出会い
数時間前
どこまでも広がる蒼穹の空と、澄み渡る青い海。照りつける太陽は、まだ春先だというのに、汗ばむほどに強い。海面付近では、海鳥の群れが、狩りをしているようだ。
絵に書いたような、喉かな南国の風景だと言える。実際、新入生の大半はそう感じたらしい。島に上陸するなり、感嘆の声を上げ、走り回っている者もいた。
だが、九条飛鳥は、そんな少年少女たちとは、まったく違う感想を抱いていた。
「……手入れの行き届いた牢獄だな」
この島に名前はなかった。先の大戦以前にはあったかもしれないが、すでに忘れ去られていることだろう。南太平洋上に浮かぶこの島は、この時代、便宜上、セカンド特区と呼ばれていた。
セカンド―超能力を有する新人類―の少年少女を、一括して、教育・管理するための唯一の期間、セカンド学園が置かれているのが、ここセカンド特区だ。
そして、九条飛鳥もまた、このセカンド学園高等部第20期新入生であった。
「おーい、飛鳥!さっさと入島手続き済ませてしまおうぜ!」
見ると、大柄の少年が、手を振っていた。島への船旅の最中、知り合いになった小田原悠人だ。飛鳥と同じ、高等部の新入生だ。
「ごめん、悠人。ちょっと感慨深くなって」
「そんなもんかよ?俺は、念願の一人暮らしが叶って、清々しているところだぜ」
悠人は、彼らが出港してきた新横浜港がある方を見ながら言う。
「……みんな、悠人みたいに、出たくて出てきわけじゃないんだよ。強制されている人もいるんだよ」
悠人に対し、たしなめるようにそう言うのは、ユリアナ・ブラッドレイだ。悠人の幼馴染の少女で、同じく、高等部に入学予定だ。淡い青色の髪をした、金髪の少女だ。目鼻の整った欧州系の顔立ちをしているが、どこか儚げな雰囲気の持ち主だ。
その点、ガキ大将がそのまま大きくなったような、悠人とはまったくもって対称的であった。
「……いいよ、全然気にしてないし。こっちの方が、周りがセカンドばっかりで気楽だしね」
セカンド学園は、その名のとおり、全生徒がセカンドで構成されている学校だ。セカンドも、普通の人間と同じく、10代半ばから後半にかけて、第二性徴期を迎える。
この間、セカンドとしての能力もまた、大きく成長することが知られている。いわば、能力の成長期である。一方、この時期は、人類・セカンドを問わず、精神的にも不安定になる時期である。
実際、世界中で、10代のセカンドが、情緒面の不安定さゆえに、能力を暴走させたという報告がなされている。そのため、隔離の意味も兼ねて、セカンド学園は存在している。
そして、学園からの入学通知は、何人であっても、いかなる事情があっても、拒否できないようになっていた。その意味で、ユリアナは、「強制」という言葉を使ったのだろう。
「悪かったな、飛鳥」
悠人はバツが悪そうになりながらも、謝罪の言葉を口にする。飛鳥は、それに対し、こう答えた。
「気にしてないって。これから、同じ学校に通うわけだし、よろしく頼むよ。悠人、ユリアナさん」
飛鳥の差し出した右手を、二人は、強く握り返した。
入島審査ブースは、かなり混雑していた。窓口が5つしかないのに対し、飛鳥と同じ船で到着した学生は約2000人。これで混まないわけがなかった。
飛鳥は、事前に配られた整理番号のブースの列へと並んだ。ちなみに、悠人とユリアナは別の列だった。
入島審査と言っても、要は、本人確認をするだけだ。とはいえ、セカンド特区は、連合政府直轄の最重要拠点の一つだ。テロへの警戒度でいえば、連合政府の分散首都に勝るとも劣らないだろう。
実際、10メートルおきに、アサルトライフルを構えた兵士が油断なく、会場を見張っていた。対人戦闘に特化した能力者の相手になるかは疑問だが、抑止効果ぐらいはあるのだろう。
待つこと30分ほどで、飛鳥の番が回ってきた。
対応してくれる職員は、メガネをかけた痩せすぎの男性だ。30代半ばぐらいだろうか。なんとなくだが、陰湿そうな印象を受ける。
「九条飛鳥だな?」
「……はい」
「出身地は、東京政府管区長野。西暦2085年3月15日生まれの15歳と1ヶ月。血液型O型。……ここまで相違ないか?」
手元の資料を見ながら、男は淡々という。飛鳥は、黙って頷いた。
「……それで、肝心の能力だが……物体浮遊か」
男は、胸ポケットから、ボールペンを取り出すと、飛鳥にそれを渡した。実演しろ、ということらしい。
飛鳥は、手のひらの上にボールペンを置く。そして、念じる。「浮かべ」と。
瞬間、ボールペンは、彼の手から浮かび上がった。そして、50センチほど浮いたところで、ボールペンは完全に静止した。100年前の人間が見たら、手品か、魔術の仕業だと感じただろう。
「……もういい。軽量物の浮遊能力は、E級の能力だ。……つまり、最底辺だ」
だが、この時代の人間にとって、物が宙を浮くなど、取り立てて珍しいことではなかった。セカンド以前と以後では、奇跡のハードルは段違いに上がったと言える。
「最後に確認だが、……報告書には、小石程度の浮遊が限界だと書いてあるが、これ以上のことはできないのか?」
「いいえ、できません」
途端、男は、不機嫌そうな顔をしてこう付け加えた。
「少しでもましな学園生活をおくりたかったら、能力の成長は素直に申告するように」
この言葉の意味を、飛鳥が実感するのは、少し先になる。
入島審査を終えた学生の集団は、みな、坂道の方へ向かっていた。飛鳥も、その流れに乗って、歩き出した。セカンド学園は、この島で一番高い丘の上に位置していた。
黙々と坂を登っていると、唐突に視界が開けた。まず目に入ってきたのは、洋風の時計台とその手前にある噴水だ。時計台を挟んで、左右に、棟が複数ある。教室棟だろうか。一般的な学校というよりは、むしろ、総合大学や研究施設を思わせる、そんな場所だ。
全校生徒と教職員を合わせて、10万人を超える教育機関は、伊達ではないというわけだ。
「よう、遅かったじゃん」
「お待ちしてました」
見ると、正門の脇に、見知った2人がいた。悠人とユリアナだ。彼らは、先に審査を済ませて、待っていてくれたらしい。
「お待たせ。別に待ってくれなくてもよかったのに……」
「水臭いぜ、友よ」
「そうですよ、九条さん」
飛鳥は、2人の気遣いを快く受け取っておくことにした。
「じゃあ、行こうか」
「……いいかね、諸君。現生徒会のやり方は間違っている。奴らは、自己の利益のために、大多数の同胞を虐げ、連合政府に阿っているのだ。新入生諸君、目を覚ましたまえ。この学園に平等はない!」
「なんだ、あれ?」
「え、何?」
どこからか現れた集団が、正門付近で演説のようなことを始めていた。
はっきり言って、その集団は異常であった。約30人ほどだが、全員が全員、緑色の軍服のような制服を着用していた。顔を隠すように、サングラスをしている者もいた。
その中の一人が、メガホンを取り出し、演説を再開した。
「……諸君らは、やがて目にするだろう。スキルランキング制を、セカンドによるセカンドに対する差別を!それは、すべて、生徒会と一部の上位能力者によるものである。今こそ、立ち上がるときだ!偽りの秩序を打破し、真に平等なる学園を築かなければならない!」
「いったい、なんだって言うんだ、あれは?」
悠人が疑問を口にする。
「あれは……『セカンド解放戦線』だと思う」
「!知っているのか、飛鳥?」
「……ええっと、ほら、あの中の一人が持っている旗に、そう書いてあるし」
確かに、前世紀の暴走族よろしく派手な旗に、組織名がデカデカと縫い付けられていた。
「よく気づきましたね、九条さん」
ユリアナは、素直に驚いている様子だった。もっとも、飛鳥は、さる理由から、彼らの存在を以前から知っていた。だが、それをここで話す必要はなかった。
「まあ、もう行こう。あの人たちの話を聞いていても、あまりいい気分はしないし」
最初は、物珍しそうに耳を傾けていた新入生も、すでにいなくなっていた。解放戦線を名乗る集団の危なげな雰囲気を感じ取ったのだろう。
「同感だな、クラス分けもあるし、さっさと行っちまおうぜ!」
「……貴様ら、我らの訴えを聞いて、なんとも思わないのか!?」
悠人の声の大きさが災いしたようだ。
「ち、違うんです。私たち、クラス分けがあるから、急がないと、と思って」
慌てて、ユリアナが間に入るが、それが返って、相手を刺激したようだ。
「貴様らのような、無自覚な者がいるから、抑圧と隷従が終わらないのだ、恥を知れ!!」
完全にスイッチが入ってしまったようだ。簡単には帰してくれそうにない。隣を見ると、小田原悠人は、腕まくりをしていた。見かけ通り、喧嘩早いようだ。
飛鳥は、ため息をつきたくなった。初日から悪目立ちするのは、勘弁してほしかった。
「そこまでだ!お前たち、何をしている!!」
女の声だ。それも大人ではなく、飛鳥たちと同じ年代の女性の声だ。
正門の向こう側、つまり、校内から、一人の少女がこちらへ向かって歩いてきていた。セカンド学園高等部の制服を着ている。だが、今日初めて着た飛鳥たちと違って着慣れているようにも見えた。
「なんだ、貴様は!?部外者は引っ込んでいろ!」
解放戦線のリーダー格の男が負けじと言い返す。すると、少女は、うっすらと笑みを浮かべた。それはどこか、獲物を弄ぶ肉食獣のそれ彷彿とさせた。
「ほう……私のことを知らないとはな?ならば、これを見れば、思い出すかな?」
そういうと、少女は腰に下げていた双剣を抜刀した。セカンド学園内で、銃刀類の携帯を認められるのは、ごく一部の生徒だけだ。例えば、それは、生徒会役員であったり、武術系の部活メンバーであったり、校内の治安維持に責任を持つ者であったりする。
そして、多くの場合が3番目だ。
「……ふ、風紀委員会だと!?」
一般の教育機関だと、風紀委員会は、せいぜい、生徒の服装の乱れをチェックする程度の存在だろう。だが、能力者が集い、また、生徒会に広範な自主権が認められた、セカンド学園では、その意味は大きく異なる。
生徒会直属の治安維持部隊であり、そして、そのメンバーは、海千山千の能力者たちをねじ伏せるだけの膂力を持った者たちだということだ。
理事長を敵に回しても、風紀委員会には逆らうな、という言葉は、セカンド学園の生徒の間では広く知られていた。
「は、班長。しかもあいつは、ゼ、ゼロのマリーナです。あの双剣は間違いありません!お、俺は、見たんです。あいつが、前生徒会長派50人を血祭りに上げるところを……」
その言葉を皮切りに、解放戦線内に不安が広がる。誰が見ても勝ち目はないだろう。だが、班長と呼ばれたリーダー格の男にも意地があった。小娘一人に脅されて逃げ帰ってきたと誰が報告できよう。
「うろたえるな、お前たち。こっちは30人もいるんだ。束になってかかれば、いくら風紀委員といえども……」
「ご高説どうも、班長さん」
男の首筋には、きっちりと、少女の剣が突きつけられていた。
「い、いつの間に……」
男の疑問ももっともだ。10メートル近く離れていたはずの少女が、次の瞬間には、男の背後を取っていたのだ。何が起こったのか、正確に理解できないのも無理はない。
男の疑問を無視して、少女は告げた。
「お前たち、次はないぞ、さっさと散れ!」
解放戦線のメンバーたちは、蜘蛛の巣を散らすように、逃げていった。
「君たち、怪我はないか?」
少女―マリーナ―が尋ねてきた。
「だ、大丈夫です。本当にありがとうございました」
代表して礼を言ったのは、ユリアナだ。
「いいや、礼を言われるようなことは何もしてないさ。風紀委員会として当然のことをしたまでさ」
マリーナの話し方は、彼女が本心からそう思っていることを飛鳥に実感させた。実直とか正義感とか、という言葉が似合いそうな女性だ。
「君たち2人も大丈夫かね?特に、そっちの君は、腕まくりまでして、戦うつもりだっただけに、水を差して済まなかったと思ってる」
「そ、そんなことないです。あ、ありがとうございます!」
指名された?悠人は、顔を真っ赤にして、答える。無理もないな、と飛鳥は思う。客観的に見て、マリーナは、非常に整った容貌をしていた。100人がすれ違えば100人ともが振り向くであろう。
加えて、さっきの圧倒的なまでの強さである。それら2人が合わさって、まるで、古代ギリシャの戦の女神を思わせた。
「そんなに畏まらないでくれ。君たちは3人とも、高等部の新入生だろ?なら、私の同級生になるわけだ。よろしく頼むよ」
マリーナは、爆弾発言だけ残し、足早に去っていった。風紀委員会の仕事が、おそらく忙しいのだろう。
「ねえ、さっきのマリーナさんって、たぶん、中等部、下手したら、初等部から、ここにいるってことだよね?」
ユリアナの問いかけに、飛鳥も悠人も頷くしかできなかった。この場にいる3人全員が、その言葉の意味と重みを感じていた。
基本的に、セカンド学園の新入生は高等部編入となる。だが、希に、それ以前から、セカンド学園に通うことになる能力者もいる。例えばそれは……。
「最低でも、A級の能力保有者だと思う。大変な人と知り合ってしまったね」
興奮冷めやまぬという顔で、飛鳥は言う。
(こここそが、俺の求めていた場所だ。)




