若かりし日の黒歴史①
ミスティアの学生時代のとあるお話
冬季の長期休みに入り、サイフォス家に戻ってきて暖炉の前でごろごろとしながら読書をしていたランディは、ふと編み物をしているミスティアに視線をやった。
「ねぇお母さま」
「なぁに、ランディ」
編み物をする手は止まらないまま、視線はランディへと向けてくれる。
視線が合うと柔らかく微笑んでくれるから、ランディは嬉しくなってへらり、と笑った。
「どうしたの、質問があった?」
「えーっとね、質問もある」
「質問、も……? そうなの。で、どうしたの?」
よいしょ、と立ち上がったミスティアがランディの所までやってくると、彼がうつ伏せで乗っかっている大きなクッションに、ミスティアもよいせー、と気の抜けた声を出しながら寝転がってきた。
子供一人が乗っかっているところ大人まで乗っかってくるとどうなるのか、答えは簡単。ちょっとランディのバランスが崩れてしまうのだ。
「わぁっ!?」
「あはは、ごめんごめん」
「もー、お母様!」
ほんの少し前には、こんな風に親子のほのぼのした時間を過ごせるだなんて、考えたことすらなかった。
何て平和なんだろうか、とランディが思っているとぴょこ、と地の精霊が顔をのぞかせつつランディのところにやってきた。
「あ、地の精霊だ」
「まぁ!」
【ランディがここにいる、って聞いた】
「うん、そうだよ。ちょうどお休みに入ったからね」
さすがに、ランディは精霊言語が話せない。
だが、精霊には何となく好かれているようで、精霊がとても配慮をしてくれたおかげで、聞き取りやすい言葉で話してくれている。
ついでにミスティアも普通でいいか、と思って地の精霊の頭を指先で撫でる。
「こんにちは、地の精霊ちゃん」
【話は知ってる、ミスティアだ】
「ええそうよ、初めまして。うちのランディに力を貸してくれてありがとう」
【この子、才能ある】
「本当!?」
顔をぱっと輝かせているミスティアよりも、言われたランディ自身が目を真ん丸にしてあんぐりと口を開けている。
「そう、なの?」
【真面目な子は、好きだ】
「良かったわねぇ、ランディ」
嬉しそうにしているランディと、ランディを見て微笑んでいるミスティア。そして、ランディにくっついている地の精霊。
見ていると何とも可愛らしい光景ではあるものの、はっと我に返ったランディがクッションの上で体勢を変えてミスティアを見る。
「何?」
「そう、お母さまに聞きたかったんだ! 忘れるところだった!」
「答えられることなら、何でもどうぞ」
「お母さまの学生時代って、どんな感じだったの?」
「学生……時代」
ミスティアの笑顔が硬直し、びしり、と動きも止まる。
「ええ、と」
「お父さまだった人とめちゃくちゃ仲が良かったとか!?」
「それは普通」
「それ、は?」
「うん」
ミスティアは思い出す。
何度でも言うが、ミスティアは決して大人しい深窓のご令嬢とかではない。
どこまでいってもミスティアはミスティアなのだから――。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「そこまで!」
「……ありがとうございました!」
学生時代、ミスティアは母の伝手を使い騎士団にてアルバイトをしていた。
だがしかし、アルバイトといっても騎士団と同じ訓練を受けなければいけない日もあるので、訓練場で必死に騎士団員に食らいついていた。
「……疲れた」
げっそりとした様子でミスティアが地面に座り込むと、ふよふよと風の精霊が飛んでやってくる。
【ミスティア大丈夫?】
「あら、精霊ちゃん。大丈夫よ、問題ないわ」
あはは、と苦笑いを浮かべれば、風の精霊が冷たい風をミスティアに送ってくれる。心地よいそれを頬に感じていると、団長がミスティアの元にやって来た。
「ミスティア嬢」
「団長様!」
だらけて見えたかもしれない、と慌てて姿勢を正し、精霊もミスティアにつられるように慌ててしゃきっとした。
「……む、精霊様までそのように」
【ミスティアがこうしてるから、ボクらもこうした方が良いのかな、って思った!】
「それは大変なお気遣いを……」
深々と頭を下げている団長相手に、ミスティアはあわあわと慌ててしまう。
まさか騎士団長にこんな風にさせてしまうだなんて、と言葉を探していると、一人の団員がミスティアと団長のところにやって来た。
「団長、ミスティア嬢が困っております。ミスティア嬢、学園ぶりだね」
「……ええ、と?」
言えない、学園では基本的に人とべったりではないから(友人がいないわけではないが、クラスが異なっている)あまり人の顔と名前が一致していない、だなんて。
「同じクラスのカインだよ。カイン・フォン・リュクス」
「あ、ああ、リュクス家の!」
……と、言いつつもミスティアはよく分かっていない。
そもそもミスティアには婚約者がいるし、他の男子生徒とあれこれ話していなかったのもそうする必要が無かった、というのもある。
無駄な誤解を招きたいわけでもなかったから、あえて会話をしなかったのだがまさか裏目に出るとは……と一人ミスティアが悩んでいると、すっとカインが騎士団長との間に入ってきた。
(……へ?)
「団長、女性のミスティア嬢に俺たちと同じ訓練というのは些か辛いのでは?」
「む」
「俺は家を継がなければいけないから、必死にこなしておりますが……彼女は魔獣退治や精霊調査に同行していただくために推薦を受けてここにいると聞いております」
「それは、そうだが」
団長……つまり、レオルグは困惑している。
家の推薦というよりは、リリカのごり押し、といった方が良いのかもしれない。母から『ミスティア、ちょっといろんな経験してらっしゃいな!』と言われた上に『団長知ってるから!』と追撃されてしまえば、嫌だとは言えない。
母の決め事はぜったーい、というサイフォス家なのだから、ここはおとなしく言うことを聞いておこう、と思ったから来ているだけのこと。
結果的にめちゃくちゃいい経験になっているから、それはそれでOKなのではあるが、こんなにも女の子扱いをされたことは、ほぼ、ない。
「彼女は精霊様との橋渡し役。実際に現場に行って疲れているからと何もできない、という事態は避けなければいけませんよ」
「う……うむ」
言われてみれば、と困惑しているレオルグに、ミスティアは微笑みかける。
「レオルグ様、問題ございません。ええと、カイン様もありがとうございます」
ぺこりと頭を下げてくるミスティアの頭に、不意に誰かの手が乗る。
「……ん?」
「頑張っていて、えらいな、って思ったんだよ」
何やらとてもキラキラした笑顔を向けられてしまっているが、これは一体どうすれば良いのだろうか、とミスティアは困惑してしまう。
そもそも、ミスティア自身は恋愛には無縁という生活をしてきている。
だから、このむず痒いような感覚が何なのかも分からないまま、頭を撫でて去っていくカインの背中を呆然と見つめることしかできなかったのであった。




