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レーヴの海で逢いましょう  作者: 神連 カズサ
第5章、黄昏の蹄鉄
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二十八、黄昏と舞う


 外の熱気が嘘のように静まり返った控室で、ヴェレは頭を抱えていた。

 なぜか一緒に出ると言って聞かなかったシトラスが、呑気に鼻歌を歌っているのだ。


「坊や。お願いですから、フラーたちのところに戻ってください」

「や~だ!」

「どうして今日に限って私の言うことを聞いてくれないんです。さっきの説明、聞いていたでしょう?」

「聞いてたよ。だから出るって言ってるんじゃないか。僕の魔法があった方が、二人も自由に戦えるでしょ?」


 闘技場のスタッフから団体戦の説明を受けた途端にこれである。

 梃子でも動かないぞ、という意思が顔に書いてあり、ヴェレは今日何度目か分からない深いため息を吐いた。


「それにしても凄いよねぇ。小型の星灯を魔物の群れに見立てて戦うなんて、まさに《迷宮都市》ならではって感じだ」


 ハカリが感心したように肩を竦める。


「……緊張してるの、僕だけじゃないよね?」

「言っている場合ですか。坊やには荷が重すぎます。今からでも、誰か人を――」


「ヴェレ」


 その声に、彼女は思わず口を噤んだ。

 いつものシトラスからは考えられない、張り詰めた声音だった。


「僕だって、《天海の槍(ル・アディス)》の一員なんだよ。それに、いつまでも守られてばかりの子どもじゃない」

「シトラス……」

「フラーとの特訓の成果を見せたいんだ」


 お願いだよ――と縋るような瞳で見上げられ、ヴェレは反論の言葉を飲み込んだ。


「……危なくなったらハカリを盾にするんですよ」

「うん!!」

「え、そこでそんな良いお返事する? ふ、不安になってきたなあ」


 ハカリが情けない声を漏らした、そのとき。

 控室の扉に軽快なノックが響いた。


「よお。準備は出来たか?」

 

 片手を上げて入ってきたレンデルに、ヴェレは椅子から腰を上げた。

 小さくお辞儀を返した彼女に、レンデルは「楽にしてくれ」と笑顔を浮かべる。


「お前さんらが出ると聞いた途端、客入りが倍増してなあ。上はもうお祭り騒ぎよ」

「それはまた、」

「《黄昏》のヴェレと言やあ、有名人じゃねえか。どうして黙っていたんだあ?」

「……職業柄、恨みを買うことも多いので」


 明後日の方を見ながらヴェレがそう言えば、シトラスはぷっと小さく吹き出した。


「シトラスくん?」

「く、くくっ。あ、ごめん。違うんだ。その、建物壊したり、依頼料釣り上げたり、で変な人にばかり絡まれるから、」

「あ~~、なるほど、」

「こういうの有名は有名でも《悪名》って言うんでしょ? マスターが笑いながら言っていたよ」


 後ろでこそこそと交わされる会話に、ヴェレの唇から悩ましいため息が溢れ落ちる。


「まあ、とにかく。お前さんらには期待しているんだ。思う存分、暴れてみせてくれ」

「ご期待に添えるよう、精一杯努めます」


 義務的な口調とは裏腹にヴェレの瞳は爛々と輝いていた。


 ◇ ◇ ◇


 迷宮都市と名高いマグナブルスにはもう一つの異名がある。

 闘技場の街マグナブルス。

 むしろ、近年ではこちらの名前の方が通説となりつつあった。

 一日中試合が組み込まれており、世界各地から観光客や戦士たちが集う。


 その中でも人気なのが夜から明け方に掛けて行われる《夜明け告げる戦い》だ。


「ほう。倒した星灯の数で打ち上げる花火の数が変わるのか。それは楽しみじゃのう」

「呑気なこと言っている場合か。夜明けまで勝ち残りを掛けて戦う大乱戦なんだぞ」


 ミントの眉間には常の三割増しで深い皺が刻まれている。

 シトラスを止められなかった罪悪感、あるいは心配から、その目付きも心なしか鋭くなっていた。


「あやつらなら大丈夫じゃて」


 フラーがくふくふ、と珍妙な笑い声を上げれば、その真横に腰を下ろしていたリゼリアが不思議そうな顔をして戦列に加わったシトラスを指差した。


「導師様。あの子はどうして参加したがっていたの?」

「ああ、シトラスか? わしが教えたばかりの魔法を試したくてうずうずしておったのじゃろう」

「魔法!? あの子《獅子座(レオ)》なのに、魔法を扱えるの!?」

「……世界は広い。お主もよく見ておきなさい」


乙女座(ユングフラウ)》の谷から出たことのないリゼリアの目が、シトラスに釘付けとなる。

 その目には全てが新鮮に映っていることだろう。

 そう思うと、フラーの胸は得も言われぬ感情でいっぱいになった。


「でもさァ~、いくら坊やの魔法が強力でも、この混戦を勝ち抜けるか微妙じゃないか?」

「まあ、見ておれ。わしの《とっておき》を教えてやったからの。面白いものが見れるぞ」


 紫紺の髪の隙間から、柘榴の双眸が怪しく瞬いた。


『それでは、ただいまより本日の《夜明け告げる戦い》を開始いたします!!』


 審判の合図に、銅鑼の音が高らかに響き渡る。

 一試合につき四チームが入り乱れ、星灯と敵チームを殲滅するまで戦いは終わらない。

 

 最後の銅鑼が響き渡ったと同時に、シトラスの声がその場を支配した。


「朝日よ、遍く星々と共に我らを照らせ――《黎明ノ環(オルド・ルーメン)》!」


 眩い光輪がシトラスの足元から広がり、闘技場の闇を裂いた。

 その瞬間、敵の動きが鈍り、ヴェレの握った《翠嵐の鉾(セイラヴェント)》が煌めく。


 一陣の嵐が土煙を上げ、対角線上に居たチームを薙ぎ倒して行った。


「な、何だ、あいつら!! 一撃で二チームもやりやがった!!」

「おいあれ! 《黄昏》ってパーティじゃねえか!? 《天海の槍》の!!」


 観客席の熱気は最高潮だった。

 ふふん、と自分のことのように得意げに鼻を鳴らすフラーに、他の乙女たちが「何あれ!!」と彼女の身体を揺さぶって問い質す。


「とっておきってレベルじゃねえだろ!!」

「結界詠唱教えるなんて正気じゃないよ!!」

「私もあれ使いたい!!」


 三者三様の感想を右から左に流しながら、フラーは闘技場の舞台に立つ弟子を見下ろした。

 両手を組み、何事かを口遊んでいるところを見るに、まだ何かしようとしているらしい。


「世辞はあとで、たんまり聞いてやる。ほれ、見とらんとまた何かしよるぞ」

「何!?」

「あの子、一体どれだけ詠唱覚えてるの?」

「覚えとらんよ。魔導書が記憶しているのを引っ張り出しておるんじゃ」


 フラーの言葉に、リゼリアは言葉を失った。

 魔導書に記載された魔法は、一つ詠唱するだけでもごっそり魔力を奪われてしまう。

 それを何度も続けるだなんて、魔法に対する探究心の深い《乙女座》でさえ、試そうとは決して思わない。


「《獅子座》は十二部族の中でも特に星の魔力に愛されておる。それ故、魔力量の制御に長けておるんじゃ」

「霧散するはずの魔力を調整できるってこと?」

「……ふふっ。お前さんもなかなか教え甲斐がありそうじゃな」


 リゼリアの髪を優しく撫でつければ、その髪に流れる魔力の性質が指先を通じてフラーへと伝わった。

 懐かしい気配を宿したそれに、瞬きを一つ、ゆっくりと落とす。


「興味があれば、お前さんにもとっておきをくれてやろう」

「本当!? 私、風魔法がいい!!」

「あい、承った」


 フラーの眦が和らぐのと、再びシトラスの咆哮が響き渡ったのは同時だった。


「天の裂け目より吹き荒ぶ蒼き廻風よ、輪を描きて我らの敵を掃え――《蒼嵐廻天(ヴァン・テンペスタ)》!」


 星灯と敵チームの戦士たちが一斉に巻き上げられていく。

 黒い竜巻の中心部にはヴェレとハカリが獲物を狩る獣のような目をして、彼らを見上げていた。

 次いで、水を得た魚のように剣戟を繰り出す。


「ごめんなさいね。坊やったら燥いじゃって……」

「僕に言わせれば、レディもいつもより力が篭っているように見えるけど、」


 二人の刃は落ちてきた戦士や星灯を次々と斬り伏せていった。

 中には途中で攻撃魔法や飛び道具を使ってくる者もいたが、この瓦礫の中でハカリに敵うものは一人もいない。


「《交刻(フィルダ)》」


 その一言が響くだけで、敵と味方の位置が入れ替わってしまうのである。

 攻撃を放った途端、味方に入れ替わる絶望感と言ったらない。

 青白い表情で互いに悲鳴を上げる様を横目に、ヴェレは「まあ、怖い」と欠片も思っていないことを口走った。


「二人とも終わった~?」

「ええ。滞りなく」

「シトラスくん、凄かったねえ。フラーに習ったとは聞いていたけど、実際に威力を見るとその凄まじさがよく分かるよ」


 初戦から闘技場を半壊に追いやった《黄昏》のメンバーたちが談笑する姿に、観客席は先ほどまでの熱気が嘘のようにしんと静まり返っていた。


「……やりすぎましたかね?」

「え、ど、どうしよう。べ、弁償?」

「参加させたのはレンデル様だから、交渉の余地はあると思うよ」


 こそこそと三人で顔を突き合わせていれば、真っ青を通り越して真っ白な顔をした審判が駆け寄ってくる。


「第一ブロックを制したのは、チーム《黄昏》! ご覧の通り、凄まじい戦いとなったため、第二ブロックの試合開始は一つ星後とさせていただきます!」


 それからの試合は、まるで星が落ちていくように過ぎていった。

 

 第二ブロック――ヴェレの槍が閃いた瞬間、観客席がどよめく。

 《翠嵐の鉾》の軌跡は風を裂き、嵐のように敵陣を貫いた。


 第三ブロックでは、シトラスの魔法が爆風で敵を薙ぎ払い、ハカリの天秤が味方と敵を翻弄した。

 誰も彼らの動きに追いつけなかった。


「向こうもどうやら、三連勝みたいだよ」


 控室に戻ったハカリが、呆れたように笑う。

 シトラスは満面の笑みでジュースを煽り、ヴェレは静かに鉾を磨いていた。

 いずれも疲労の色はなく、むしろ次を待ちわびている。


「そろそろ、本命が出てくる頃じゃのう」


 フラーの笑い声に応えるように審判のアナウンスが声高に響いた。


『それでは只今より最終ブロック! チーム《黄昏》対チーム《明け星》の入場です!!』


 闘技場に続く扉が二つ、同時に開く。

 夜を染み込ませた暗い肌の《牡牛座》が四人、闇を縫うようにして姿を見せる。

 そしてもう一方の扉からは、種族も年齢もバラバラな《黄昏》の三人がそれぞれの武器を手に躍り出た。


 場内は戦士が出揃っただけで大歓声である。

 もはや地響きと言っても相違ないほどの熱の籠った声援に、トーヴァがすうっと目を細めた。


「良かったあ」

「何がです?」

「負けてなくてさあ。おじさんが褒める人なんて滅多にいないから、気になって、」

「……私も《牡牛座》と刃を交えるのは随分と久しぶりです。お手柔らかにお願いしますね」


 互いに笑顔を浮かべているが、目だけが笑っていない。

 殺気立つ二人に気押されたのか、後ろに控えている三人は武器を片手に視線を泳がせていた。


「それでは、両チーム指定の位置までお下がりください。最終ブロックは特殊ステージとなります!」


 審判の声に、闘技場は見る間に形を変えていく。

 先ほどから破壊の限りを尽くしていたヴェレだったが、ここに来て漸く闘技場の修復が早い理由を理解した。

《牡牛座》は大地の魔力と相性が良い。部族の固有刻印を使って、元の形、あるいは任意の形へと変化させているのだ。


「――星明の核を壊すか、敵チームの全滅で勝敗を決します。勝ち残るのは《明け星》か《黄昏》、はたまた星明か! いざ開戦!」


 既に慣れつつある銅鑼の音が、これほどまでに恐ろしく感じたことはない。

 ヴェレは咄嗟にシトラスを自分の背に追いやった。

 眼前にはハカリと共に倒した星明の二倍近い大きさの機体が出現している。


「レディ!」

「わ、かってます!! 坊や、広範囲の魔法を!!」

「うん!」


 シトラスは詠唱の時間が惜しいと慣れ親しんだ《稲妻(ストラペ)》の刻印を口にした。

 地面を走った稲妻は、星明と《明け星》のメンバーに命中する。

 二人、倒した。

 だが、星明とトーヴァ、それにもう一人は稲妻が当たるより早く地面を蹴っている。


「ごめん! 逃した!」

「いいえ。想定内です」


 最初から出し惜しみは無しだ。

 最終ブロックではそうするとヴェレは決めていた。


 金色がじわり、じわりと銀に染まっていく。

 海を宿した双眸が空中へと逃れたトーヴァたちを捉えた。


「《魚座》相手だから、と油断しましたね? 《魚座》だって、空を泳ぐこともあるんですから!」


 不敵に微笑んだ彼女の瞳が、次に捉えたのはハカリだった。

 ヴェレの言わんとしていることを悟り、《明け星》のメンバーと彼女を入れ替える。


「何を……っ!?」

「余所見している暇はありませんよ?」

「このっ!!」


 海の魔力を纏ったヴェレは誰にも止められない。

 宙を泳ぐヴェレが繰り出す剣戟を、トーヴァは受け止めるので精一杯だった。


「チッ、すばしっこいな! あんた!」

「あら? 今ので仕留めたと思ったのですが」

「ふんっ!!」


 翠嵐の鉾の鋒をトーヴァが掴む。

 ぐいっと力任せに振り払われそうになって、ヴェレは迷わず翠嵐の鉾を手放した。

 すっぽ抜けたトーヴァの腕が、ガラ空きとなる。


「――《水刃(アクレア)》」


 銀色の髪から繰り出された水の刃が、美しい曲線を描きながら闘技場へと降り注いだ。


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