始まりの日
「……諸君、まずは、セカンド学園への入学おめでとう。本年も、この会場から溢れんばかりの新入生を迎えることができるのは望外の喜びである」
壇上の理事長が言うように、入学式の会場となっているこのアリーナは大変混雑していた。5万人収容可能らしいが、空席はほとんど見当たらない。その群衆の中の一人、九条飛鳥は、静かに、挨拶に耳を傾けていた。
隣では、今日知り合ったばかりの小田原悠人が、早くも寝息を立てていた。式が始まってまだ30分も経っていない。とはいえ、律儀に式に臨んでいる飛鳥のような学生は間違いなく少数派であろう。
「……そもそも、当学園は、かの大戦の悲劇を二度と繰り返さぬため、また、人類とセカンドとの恒久和平の象徴として築かれたのだ。戦後復興のこの20年が、苦難と挫折の連続であったことは、他でもない君たちが一番知っているだろう。だからこそ……」
すでに、理事長の演説は10分を超えていた。軽い挨拶のはずが、スケジュールを大幅に超過しているようだ。現理事長は、元は連合政府の役人だったらしく、話し始めると長くなってしまうようだ。会場中が気だるげな雰囲気に覆われているのを、飛鳥は感じた。
「……確かに、かの大戦では、多くの人命が失われ、世界を混迷の闇が覆った。しかし、我々は、立ち上がることができた。人類とセカンドが共に手を取り合うことで!!」
もはや、理事長は自己陶酔しているだけのようだ。顔を真っ赤にして、手を振り上げている。挨拶というよりはアジテーションだ。
「許し合うことで、我々は、輝かしい未来へと進んでいくことができるのだ!」
あまりに空虚なその言葉に、飛鳥は苛立ちを隠しきれず、舌打ちをしたい衝動に駆られた。醜悪な偽善者の、いや、自身が偽善者だということすら自覚していない、言葉だった。
(……俺は認めない。お前たち人類の傲慢さと身勝手さを)
飛鳥は独り言つ。超聴覚の持ち主ぐらいにしか聞こえないような、囁くような、だが、怒気を孕んだ声で。
「……この学園で学ぶ諸君は、いつの日か、我々人類とセカンドとの架け橋になってくれることだろう。私は、その日が来ることを切に願っている。長くなってしまったが、私の挨拶を終わらせてもらおう」
(そんな日は絶対に来ない。あんたに、そして、人類の未来など、……俺が認めない)
理事長は、マイクの電源を切り、そのまま一礼しようとして……全身が弾けた。内部から炸裂したようだった。トマトを潰したときのように、赤い液体が吹き出し、ステージ上を染める。飛び散った肉片と血液とが壇上を覆った。
まさに、理事長の挨拶に対し、儀礼的な拍手を送ろうとした会場は凍りついた。だが、それも一瞬のことだった。
「い、いやあああああ」
おそらく前列の方にいた誰かの叫び声と共に、静寂は破られた。すぐに、5万人近くの生徒が、一斉に、出口に向かって殺到した。
「おい、そこをどけ」
「いやあ、殺さないで」
「うるさい」
「ど、どうなってるんだ?」
たちまちに、入学式会場はパニックに支配された。理事長は死んだ、いや、殺された。この中の誰かに。そして、そいつは、能力を使って、人の身体をバラバラにすることに躊躇いのない殺人犯だ。次に全身を引き裂かれるのは自分かもしれない、そんな恐怖は容易に想像できた。
そして、思わず、笑みを浮かべてしまった。それは、興奮によるものなのか、達成感によるものなのか、はたまた、この場を支配しているという全能感から来るものか、飛鳥自身にも分からなかった。
「あ、飛鳥、な、何があったんだ?」
いつの間にか、小田原は目を覚ましていた。ただ、決定的瞬間は見ていなかったようで、困惑した顔をしていた。
飛鳥は、すぐに表情を引き締めた。
「……り、理事長が、誰かに殺されたみたいだ」
飛鳥は、友人に説明しながらも、吹き出しそうになるのをこらえるのに必死だった。




