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幻獣の絆  作者: 斎佳奈
東京編
13/39

栗饅頭

「一緒に行くのはいいんですけど……」


私はおずおずと述べた。


「一度アパートには戻りたいです」


悟が頷く。


「着替えとか通帳とか、取りに戻りたいですし」


私は少し考え込んだ。


「会社にも連絡しないといけないし……冷蔵庫の中身も結構危ないんですよね」


「冷蔵庫?」


康太が首を傾げる。


「鶏もも肉とか、牛乳とか」


「そっか。それは腐ると嫌だね」


なぜか康太が真面目な顔で頷いた。私は思わず笑ってしまう。


「でしょ?」


悟もわずかに表情を緩めた。


「失礼ですが、ご自宅はどちらですか」


「荻窪駅の近くです」


その言葉に悟は少し考え込む。


「どちらにしても、一人で行くのは危険です」


「え?」


「俺たちも同行します」


鉄斎も頷いた。


「その方がいいだろう」


私に異論はなかった。ここまで来ると、自分でも少し感覚が麻痺してしまっているのが分かる。隠れ里へ行くことには納得できなくても、一人で帰るのは危険だと言われると、それはそうかもしれないと思ってしまう。


「じゃあ決まりだな」


鉄斎が立ち上がる。


「送っていく」


そう言って工房の戸へ向かった。私たちも後に続く。ガラガラと軋んだ音がする。遅朝の光が差し込んだ。商店街は相変わらず閑散としていた。


八百屋のおばちゃんが店先で野菜を並べている。喫茶店のマスターが看板を出している。反物屋の女将が店の前を掃いている。いつもと変わらない光景だった。


だが。鉄斎の足が止まる。


「……待て」


空気が変わった。悟の表情も一瞬で引き締まる。私は思わず周囲を見回した。


「どうしたんですか?」


鉄斎は答えない。代わりに低く呟いた。


「囲まれている」


背筋が冷えた。次の瞬間。鉄斎は懐から小さな金属製の笛を取り出した。甲高い音が商店街に響き渡る。


ピーーーッ!


驚いて耳を押さえる。鉄斎が怒鳴った。


「襲撃だ!」


その声が商店街中に響く。


ほぼ同時だった。路地の奥。商店街の入口。建物の陰。黒服の男たちが姿を現した。十人近い。全員が武器を持っている。私は思わず息を呑んだ。


「嘘でしょ……」


喫茶店の扉が開く。マスターが出てきた。


「やれやれ。朝は苦手なんですよ」


金物屋のおじさんも現れる。


「朝っぱらから騒がしいな」


反物屋の女将も箒を置いた。


「全く。近所迷惑だねえ」


八百屋のおばちゃんは手にしていた大根を店先へ戻す。


「またかい」


またなの?思わずそう聞きそうになった。


鉄斎が叫ぶ。


「おかみ!」


店の奥から返事が飛んできた。


「聞こえてるよ!」


恰幅のいいおばちゃんが暖簾をかき分けて現れる。


「この二人を頼む!」


鉄斎が私と康太を指差した。


「はいはい」


おばちゃんはあっさり頷く。そして。


私の腕を掴んだ。


「え?」


反対側の手で康太も掴む。


「ちょ、ちょっと」


「いいから来な!」


有無を言わせない勢いだった。私たちはそのまま和菓子屋へ引きずり込まれる。戸が閉まる。


その直後だった。外から轟音が響いた。何かが砕ける音。怒号。衝撃音。戦いが始まったのだと分かる。私は思わず立ち上がりかける。だがおばちゃんに肩を押された。


「座りな」


「でも外が」


「戦うのはあっちの仕事」


そう言って湯呑みを置く。さらに皿も置いた。栗饅頭だった。


「食べな」


「いや、今そんな場合じゃ」


「いいんだよ」


おばちゃんは当然のように言った。横を見る。康太はもう食べていた。早い。


「美味しい……」


「だろ?」


おばちゃんが得意げに笑う。私は半ば呆れながら栗饅頭へ楊枝を入れた。一口食べる。


「あ」


思わず声が漏れる。中から大きな栗が顔を出した。想像していたよりずっと大きい。饅頭のほとんどが栗だった。


「大きい……」


「うちの自慢の看板商品だからね」


おばちゃんが胸を張る。その瞬間。外で何かが爆発したような音が響いた。店が揺れる。私は思わず身をすくめる。


だが康太は知らん顔で栗饅頭を食べ続けていた。おばちゃんはお茶を淹れている。まるで何事も無かったかのように。外では怒号と衝撃音が響いているというのに。


それだけで少し安心してしまう自分がいた。

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