4-2 因果
渋谷の惨劇から約二日後……
あれだけの衝撃的な凶悪事件は、瞬く間に世界中に『拡散』され、
さすがに一般の人たちの間でも、情報は共有され始める。
人類は『ヒューマンスレイヤー』たちから逃れるように、自宅や自衛隊施設などに籠り、恐怖に震えていた。
東京都心でヒューマンスレイヤーに覚醒したものたちは、人類の駆除のあと、レセプターがいるテレビ局に集まりだす。
まるで、蜂たちが、女王バチのいる巣に戻るように、
まるで、働きアリたちが、女王アリのいる巣に戻るように、
レセプターのいるテレビ局は、今まさに悪魔の住まう要塞、『パンデモニウム』と化す……
そして、東京都心のある一角でも、ヒューマンスレイヤーの駆除はまだ続いている……
街から光が消え、静まり返る雑居ビルの地下……
避難した数人の男女が、暗闇の中で肩を寄せ合っていた。
彼らが恐れていたのは、窓の外を移動する『人間型のヒューマンスレイヤー』ではない。
――カサカサッ。
足元を這いずる、あの聞き慣れた、そして最も不快な『羽音』だった。
「……いる。そこに、いるぞ」
震える手でライトを照らす……
そこには、数億年の時を生きる『生きた化石』が、見たこともない巨大な鎌首をもたげて飛んでいた。
その黒光りする甲殻の背には、『ヒューマンスレイヤーの紋章』が輝いている。
「ギャーハハ! 逃げ場なんてねえよ。お前たちが作り上げたこの『ゴミ溜め』こそが、オレたちの最高の狩場なんだからよぉ!」
「ハァ、ハァ、ハァ……くそっ!
お前、お前にだけは駆除されるわけにはいかない! これはオレたち人間のプライドにかかわる問題だ!」
ビルとビルの間の狭い路地を、数人の男女たちが逃げ回る。
追いかけているのは、空中を自在に飛び回る、かつての『害虫の王』……ゴキブリ。
全世界に約一兆四千億匹いると言われ、うち二百三十億匹が日本に生息する。
雑食性で、素早く、独特な姿と光沢、不衛生という点から、『害虫』の筆頭としてのイメージが強い。
人間の男女は、その『害虫の王』に、うまく逃げ道を誘導されていることに気づいていない……
「ギャーハハ! 今まで『駆除』する側だったお前らが、『駆除される側』になった気分はどうよ? ギャーハハ!」
流暢にそう話すゴキブリは、逃げ惑う人間たちをあざ笑うかのように、追ってくる。
必死に、『こいつにだけは絶対に駆除されるわけにはいかない』という気概に満ちた顔をした人間たち。
ゴキブリから逃れるため、ビルの角を、全力で走って曲がる。
その時――
グチャリ…
人間たちの動きが止まる……
転んで地面に這いつくばる人たち、地面から強力な粘着質のモノが、手に、足に、頭にくっつき離れない。
「な、なんだ? これは!?」
「ギャーハハ、引っかかったな、一度やってみたかったんだよ、『ニンゲンホイホイ』!」
ゴキブリは、後ろから人間たちを見下ろしながら、空中をホバリングしている……まるで、捕まえた『害虫』の数を、確認するかのように。
「くそっ、とれない…」
人間の男女は、そこから脱出を試みるが、強力すぎて動けない。
「ヒヒ、ヒヒヒヒ……」
ホバリングしていたゴキブリが、笑いながら人間たちの上を回っている……
そのまま、周りに集めてあった『ゴミ袋』の前に来ると、
バカァ!
ゴキブリの口が、自分の体の何倍も大きくなり、そのゴミ袋を食べ始めた!
バクンッバクンッ!
「なんだ? ゴミなんか食べて、いったい何を……?」
食い散らかされたゴミ袋から、食べ物の残飯や、大量の紙屑、ビニールの袋などが散乱している。
「フゥ~、オレはよう、お前たちの出したゴミを食べて、体内であるものを精製することができるんだよ」
「あるもの…?」
「それは『ダイオキシン』……、お前たち人類が作った、最凶最悪の『猛毒』だ!」
ゴキブリの腹部が大きく膨らんでいく……
「人身掌握術、ヒトゴミ!」
バアアァァーーーーッ!
ゴキブリの口から、大量の紫色した煙のようなものが、大量に吹きだす!
「ぐっ、ぎゃああああっ!」
人間たちから、苦痛の悲鳴が放たれる!
紫色した煙を浴び、体中の粘膜が焼け、皮膚がただれ、眼球までもが溶け落ちる!
「か、体が、腐っていく!?」
「い、息が、できな……」
「……っ」
バタッ、バタッ……
「ギャーハハ、お前たち人類が、『飽食』の果てに捨てた残飯や、ビニール袋なんかが、すべてこの『ダイオキシン』の燃料になるんだ。
自分たちが作った『猛毒』で死ぬんだ、これが因果応報。いや、自業自得かな? ギャーハハ!」
ポツン、ポツンッ……
ザ、ザアアァァーー……
東京都心に、急に雨が降り出す。
果たしてその雨は、空が流した『悲哀』の涙か?
それとも、地球が流した、『汚物』を洗い流すための流水か……?
そこは、さきほどまで人間だった『もの』が、腐った肉塊に変り果てたまさに地獄絵図に。
ビルの谷間で、背中に奇妙な紋章が光るゴキブリ、不気味な笑い声だけが、空にこだまして響いていた。




