中央委員会会議
「えー、それでは、まず最初にクラス委員を決めたいと思います」
理事長の殺害という非常事態によって、当然のごとく、入学式は取りやめになった。パニックとショックのせいで、多数の怪我人と急病人が発生したようだ。このE261組でも空席がちらほら見えた。
たとえ、人体を一瞬のうちに引き裂く力を持っているとしても、実際に、それを使用するかはまったくの別問題だ。上位サイコキネシス能力者の中でも、本物の死体を見たことがるものなど少数派だろう。
「……ええっと、誰か立候補者はいませんか?」
この臨時ホームルームの司会を務めているのは、浅田とかいう真面目そうな男子生徒だ。緊急職員会議のため席を外している、ダニエル・ロッカー先生の代わりに、仕切っているようだった。
何もこんなときに、クラス委員なんて決めなくてもいいじゃないか、というのが、このクラスのほとんどの者が思っていることだろう。実際、クラス委員を決めるホームルームは明日の予定だった。
では、なぜ、今、決めなくてはならないのか。その答えは、このセカンド学園の特殊性にあった。全世界のセカンドを集めたこの学園には、一般の教育機関には認められないような広範な自主権が認められていた。それは、先の大戦によって結ばれた『太平洋条約』によるものであり、一説によると、人類からの、セカンドの自立を保障するための仕組みのようだった。
だが、自立は責任を伴う。セカンド学園では、校則の制定や生徒の処分、果ては学園の運営方針など多くの案件が生徒会の権限の下にある。そして、生徒会の最高意思決定機関が、中央委員会会議だ。生徒会執行部が政府だとすると、中央委員会会議は、ちょうど議会に当たる機関だと言える。細かいことを言えば、執行部の方がはるかに権限が強く、中央委員会会議は、形式的な色合いが強いが。
そして、中央委員会会議に出席するのが、各クラスの代表であるクラス委員であった。生徒会執行部の要請の下、本日の放課後、臨時の中央委員会会議が開かれることが決定した。そのため、1年生を含むすべてのクラスより、代表者を選出しなければならない事態が発生しているのだ。
「……誰でもいいです?いませんか?」
浅田の呼びかけに対し、答える者は誰もいなかった。本来であれば、お調子者や仕切りたがりが名乗りを上げるところだが、陰惨な殺人事件の後である。誰もが俯いており、ただ時間が流れるだけだった。
「……じゃあ、僕がやります」
「助かるよ、九条君。後は任せるよ」
飛鳥が名乗り出ると、浅田は目に見えてほっとした顔を見せた。
「……おい、待ちやがれ!」
発したのは、教室の最後列に座っていた、男子生徒だ。髪の毛を脱色し、ピアスの穴を開け、制服をだらしなく着崩していた。いかにも不良っぽいという印象を受ける。
「ど、どうしたのかな、武藤君?」
浅田はこの不良生徒のことを知っているようだった。しかも口調から察するに、恐れているようだ。
「どうしたじゃねえ!クラス委員を決めてるんだろ?……だったら、俺様がやってやるって言ってるんだよ!」
「で、でも、もう九条君に決まったし、……そ、その」
「うっせえ、黙ってろ!てめえの意見なんか聞いてねえんだよ、間抜けの浅田!……で、別に俺がやっても構わないだろ、九条!?」
話を振られた飛鳥は、少し考え、結論を出した。
「ああ、別に構わないよ。君がやってくれるなら、それでいい」
その答えを聞くと、武藤は、一瞬だけ毒気が抜けたような顔をしたが、すぐに、機嫌よく答えた。
「へん、物分りがいいじゃないか、九条君よお」
武藤にとっては、おそらく、クラス委員が誰かなんてどうでもいいのだろう。気に入らない人間に難癖を付ける理由に過ぎない、と飛鳥は見ていた。
「ただ、そうなると、今日の放課後が大変だね。臨時の会議があるらしいし……」
たちまちに、武藤は不機嫌そうになる。
「ち、そんなめんどくさいものに出てられるか!……そうだ、代わりに、お前が行けよ、九条」
「……そんなめちゃくちゃだよ、武藤君!」
浅田が口を挟むが、飛鳥の答えは先ほどと同じだ。
「ああ、別に構わないよ。それでいい」
武藤を、僅かに唇を歪め、こう続けた。
「へ、よろしく頼んだぜ、九条副クラス委員殿!」
武藤は、飛鳥のことをパシリだと認識したようだ。不愉快であるが、当初の目的を果たせたので、飛鳥としては不満はなかった。
中央委員会が開催される会場は、数千人を収容可能な巨大な講堂であった。2000人を超える代表生徒が集まるのだから、当然と言えば当然だ。
放課後、E261組クラス委員代理として、飛鳥は受付を済ませ、指定された席に着いた。演壇からかなり離れた場所であり、備え付けのマイクも無いようだった。すぐに、発言を求められてはいないことを、飛鳥は理解した。
「なるほど……これが、能力序列制か」
飛鳥たちE261組のような底辺クラスは会場の外れに追いやられ、中心に近い席は、上級クラスが占有する。委員会一つを取ってしても、区別は徹底しているようだった。
「……各クラス代表者の皆さん、まずは、緊急の招集にも関わらず、集まってくださったことに感謝します」
飛鳥が考え事をしているうちに、会議は始まっていた。
演壇に立っているのは、長身の男子生徒だ。なんとなくだが、怜悧さを感じさせた。
「……おっと、この場に、多くの新入生諸君がいることを忘れていたようだ。改めて言わせてもらおう、諸君、入学おめでとう!……私は、アレクセイ・ゴドルフ。生徒会副会長並びに風紀委員会会長を務めている。よろしく頼む」
学園の最高権力者は(学生に限ればだが)、生徒会長なのは依存ない。だが、ナンバー2となると、意見は分かれる。表向きの権力では、副会長を挙げる者は多い。だが、実質的な権力の観点だと、風紀委員会会長や予算担当の会計係、部活連総代などが上だという考えもある。
だが、表向きの権力と実質的権力の双方を持っているということは、アレクセイは、正真正銘、この学園のナンバー2だ。
「……2、3年生の諸君は、私が、風紀委員会会長を兼ねていることに驚いていると思う。……先ほど、会長閣下より、私に辞令が下された。そう、言うまでもなく、あの入学式の惨劇、理事長殺害の下手人を捕らえよ、という会長のご意思である。この学園を守る責務を負う者として、私はこの任に恥じぬ行いをする所存だ。……だがしかし、この中に、我こそが、風紀委員会会長にふさわしいと思うものがいたら、名乗り出て欲しい!」
「……」
「……よろしい、異論がないというなら、本題に入ろう。では、まず、今回の事件について、現時点で分かっていることを説明しよう」
スクリーンに映し出されたのは、理事長の遺体の写真だ。細部にはモザイクがかかっていたが、それでも、この場の人間を狼狽えさせるには十分であった。
飛鳥の隣の女子生徒は、口元を押さえ、吐き気をこらえているように見えた。他にも、気分を害した生徒は複数見られた。とはいえ、流石は、クラス代表者の集まりというべきか、入学式のときのようなパニックにはならなかった。
「……現状、理事長は、サイコキネシス系能力者、それも、上級の能力者によって、殺害されたものだと考えるのが妥当だ。念動力によって、人体内部が破裂させられ、死に至った……非常に、おぞましい犯罪であると言わざるをえない!」
(本当にそうだろうか?)
飛鳥は、心中でそう思う。確かに、内蔵を巻き散らかし、血液が吹き出て、死ぬのは綺麗な死に方ではない。だが、苦しむ間はなかったはずだ。理事長自身、自分が死んだという気づく間もなかったはずだ。
(お前たち人類がやってきたことに比べれば、よっぽど、人道的ではないか?)
「……諸君も知ってのとおり、セカンド学園は、学生に広範な自治が認められている。それは、治安維持部門、そして、犯罪捜査部門もそうだ。今回の理事長殺害事件に関して、風紀委員会は、生徒会より、一切の捜査権限を付与されている」
アレクセイの発言に対して、ざわめきが起こる。
「……静粛に!無論、前例のないことだ。生徒諸君が戸惑うのも無理はない。だが、分かってほしい、今は、非常事態なのだ!理事長を殺した下手人は、間違いなく、学園の生徒の誰かだ!……そして、それは、この中の誰かかもしれないのだ!」
(まさか、本当にそのとおりだとは夢にも思っていないだろうな)
飛鳥はうっすらと笑みを浮かべ、アレクセイの演説に耳を傾けていた。後は、特段、聞く価値のない内容だった。現状、容疑者候補は、上級念動力者87名。順次、事情聴取を行っていく方針を伝え、本年度第一回中央委員会は閉会した。
「君、待ち給え」
帰り支度をしていた飛鳥を、一人の女生徒が呼び止めた。飛鳥は、その顔に見覚えがあった。
「ええっと、確か、『ゼロのマリーナさん?』」
すると、マリーナは吹き出した
「おいおい、その恥ずかしい呼び名はやめてくれ。さん付けもなしだ、マリーナでいい。これでも、君とは同じ高等部1年だ」
初対面のときにも感じたが、かなりフランクな性格のようだ。
「ええっと、先ほどは助けていただきありがとうございました……俺に何か用でしょうか?」
警戒感を滲ませながら、飛鳥は言葉を発した。遥か雲の上の実力者が、自分に話しかけてくる理由を、飛鳥はとっさには、思いつかなかった。
「堅苦しいのは抜きだ。どうしても、一つ聞きたいことがあってな。その前に、君の名前だが……」
「九条、九条飛鳥です」
「なるほど、九条か。分かった。では、質問だ。九条、君は、なぜ、会議中、笑みを浮かべていたんだ?」
(……!)
少し前の人あたりの良さはすでになかった。研ぎ澄まされたナイフのような殺気が、マリーナの全身から立ち上っていた。そんな雰囲気を察してか、2人の周辺から人影がなくなっていた。
返答しだいでは、飛鳥の身体を両断することさえ厭わないだろうことは、容易に想像できた。
「……実は、副会長が言っていたことが、本当に正しいのかな、と思えて……それで、口元が緩んでしまったんです」
「それは、どういう意味だ?」
身体を切り裂かんばかりの殺気は健在だ。飛鳥は、心臓の動悸が早まっていることを自覚した。
(落ち着け、これぐらい乗り切れる範囲だ)
「犯人は、学内の生徒だという前提がどうも疑わしくて……。学外の人間、例えば、島外のテロリストの仕業かもしれませんし、もちろん、この島のセキュリティがしっかりしていることは知っているつもりですが、……そもそも、学生に殺人なんて」
「君の言いたいことは分かる。確かに、同級生の中に、殺人犯がいると信じたくない気持ちもな。……だが、それは、先入観に過ぎない。かつて、大戦の際に、セカンド軍の中核は、今の我々と変わらない少年少女が占めていたという。大戦において、何人の人間が死んだかは……言うまでもないだろう」
「……」
飛鳥は項垂れてみせた。
ふいに、マリーナは笑みを零し、殺気は霧散した。
「尋問するような真似をしてすまなかったな。許してくれ」
疑いは一応は晴れたようだった。
「いえ、怪しまれるようなことをしたのは、俺の責任です。……俺からも一つ聞いていいですか?」
マリーナは首肯した。
「どうして、俺の表情が分かったんですか?」
飛鳥の席と、風紀委員会の席は、演壇を挟んで、ちょうど真向かいに当たる。それほど、離れていて、なぜ、表情の変化に気づけたのか。絶対に確認しておくべきことだ。
飛鳥の問いに対して、マリーナは、悪戯っぽく笑って答えた。
「それは企業秘密だ、九条」




