若かりし日の黒歴史③
色々と決めた、とある日のこと、ミスティアは風の精霊に対して呼びかけるためにすぅ、と息を吸い込んだ。そして遠慮なく叫ぶ。
尚、場所はサイフォス家中庭なので、ご近所さんに叱られることも基本的にはないだろう。
「みーーーんなーーー!!」
【あれ、ミスティア】
【どしたの、ミスティア】
【呼んだ~?】
「ええ、呼んだわ!」
にこにこと上機嫌に笑いながら、ミスティアは集まってきてくれた風の精霊たちを手招きして呼び寄せた。
【ミスティア上機嫌だ】
「うふふ」
何だかとんでもなく機嫌のいい様子のミスティアを見て、風の精霊たちは首を傾げる。
一体何があるのか、と顔を見合せたり、あれやこれや想像しているとミスティアの笑顔の質が変わった。
「……ちょっと、悪者退治しましょうか」
悪者退治、といいつつあれやこれや分からせるつもりのミスティアには、容赦をする、という単語は生憎と存在していない。
きっと諸々が終わった時、カインに対して色々な人がご愁傷さまだ、と告げるかもしれないが、それを承知の上で彼もやっているのだろうから、自分のこれまでを激しく後悔していただきましょう、とミスティアはほくそ笑んだのであった。
【知ってる、あれ悪い顔、っていうんだよ】
【ミスティア、たまーにあぁいう顔する】
【でも、基本的にあんまりないよね?】
【だからたまーに、なんだってば】
何があったんだ、と精霊たちは首をかしげてあぁでもない、こうでもない、と囁きあうが、すぐにやめてしまった。
だって、自分たちの愛し子がやる、といえば自分たちは力を貸すだけなのだから、と気楽に考えてからミスティアの元にふわふわと飛んで行ったのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「どうよ、あのご令嬢落とせる?」
「なーんかガード硬い、っていうか。真面目ちゃん、って感じだな!」
げらげらと笑っているカインと彼の同僚たちの手には、酒ビンが握られていた。
ほろ酔い状態なのか、彼らの口はとても軽くなっており、あれやこれやと悪自慢が繰り広げられている。
「貴族のご令嬢は、優しくしてやったらホイホイ落ちるんだよなぁ!」
「カイン、お前も婚約者いるんだろう?よくやるよなぁ」
「俺は婚約しようとか、他のことは何も話していないのに、向こうが勝手に誤解して喚くんだからな」
幼い頃から婚約者がいる令嬢は、婚約者以外と接することがあまりなく、あったとしても通っている学校で世間話をする程度。
思いもよらない身体接触があると、自分が何か物語の主人公になってしまったかのような錯覚に陥る令嬢もいる、とは聞くが、全員が全員そうではない。
あくまで、超少数、ではあるものの、いないわけではないから、カインたちはそういった女性をうまいこと見抜いて、あれやこれや面白がってからかっている、ということだった。
これらを見事に自白してくれるものだから、ミスティアにとっては都合がいい。
そして、翌日。
声は風に乗って運ばれるから、それらを拾うのは精霊にとって他愛もないこと。
保存してしまうのも、精霊には簡単にできてしまう。やる必要がないから、やらないだけ。ミスティアのお願いだから、聞いているだけ。
【いっぱい集まった】
【ゲスい】
【知ってる、こういうヤツら最低、っていうんだよね】
「偉いわ精霊ちゃん、良くできました~」
精霊を思う存分利用して、というか精霊にミスティアが相談した時点で彼らは動く気満々。
しかもやったらやったで褒めてくれるから、精霊たちはミスティアにデレデレとした様子で笑いかける。
【こいつらの周りの空気無くせるよ?】
【殺る?】
【殺ろう】
【うーん、それはまだ大丈夫よ。殺しちゃうと後々面倒だし】
まだ、ということはいつかやるのか、と受け止められてもおかしくはない。
だがしかし、これからの出方によってはやぶさかではないと思っている、だなんてきっと誰もが気付いていないことだろう。
そして、こうやってミスティアが訓練場を笑顔で歩いているとカインはホイホイと引っかかってくれるのだ。
「やぁ、ミスティア嬢!今日は精霊たちも一緒なんだね!」
「……あら、カイン卿」
目が一切笑っていない状態で、ミスティアはカインの方を振り向く。それを見てカインは『脈アリでは?』などと、うっかり考えてしまったりしている。
「今日の訓練が終わったら……」
「カイン卿、ご自身の行いを鑑みてくださいませね」
「……は?」
ミスティアの頭をぽんぽんしつつ、普通の令嬢ならば蕩けきってしまうような笑顔で話しかけようとしたところで、ミスティアは彼の言葉を遮った。
一気に不満が高まってしまったカインは、ひくりと頬を引き攣らせながら、震える声で言葉を紡いだ。
「な、何を、言っているの、やら」
「知っていますよぉ……?あなた、結構な悪事をあれやこれや働いているじゃありませんか……」
ここでようやく、カインはミスティアの様子がおかしいことに気がついた。
「お前、何だよ、その、目」
今、ミスティアは遠慮なく力を発揮できるようにと精霊眼を発動している。
見る人が見れば、普段のミスティアの様子とはだいぶ異なっているから、恐怖すら感じてしまうかもしれない。
「……目のことは、どうでも良いじゃありませんか。……ご自分を棚に上げて、恐ろしい方ですこと」
言いながらゆっくりと、ミスティアは手を掲げた。
「私のことも、かつてのご令嬢のように婚約解消させて、嘲笑うおつもりでした?」
「……っ!?」
何故それを、と聞こうとした瞬間、ふわりと風が二人の周りを包み込むように吹いたかと思えば、カインを始めとした面々の声が拡声器でも使ったかのように一気に広がっていった。
「はあ!?」
『あのご令嬢、婚約破棄になったってよ!!』
『あははは!!こっちはお前のこと落とせるかどうかのゲームしてただけだっつーの!!』
「……何、これ」
「うわ……」
カインたちの裏の言動を知らない訓練場にいた面々は、ドン引きしているようで、彼らからそそくさと距離を取り始めた。
『おい聞いたか?次にくるご令嬢は、風使いで有名な、あのサイフォス家のご令嬢だとよ!』
『何で騎士団なんかに?』
『かるーい気持ちで覗きに来んじゃねぇの?』
「あ、いや、その、これは」
何で過去の言動まで、とカインは真っ青になるが、ミスティアは悠然と微笑んでいる。
「精霊ちゃんたち……空気に乗って溶け切ろうとしていた声まで掠め取ってくれてるんですもの。サイフォス家のご令嬢、って今は私ですからね。小さい頃から私を知っている精霊ちゃんたちは、私に害なすものを決して許さない、って決めてるそうです。ねぇ、精霊ちゃん?」
微笑んでミスティアが周囲の精霊に語りかけると、ふわりと魔力をまとった風の精霊が姿を表し、忌々しげにカインを睨み付けながら、ヒトにも分かるように言葉を紡ぎ始めた。
【侮辱した奴ら、許さない】
【死ねよ、ばーっか】
【ミスティアの足元に及ぶわけもない】
敵意ばかりこめられた言葉に、カインはへたり込んでしまう。
嘘だろ、と呟いているが、悲しきかな。これはどうやっても現実でしかないのだ。
「っ……ばけ、もの」
「……何ですって?」
へたり込んだカインが発した言葉は、ミスティアにとっての地雷でしかない。
そして、それは精霊にとっても地雷なのだ、ということに、カインはまだ気が付いていない。
【……化け物、って言った】
「あ……」
【お前、ミスティアのこと、化け物って言ったな】
「ひ、ひぃ!」
ミスティアが何も言わなくても精霊たちはとてつもない怒りを露わにして、カインの周囲に集まってくる。
【精霊ちゃーん、そんなおバカさんのところじゃなくてこっちにいらっしゃーい】
【!】
【!!】
ミスティアの掛け声一つで、精霊たちはヒュッとカインの元から離れていく。
彼のところとミスティアのところ、全く様子の違う風の精霊に怯えながらもカインはどうにか立ち上がって、びしっとミスティアのことを指さした。
「どうせ大した奴が婚約者でもねぇくせに、イキがってんじゃねぇぞ!!」
「へー……」
「何だその気の抜けた返事は!!」
「ほう?うちの息子の婚約者をバカにして楽しいかね?」
「あ!?誰だよテメェ……は……」
振り返った先にいたのは、レオルグ。
正面にはミスティアと風の精霊、背後には団長のレオルグ。
どう足掻いても逃げることの出来ない状況で、うっかりどころではない失言の数々を放ってしまい、どうしたらいいのかとカインは真っ青になる。
言葉を紡ぎたくとも、震えて歯がガチガチと鳴っている状況では何も言えない。
「……私の婚約者、レオルグ様のご子息なんです。あぁそれと……」
ぱちん、とミスティアが指を鳴らせばその場にとてつもない威力の竜巻が発生し、カインを呑み込んでから上空高くに彼を吹き飛ばしてしまう。
悲鳴をあげることも出来ないままカインは風に巻き込まれ、上がりきったところで容赦なく地面へと真っ逆さま。
「ひいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」
とてつもなく情けない悲鳴を上げながら、しかも、魔法を発動させることも出来ずに地面が近付いてきてしまい、死を覚悟さえした、が。
「はい、落下おーわり!」
再びミスティアが指をぱちん、と鳴らせば地面に直撃する寸前でぴたりと止まる。
衝撃で、がくん、と揺れるがぶつかってはおらずに、がたがたと震えているカインはぽいっ、と風の力によって地面に投げ出された。
「あ、あぁ……あぁぁぁぁぁ……」
地面に蹲っているカインは、先程までの自信満々な様子は微塵もない。
今あるのは恐らく落下死してしまいそうだったが故の恐怖心のみだろう。
「こっちを軽んじて、舐め腐っているからこういうやり返しを食らって、大ダメージを負うんですよ。ばーっか」
んべ、と舌を出してからカインの訓練服の首根っこを掴んだミスティアは、レオルグにぽい、とカインのことをぶん投げた。
勿論風の精霊によってカインの重さを感じないようにしてもらっていたので、ミスティアでも軽々投げられた、というわけである。
「うおっ!」
「その人の処分、お願いしますね」
にこやかに言ってから、ミスティアはこれだけやりにきました、と言わんばかりにすたすたと歩いて帰ってしまった。
(……リリカには……筒抜けになるだろうなぁ……)
誰よりも面倒なミスティア溺愛担当に詰め寄られる未来が見えてしまい、レオルグは人知れずにそっと己の胃袋あたりを押さえたのであった……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「っていうことくらいしかないわ」
「……くらい」
【うわぁ】
話したらこうなるだろうなぁ、と予測はしていたものの、思っていたより容赦なくないものだった。
「お母さま……」
「やぁね、あれは若気の至り、っていうか……」
【ミスティア、容赦ない】
「……」
ですよねー……と、ミスティアはちょっとだけ遠い目をする。
だがしかし、ランディはこっそりと思っていた。
(元お父さま……良かったね。あのままのお母さまだったら、首もがれてたかもしれないよ)
そう考えている頃、リカルドが元貴族もへったくれもない『ぶえっくしょい!!』というくしゃみをし、セレスティンに『きっっっったないわね!!』と怒鳴られていたなんて、誰も知らないのであったり
……という過去のやらかしでした。




