若かりし日の黒歴史②
ミスティアの学生時代のとあるお話
「え、何それ。お母様、モテてた、ってこと!?」
目をきらきらと輝かせながら質問してくるランディだが、どうにもミスティアの顔は曇りっぱなしである。
あはは……と苦笑いをしているミスティアを見て、地の精霊とそろって首を傾げてしまった。
「お母様?」
【ミスティア?】
こてん、と揃って首を傾げている我が子と地の精霊はとても愛らしい、がそうではない。
あの時の感情と、行動を思い出すと何ともいえない記憶というか思いというか、ある意味黒歴史が蘇ってきてしまって、どんな顔でいれば良いのか分からないのだ。
「……何かやったの?」
「え?」
ランディの問いかけに、ミスティアはびしりと硬直してしまう。
何かあったの、ではなく『やったの』と聞いてくるあたり、さすがミスティアの子供、とでも言うべ
きなのだろうか。
母の行動や言動をしっかりと理解できている、とも思えるのでミスティアはちょっとだけ遠い目をしてから、また過去の出来事を語り始めたのであった。
「……まぁ、その……」
「?」
【?】
何だろうか、と首を傾げたランディと地の精霊は、ミスティアの言葉の続きを聞き始める。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ミスティア嬢、今度一緒に食事でもどうだろうか!」
「あ、ええと……婚約者がおりますので……」
「二人きりではないから安心してほしい!」
あれから、カインに何かと話しかけられうようになったミスティアだが、正直どうしていいのか分からなかった。
そもそも婚約者がいるというのは社交界では知られているし、相手が誰だかも知られている。
まさかそんな状態で、あれやこれやと声をかけられても……という困惑している状態の彼女を、カインと仲の良い団員たちはからかうように見ているだけで、手助けもしてくれそうになかった。
(……うーん……リカルド様と婚約している、っていうのは最初に団長様から皆さまにお伝えしてもらっているし……)
どうしたものか、と悩んでいると、ミスティアのところに女性隊員が足早にやって来た。
「ミスティア嬢、少しよろしいですか?」
「あ、はい……」
何やら厳しめの表情を浮かべており、ミスティアは少しだけ緊張してしまう。
まさか、自分が何かをやってしまったのだろうか、と考えつつ彼女の後についてく。訓練場の端に行き、女性隊員が小声でそっとミスティアを窘めるように口を開いた。
「ミスティア嬢、婚約者がいるのに他の男性と親しくなりすぎるのは……」
「え?」
「良いですか、しかも貴女の婚約者は」
「ま、待ってください!」
「何ですか!」
何を言っているのだろうか、とミスティアは慌てて彼女の言葉を遮って、眉をひそめて問いかける。
「……親しくするも何も、私はカイン卿の誘いは断り続けております!」
「はぁ? 貴女、何を……」
「現に、先ほども食事に誘われましたが断りました!」
「え?」
訝し気な顔で問い返してくる隊員に、ミスティアは更に言葉を続けた。
「本当です! それに、私はいちお手伝い……というか、アルバイト、というか……ただそれだけですし! そもそも、ここに来ているのは母の紹介あってのことです。母の顔をつぶすことにもなりかねないことは致しません!」
「それ、は」
リリカの名前もしっかりと知られている。
サイフォス家現当主にして、女性ながら思う存分手腕を振るっている上に、騎士団長のレオルグとも学生時代から交流がある……というか腐れ縁、という関係。
ミスティアの婚約者はそんなレオルグの息子だし、レオルグからも周知されている。社交界でも仲睦まじいミスティアとリカルドの様子は見られている。
「……それに、いきなり仲良さげにされても……私の方が戸惑っている、といいますか……」
「そう、だったの」
信じられない、という顔をしていた女性隊員が、そっと声を潜めてミスティアに囁きかける。
「あの、落ち着いて聞いてね?」
「?」
何だろう、と思ったミスティアが聞かされた内容は、とんでもないものだった。
「……嘘」
「カイン卿の悪い癖、というか……最近は落ち着いていたのに……完全に面白半分で、っていうところでしょうね」
女性隊員曰く、カインがミスティアとの関係性を含めてないことないこと言いふらしていた、というのだ。
更には、もうすぐミスティアはリカルドと婚約解消する、とも言っていたらしい。
「いや、婚約解消しませんし」
「そ、そうよね」
「っていうか、それを信じている人も少なからずいる、っていうことですか!?」
「……」
無言=肯定、ということなのだろう。
言われてみれば、最近何やらこそこそしている人が多い、というかミスティアのことを避けている人がいるなぁ、とは感じていたのだ。
別に卒業すれば、調節的に関わることは少なくなるとはいえ、居心地の悪いところでいつまでもアルバイトをする、というのは……とも思ってしまった。
「……あの」
「な、何?」
考え込んでいたミスティアが、ふと顔を上げて口を開いた。
「この話って、どこまで広がってるんですか?」
「ええと……まだそんなには広がっていないけど、カイン卿と親しい人たちには確実に……」
「なるほど」
にこ、と微笑んだミスティアは、女性隊員に頭を下げてその場を立ち去った。
(……なるほどねぇ、つまりは『常習犯』っていうこと……へぇ……)
きっと、その女性隊員も、カインも、ミスティアの性格をきちんと把握はしていないのだ。
だから好き勝手振舞っている、ということだろう。
(私は何も悪いことはしていないけれど、彼が何かトラブルを故意に起こそうとしているのであれば……遠慮なんかいらないわね。ついでに馬鹿げた噂を信じているらしい人たちにも、ちゃーんと説明してあげなくちゃ)
歩くミスティアのところに、ひゅっと風の精霊が飛んできた。
【ミスティア】
【あらなぁに、精霊ちゃん】
【悪い顔してるねぇ】
他の人に聞かれないように、精霊言語で話すことは忘れない。
【ちょっと……お灸を据えたい人ができちゃって】
【オキュウ?】
【悪いことしたひとがいるから、めっ、ってしたいの】
【手伝う~】
楽しそうにしている精霊は、くるくると回りながらミスティアの周囲を飛んでいる。
何も事情を知らない人が見たら、きっとこれは単に精霊と遊んでいるように見えるだろう。だが違う、精霊の笑顔が凶悪なのも、ミスティアが何かを企んでいるようなことも、誰も気付いていない。
(人を馬鹿にして、面白がって……。被害が私だけだったら、まだどうにかできた。でも、未来を壊しかねない人になんか遠慮してやるつもりは、私にはないわ)
ぐっとミスティアは拳を握って、決意する。
(私のことを、その辺のご令嬢と一緒にしないでいただきたいわね!)
ミスティアがこうなってしまっては、きっと止められる人はほぼいない。
風の精霊は、合図をして他の精霊をあつめにかかる。
準備は、着々と進んでいくのであった――。




