クラス
「まさか、一緒のクラスになるとはな、よろしく頼むぜ」
クラス分けの結果、飛鳥と悠人、さらには、ユリアナまでが同じクラスになったのだ。高等部の新入生が3万人近くいることを考えたら(能力別にランク分けされているとはいえ)、天文学的な確立であった。
セカンド学園のクラス編成は、40人1クラスである。このあたりは、学園を管轄している、連合政府分散首都東京の影響によるものだろうか。
教室内は、ほとんどすべての席が埋まっていると言ったところか。至る所で、新入生同士が、会話に華を咲かせているといったところだ。ユリアナも、近くの席になった女子生徒と連絡先を交換しているようだった。
ちなみに、腐れ縁なのか、飛鳥のすぐ後ろの席は、小田原悠人だ。
入学式前のホームルーム開始まで、あと、5分といったところだ。そろそろ、担任の教師がやってきてもおかしくない時間だ。22世紀になっても、担任教員制度が廃れることはなかった。
「いったい、どんな先生が来るんだろうな?」
「さあ、検討もつかないよ」
セカンド学園の内部事情は、もちろん、噂話になるレベルのものもあるが、基本的には、連合政府の最重要機密だ。ネットで検索して簡単に出てくるようなものではない。
「やっぱり、セカンドを指導するからには、セカンドなのか?」
悠人が再度、問いかけを発したのとほぼ同時に、教室のドアが開いた。
入って来たのは、髪の毛をきれいに剃った男性だ。柔和さは微塵もなく、非友好的態度を露骨に出していた。顔を不機嫌そうに歪め、汚物を見るような視線を投げかけてきた。
第一印象は最悪だった。それはこの教室の全ての生徒が共有した思いのようで、たちまち、クラスは静寂に包まれた。
「……私は、ダニエル・ロッカー退役中尉だ。貴様ら、E263組の化物どものお守りを仰せつかっている。以前は連合政府特務部隊に所属していた、元軍人だ。まず、先に断っておくが、私には、貴様らの処分権限が付与されている。……この意味は分かるな!?」
ダニエルは、ホルスターから銃を取り出して、掲げてみせた。よくある、士官用の拳銃だ。とはいえ、殺傷能力は侮れない。
「……つまり、貴様らが、少しでも反抗的な態度を見せれば、射殺しても構わないというわけだ」
そう言うなり、ダニエルは、銃口を最前列の生徒に突きつけた。
「私は、反吐がでるほど、貴様らセカンドが大嫌いだ。貴様ら人もどきの脳天に銃弾をぶち込んでやりたくてたまらない。私は、容赦はしないぞ。無事に卒業したければ、おとなしくしていることだ、蛆虫でもめ!」
担任教師の挨拶というよりは、牢獄の看守の恫喝だった。教室を覆っていた新生活への期待は霧散し、重苦しい空気が場を支配していた。
「……さて、私からは以上だが、何か、聞いておきたいことはないか、化物ども?」
ダニエルの目がギョッと開かれる。目を合わせたいと思うものがいるわけもなく、全員、うつむき、目線を下げている。
「何もないのか、ゴミ虫どもめ!……ん、お前は何かないのか!?」
運悪く、目を付けられたのは、よりにもよって、ユリアナだった。指名されたユリアナは、完全に怯え、声が出ないようだった。
「ん、聞こえないぞ!はっきり言わないか、このあばずれが!」
当初の目的など忘れて、言いたい放題だった。難癖を付けて、楽しんでいるだけだと、誰の目にも映った。理不尽な光景だが、誰も立ち上がろうとはしない。
飛鳥も、不愉快さを噛み殺し、静観することに決めてはいた。だが、このクラスには、一人だけ例外がいたようだ。
「やめろよ、先生!」
ユリアナの幼馴染にして、つい先程も、解放戦線を名乗る集団に喧嘩を売りかけた、小田原悠人だ。
「……貴様、私に口答えするのか!」
短気さでは、ダニエルも負けてはいないようだ。すかさず、拳銃を取り出し、悠人へと向ける。
「さっきから聞いてりゃ、なんなんだよ、あんたはよ!あんた、それでも教師かよ!?」
悠人は、ダニエルのいる教壇の方へと詰め寄ろうとした。
「それ以上、私に近づくな、化物め!撃つぞ!」
脅しとではなく、警告だ。ダニエルはすでに、銃をリロードしていた。つまり、引き金を引けば、本当に弾が飛び出すわけだ。
元軍人だというわけで、ためらいなど、微塵もないだろう。
「へ、やれるものなら、やってみやがれ!」
悠人が挑発した瞬間、ダーン、という銃声が響き渡った。悠人は、驚愕の表情を浮かべ、そのまま、倒れ込んだ。
「ふん、誰か、こいつを保健室に連れて行け!急所は外してやったが、しばらくは動けないだろう」
ダニエルの銃には、実弾の代わりに、殺傷能力の低いゴム弾が詰められていたようだ。当然といえば当然だが、射殺だのなんだのは、すべて脅しであったようだ。
「……その必要はないぜ、それにしても、痛えな、おい」
悠人は、まるで何事もなかったかのように立っていた。厳密に言うと、脇腹をさすっており、痛そうではあった。しかし、ちょっと痺れた程度の痛みしか感じていないように見えた。
「……っ悠人、大丈夫?ごめんなさい、私を庇ったせいで……」
「大丈夫だって、ユリアナ。……俺の能力を忘れたのかよ。とっさに『硬化』を発動させたからいいものの、普通なら、気絶してたところだぜ……」
悠人の能力は、一時的に、身体能力、おそらく、身体の強度を高める類のものようだ。至近距離からの銃撃をくらっても、平気そうな顔をしているあたり、間違いないだろう。
もし、この場を目撃しているのが、セカンド以外の者ならば、驚愕あるいは、畏怖の念さえ感じたかもしれない。だが、ここは全ての学生がセカンドの学校なのだ。
(ゴミみたいな能力だな)
最低ランクのE級の中でも、最底辺を争うような使えない能力なのは間違いない。この時代、能力の価値は、その希少性と有効性によって、評価される傾向にある。例えば、先ほどのマリーナとかいう風紀委員がいい例だ。
彼女の能力は、おそらく、『加速』だろう。非常に珍しい能力であり、また、その有用性は計り知れない。もちろん、それは、陸上の世界記録が狙えるとかそういう次元の話しではない。暗殺や潜入といった汚れ仕事に対して、どれほど役に立つ能力だろうか。
対して、小田原悠人の能力はその真逆だ。身体を硬くする能力は、常人に毛が生えた程度のもので珍しくもなんともない。それに、防弾チョッキを一枚着れば済む程度の能力に過ぎず、取り立てて、有益とは思えない。
(正直、最低ランクのクラスだから、役に立つ能力が得られるとは期待していたわけじゃないけど、ここまで酷いとはね。……それも、最初に知り合った奴がこんなにも無能とはね)
だが、そんな飛鳥の心中とは裏腹に、クラスメイトたちは、なぜか飛鳥の方に目線を向けていた。それだけで、彼は事態を察した。悠人の知り合いである彼に、状況の収拾を期待しているようだ。ため息をつきたくなったが、飛鳥としても、これ以上、目立たな過ぎると今後の予定に響くところだ。ゆえに、乗せられてやることにした。
「……先生、その辺にしておいたらどうですか?」
淡々とした口調で、飛鳥はそう告げた。聴く者によっては、神経を逆撫でされているように感じるであろう、そんな声色でだ。
「貴様!私に意見するつもりか!」
案の定、ダニエルは逆上した。だが、それも、飛鳥の目論見通りだ。
「いえ、そのようなつもりは……。ただ、もう少しで、入学式が始まるので、このへんでやめておいたら、と思いまして」
先ほどと同じく、感情の抑揚を感じさせない話し方だ。だが、ダニエルの反応はさっきまでとはまるで違った。足が、手が、肩が、震えていた。まるで、目の前に、恐ろしい怪物がいるかのように。子供のようにみっともなく、怯えていた。
「どうでしょうか、先生?お分かりいただけましたか?」
飛鳥の声には、凄みは一切なかった。けれども、ダニエルの身体は、震えが収まらなかった。
そして、ただ「い、移動しろ」とだけ叫んで、教室を飛び出すのが精一杯だったようだ。
(『威圧』の能力を消費したのは計算外だが、まあ、いいとしよう)
悠人とユリアナの2人は信じられない、という顔をしていた。だが、それ以外のクラスメイトたちは、賞賛と畏怖とが混じりあった、そんな顔をしていた。
クラス内で、一目置かれる程度の存在にはなれたかな、と飛鳥は思った。




