侵入者
中央委員会会議が終わって、E261組の教室に戻ると、すでに日没を迎えようとしていた。誰もいない教室に夕陽が差し込み、寂寥感を感じさせた。
飛鳥は、置きっぱなしになっていた荷物を回収すると、すぐに教室を出た。彼の頭の中では、これからやることのリストアップがすでに始まっていた。
「……もう、さっきのような失敗はしない、絶対にだ」
飛鳥の脳裏には、先ほどのマリーナ・コズロフの姿が浮かんでいた。疑われている可能性は低い。だが、油断していたことは事実だ。
「ああ、そうだ。俺は、目的を果たす。それだけだ」
飛鳥は、己の忌々しい過去を思い出し、決意を新たにした。奥歯を砕けんばかりに噛み締め、飛鳥の表情は、悪鬼のそれを思わせるものになった。それはちょうど、古代中国の君主が、苦い肝を舐め、復讐を誓ったという故事に倣ったようだった。
「……っこんなときに」
胸ポケットの生徒手帳が振動していた。セカンド学園の生徒手帳は、ただの身分証明書以上の機能を持っている。例えば、学内における物の売買は、生徒手帳のクレジット機能で決済された。さらには、今のように、音声通話の呼び出しも可能であった。ほとんど携帯電話と変わらない機能を持っていた。
呼び出し人名は、小田原悠人。硬化能力の持ち主で直情型、それが、飛鳥の彼に対する評価だった。特別付き合っておく価値のある相手ではない。
「……はい、もしもし」
とはいえ、E261組の生徒及び、マリーナには、悠人と一緒にいるところを見られている。ここで、下手に人間関係を終わらせるのは妥当ではない。
「飛鳥か?会議は終わったか、だったら、ちょっと付き合えよ」
強引に学内にあるカフェテリアを指定された。どうやら放課後のお茶会に付き合わなければならないようだ。
飛鳥が、そのカフェテリアに着いたとき、席には、男子生徒1人と女生徒2人がいた。2人は、小田原悠人とユリアナ・ブラッドレイだ。だが、あと1人とは面識はなかった。
「遅れてごめん……ええっと、そっちの人は?」
飛鳥が切り出すと、見知らぬ女生徒は苦笑した。
「これでも、同じE261組なんだけどな。初めまして、九条飛鳥君。ミランダ・ホープと申します」
赤いフレームの眼鏡が特徴的だった。しかめっ面でも、可愛いという印象を強く受ける。
「すみません、ミランダさん。人の顔を覚えるのは苦手でして……」
嘘だ。飛鳥は、最初のホームルームの段階で、クラス全員の名前と顔を一致させていた。にもかかわらず、ミランダ・ホープは、彼の認識から完全に外れていた。
(注意が必要だな)
「……それで、ミランダさんと、悠人たちは、どういうつながりなの?」
「ああ、ユリアナとミランダの席が近くて、仲良くなったんだ。それで、お茶でもしようって話になって、折角だし、お前も呼ぼうという話になったんだ。……ミランダは中等部からここにいるらしくて、いろいろ教えてくれるってよ」
「なるほど、ありがとう」
この部分だけは、飛鳥の偽らざる本音だった。
「あはははは、中等部からといっても、転入したのは3年生だし、実質1年も通ってないよ。ゼロのマリーナ様みたいに、中等部1年から在籍しているわけじゃないしね」
「……ゼロのマリーナ様って、私たち、今朝、助けていただきました!」
「そうそう、ユリアナちゃん、君たちが、解放戦線の連中に絡まれているときに颯爽と現れたのが、風紀委員会のエース、マリーナ様よ」
ミランダは、そこで眼鏡の鼻を押さえ、怪しげな笑みを浮かべた。
「……ミランダさん、もしかして、俺たちとお茶しているのは、マリーナさんのことを知りたいからですか?」
切り込んだのは飛鳥だ。すると、ミランダはあっさりと認めた。
「ええ、そうよ。もちろん、君たちと仲良くしたいという目的もあったけど、一番は、マリーナ様についてかな」
飛鳥は、先ほども会ったマリーナ・コズロフの姿を思い浮かべた。怜悧な美貌と圧倒的な実力を持つ彼女が、多くのファンを抱えていることは容易に想像できた。ミランダもその口だろう、と飛鳥は思った。
「……実は、私、新聞部なの。それで、マリーナ様について、特集記事を組みたいと思っているのよ。ねえ、協力してくれるわよね!」
予想の斜め上をいく答えだった。
「い、いいけど。けど、俺も、悠人とユリアナが話したこと以上のことは……。ああ、そういえば」
「そういえば、どうしたの?」
ミランダは、魚を前にした猫のごとく、その目を輝かせた。飛鳥は、ひと呼吸おいて、続ける。
「実は、中央委員会に出たんだけど、そこで……」
「そこで?」
「……マリーナさんを見たよ。風紀委員会のトップが変わったみたいで、それでいたのかな……」
「そのニュースね……。会長も思い切った人事をするわよね。副会長の権限をこれ以上強くして大丈夫かしら」
流石、新聞部といったところか、情報が早い。
「ミランダちゃん、副会長さんの権限が強くなり過ぎるってどういうこと?」
ユリアナが尋ねた。飛鳥も含め、ミランダ以外の3人は、新入生だ。当然、そういった事情には疎いし、また、関心もあった。
「ああ、それね……」
曰く、現生徒会長はほとんど表に出てこないらしく、あらゆる行事の進行を、副会長以下、生徒会メンバーに任せているらしい。単にやる気がないだとか、病気、あるいは、副会長の傀儡になっているだの、噂は絶えないという。
新聞部の総力を結集しても、真相は不明らしく、学園の謎の一つとなっているらしい。いずれにせよ、結果的に、会長代行を務めている副会長に権限が集中しているのが現状らしい。
「まあ、こんな感じで、何でもは知らないけど、大抵のことは知ってるから、よろしくねー。そうそう、情報料代わりに、九条君に一つ助言するわ。……武藤には気をつけておいたほうがいいわよ」
「それってどういう意味かな?」
「武藤も中等部の頃から、この学園にいるわ。その頃から、粗暴の悪さで知られていたの。それで、何度か暴力事件を起こして、ついに、降格処分を喰らったの。元は、C級クラスにいたらしいけど、E級に落とされたの」
学園のスキルランキング制の下では、基本的に、能力の優劣によって、所属階級が決定される。しかし、能力の成長が芳しくないとき、あるいは、素行不良の際には、下級クラスへの移動もまた、制度として存在していた。
年に数人、多くて数十人に適応されるシステムだが、武藤もその一人であったようだ。
「だいたいの生徒は、反省して、元のクラスに復帰できるよう努力するものなの……。ただ、武藤は、反対に、降格処分を喜んでいる節さえあるの」
ミランダの言わんとするところは分かった。つまり、武藤は、格下相手に威張り散らせるポジションが気に入ったのだろう。実際、E261組を見る限り、武藤に敵いそうな能力者はいない。
「ありがとう、ミランダ」
その後は、物騒な話題は上がらず、島内の店の話や学校行事についてがメインとなった。飛鳥は、ミランダ・ホープと武藤両名を要注意リストに加えることとなった。
セカンド学園は、東京のはるか南、太平洋上に位置する孤島にある。当然、自宅通学する者などおらず、全生徒は、下宿をすることとなる。
下宿といっても、様々な形態がある。大半の生徒は、学園に併設する学生寮に入寮する。通学時間はほぼ0分で、24時間利用可能な食堂付きで、全部屋個室である。外見も、学生寮というよりは、高層マンションであった。小田原悠人もユリアナ・ブラッドレイも、学生寮に入ったという。
一方で、飛鳥は、入寮せず、学園から徒歩15分ほどの一軒家を賃貸していた。学生向けの物件であるが、寮に比べると利便性で劣り、むしろ、賃貸料が安いほどだった。
もちろん、金銭的な理由で不便な物件を選んだわけではない。自身の目的達成のために、何よりもプライベート空間が必要だと判断したためだ。
そのような事情があるにせよ、一人暮らしのスタートは、気分が高揚するものだ。それは、孤児院暮らしが長かった飛鳥も同様だ。
先ほど、管理人から預かった鍵を差し込んで、ドアノブを回した。カチャっと音がして、鍵が開く……はずだった。
(誰かいる!?)
反対に鍵がかかってしまった。鍵が最初からかかってなかったという可能性は低い。そうなると、誰が侵入したと考えるのが妥当だ。
飛鳥は、カバンの中から、拳銃を取り出した。この時代、銃器の所持に対する難易度は限りなく低かった。先の大戦は、小学生までもが、機関銃で武装する悲惨なものであった。結果、大量の銃火器が出回り、武器所持の規制は困難となった。
セカンド学園内においても、特に、銃火器の所持が禁止されているわけではなかった。使用したら、もちろん罰せられるが、持つ分には、それほど脅威だとは考えられていなかった。
飛鳥は、拳銃をリロードすると、音を立てずに、扉を開けた。この島のような特殊な環境下で、泥棒は考えにくい。可能性は低いが、外部のテロリストや活動家の場合もある。
細心の注意を払い、飛鳥は、家の中心へと進む。賃貸を借りる際に、間取りを読み込んだことが活きていた。
(まったくなんて長い一日だ)
入学、理事長の殺害、会議、お茶会、と怒涛の一日だ。せめて、家ではゆっくりしたかったと思う。
「……るーるーる」
奥のリビングの方から鼻歌が聞こえた。罠か、と飛鳥は当初思う。
(どのみち乗るしかないか)
「……動くな!」
飛鳥は、リビングに入り、銃口を侵入者へと向けた。そして、飛鳥は驚愕することとなった。
侵入者は、一糸纏わぬ美少女であった。




