」
金属音が響く。悟が一人目の刃を弾く。そこへ二人目。さらに三人目。連携が速い。屋根の上にも気配がある。術者か。前回より明らかに準備してきていた。
「思ったより歓迎されてるみたいですね」
悟は苦笑した。頬の傷は塞がり始めていたが、脇腹にはまだ鈍い痛みが残っている。前回の襲撃から、まだ一日も経っていない。
そのまま身を沈める。頭上を刃が通過する。反撃。風刃が走る。男が吹き飛ぶ。しかし次が来る。さらに次。数が多い。さすがに一人では抑えきれない。
「ほう」
喫茶店のマスターが感心したように言った。肩には小さな管狐が乗っている。
「速いですね」
「若いからねぇ」
反物屋の女将が扇子を開く。
「男前だし」
「気になるの、そこかよ」
金物屋の主人が呆れる。三人ともまだ動かない。店先から戦いを眺めているだけだ。まるで野次馬だった。
その頃には悟の周囲に六人以上の男が集まっていた。敵も本気だ。一人を抑えるためにここまで人数を割いている。
「右から二人」
マスターがぼそりと呟く。不思議とよく響く声だった。
悟が反射的に横へ飛ぶ。直後。死角から迫っていた刃が空を切った。男たちの表情が変わる。
「何だ?」
「なぜ読まれる?」
よく見れば、屋根の上にも、電柱の陰にも、看板の裏にも。小さな影が商店街中を走り回っている。敵が気付いた時にはもう遅かった。
「左」
悟が身を沈める。頭上を火球が通過した。屋根の上の術者だった。
「チッ!」
術者が舌打ちする。その瞬間。女将がくすりと笑った。
「随分とせっかちだねぇ」
狐火が灯る。店先。屋根。街灯の上。青白い火が次々と現れる。男たちが動きを止めた。次に女将の姿が増える。一人。二人。五人。十人。気付けば商店街のあちこちに同じ姿が立っていた。
「どれが本物だ!?」
誰かが叫ぶ。女将たちが一斉に笑う。その声だけがあちこちから響いた。
「全部本物かもしれないよ?」
「ふざけるな!」
敵が突っ込む。すり抜ける。幻だった。その隙に悟が懐へ飛び込む。男が吹き飛んだ。
「やるじゃねぇか」
金物屋の主人が感心したように呟く。
だが、次の瞬間。屋根の上から巨大な火球が放たれた。先程までとは比べ物にならない。真っ直ぐ悟へ向かう。悟は息を呑んだ。
避けきれない。そう思った瞬間だった。
目の前を巨大な影が横切る。
火球が触れた。だが爆発は起きない。
まるで巨大な甲羅に受け止められたかのように、火は音もなく霧散した。
「やれやれ」
低い声が響く。いつの間にか金物屋の主人が悟の前に立っていた。その背後には、青黒い甲羅の幻影が揺らめいている。
「迷惑な話ですねえ」
主人は消えた火球の方へ視線を向ける。
「人様の店先に火球なんか撃ち込まないでいただきたい」
次の瞬間。甲羅の影から蛇が飛び出した。敵の足へ絡みつく。悲鳴。男が地面へ転倒した。
「ははっ」
悟が笑った。
「助かります」
「貸し一つですよ」
主人が笑った。その様子を見ていた鉄斎がようやく腕を解いた。
「ほう」
鉄斎が小さく頷く。
「悪くねぇな」
その時だった。商店街の奥。和菓子屋の方向から。
ゴンッ!という鈍い音が響いた。全員の動きが一瞬止まる。
女将が目を細める。
「あらあら」
マスターがため息をつく。
「裏から回りましたか」
鉄斎は額を押さえた。
「馬鹿が」
そして小さく呟く。
「おかみを怒らせやがった」




