八話 団体課題
昼の食堂。
いつの間にか、俺たち五人は、同じ席で食事をとるのが当たり前になっていた。
セラと仲良くなってから、詠唱ができるのか、と聞いてみたところ、それは少し語弊があるとのことだった。
周りに誰もいないとき、自室でする分には成功する確率が高いが、誰かに見られながら成功したことはいままでないという。
そして、一番驚いたことが、初級の回復魔法なら使用可能だということだ。
というのも、人の体を治す際には、必ずしも詠唱は必要ないが、回復魔法は詠唱を成功させるのと同等の集中力が必要らしい。
ちなみにミナとノエルは今も回復魔法に手こずっている。
「セラ、このお肉おいしいよ! あーん」
「……い、いりません」
「えー、いいじゃん、ほら!」
「……やめて、ください」
ミナが、セラの頬をつついたり、髪をくるくるいじったりしている。セラは小さく身を縮めて、そのたびに「やめてください」と呟く。だが、その口元がほんの少しゆるんでいるのを、俺は見逃さなかった。
俺は黙ってスープを口に運ぶ。ここのスープは、何度飲んでもうまい。
「明日の課題は、ミストラの森での魔獣討伐です」
隣では、ノエルが眼鏡を押し上げて、バルトに説明していた。
「魔獣には、S級からE級までの等級があります。今回の討伐対象は、D級です」
「魔獣かー! 久しぶりだな、エルド!」
バルトが身を乗り出し、目をキラキラさせながら俺に問いかける。
「そういえば、最近倒してなかったな」
オズに修行をつけてもらっているとき、よく森まで連れて行かれた。
群れているE級を狩ってこいといわれ、俺とバルトで苦戦しながらもなんとか倒したのを今でも覚えている。
E級でも魔術は使っていたし、俺たちの2倍くらいの大きさだった。Dはどの程度なのか、油断はできない。
「Sって、一番つええんだろ? もし遭ったらどうするんだ?」
「S級は、国が軍を出すレベルです。遭った時点で、逃げるしかありません。でも安心してください、ミストラの森には生息していません。というかS級の魔獣が現れたのは一番最近でも百年前です」
ふと視線を感じ、周りを見てみると、食堂の離れた席で、青髪の青年がこちらをちらちらと見ていた。ゲイルだ。目が合うと、舌打ちして、ふいと顔をそむける。
あの日以来、何もしてこない。舌打ちだけは、欠かさないが。
「エルド、ぼーっとしてんな。食わねえなら、そのパンもらうぞ」
そういうと、返事をする前にひょいと俺の皿からパンを盗んでいった。
「おいバルト!」
☆
同刻、学園の一室で。
痩せた中年が、窓から訓練場を見下ろしていた。理事の一人、ドルフ・ベン・ヴェルモン。面談の日に、学長へ噛みついた男だ。
「あの老いぼれ学長は、責任は私が負うと言った。ならば、あの二人が問題を起こして退学になれば、学長は責任を取って辞めるしかない。そうすれば、次の学長の座は――」
口元が、にやりと歪んだ。
「明日の課題は、ちょうどいい舞台だ」
高揚感からか恐怖心からか、震える手をのばして、机の引き出しから、魔獣管理庫の鍵を取り出した。
☆
ミストラの森は、学園から馬車で半日ほどいった場所にあった。
霧の濃い森。木々の間から、ひんやりした空気が流れてくる。
「今日はD級魔獣の討伐だ。危険を感じたら、合図の笛を吹け」
ガイウス教官からリタイア用の笛をもらい、首からぶら下げる。
しかし俺たちにとって、これを吹くということは退学しますと言っているようなもの。
なんとしても成功させなくてはならない。
「討伐の証明として、魔石を採取しろ」
魔獣は心臓の代わりとして、魔石が体にある。見た目は小さな石ころだが、文字通り魔力が凝縮された石なだけあって、魔力の回復や魔術の強化にも使われる。だから貴重で売ればそれなりの値段になる。
と、昨日ミナに教わった。
オズと魔獣を狩ったときはそんなもの見なかったし、教えてもくれなかった。
「それでは各班、課題開始!」
ガイウス教官の号令で、生徒たちが散っていく。支給された鉄の剣は、木剣より少し重い。それでも、手にはすぐ馴染んだ。
「作戦です。前衛は、エルド君とバルト君。ルーヴェルは、光で目くらましと合図を。セラさんは、魔獣の特徴を見て、弱点を教えてください。僕は、全体の指揮を」
ノエルの指示は、的確だった。
ミストラの森は俺たちがオズと魔獣を狩った森よりかは比較的穏やかな空気を醸し出していた。
手入れされているわけではないが、人がよく歩くのか、自然と道らしきものができている。
それから歩くこと数十分。
森の奥へ進んだとき、茂みが、がさりと揺れた。
「……来る」
茂みの後ろに生き物の気配を感じ、俺は鉄の剣に手をかけた。
だが、
現れたのはうさぎだった。
「なんだよエルド! ビビらせんなよ!」
バルトがそっと胸を撫で下ろす。
「……みなさん、気をつけてください。このうさぎは通称クワレウサギ。もっと強い魔獣から逃げる習性があって、たぶんいまも」
セラが慌てた様子でそう忠告した次の瞬間、
バクンッ!!
巨大な口が出現し、うさぎが丸呑みにされた。
現れたのは、銀色の毛並みの獣だった。二本の角の間で、ばちばちと青い火花が弾けている……あれ?
「なあバルト、こいつって」
「やっぱそうだよな!」
「「ボルタウロス!」」
バルトも俺と同じことを思っていたらしい。
目の前にいたのは他でもない、オズからひたすら狩り続けさせられた魔物だった。
「みなさん! これはD級ではありません! C級の魔物です!」
ノエルが慌ててそう言った。
ミナとセラも怯え、足が震えていた。
「え、でもオズさんからE級って……」
バルトがボソッと口にする。
あの人、嘘ついてたんだな。
獣が咆哮し、角から、雷の光が放たれる。
樹木に光が走り、轟音をたて、森に火の手が上がる。
「安心してくれ、こいつを倒すのは慣れてる。バルトは三人を守っていてくれ」
「おう!」
昔は木剣でこいつを倒してたんだ。
鉄の剣を使うまでもないが。
この牛の弱点は角の根本。そこをたたき、電気を出せなくしてから、なんども攻撃し、気絶させる。
しかし、それは木剣では首が切れなかったからだ。
いま持っているのは鉄の剣、角の攻撃する暇があるなら、一気に首を斬れる!
ダンッ! と音を立てて、踏み込む。
自分の姿が見えなくなるほどの砂埃とともに、一瞬でボルタウロスの顎下に入り込む。
自分より大きい相手の死角を順々に切っていく、オズから教わった太刀。
――拾伍の太刀
突如牛の動きが止まり、ズルズルと首が綺麗な断面を見せながら、切断された。
「うそ……」
ミナが口を押さえて、驚愕の声をあげた。
セラとノエルも目を点にしている。
バルト一人だけは、当然だ、と言わんばかりで俺を見ている。
「じゃあ早速、魔石を」
「やっぱり、あんた、すごいじゃない!!」
「ええ、C級を単独で倒せるのは、おそらく二組レベル。しかもこうもあっさり……」
「エルドさん、やっぱりすごい……私、てっきりここで死ぬのかと……」
「三人で盛り上がってるとこ悪いけど、早く魔石を回収しよう」
「あ、そうでしたね」
ノエルが徐に牛へと近づき、鉄の剣でギコギコと豪快に腹を切っていく。
切り口から手を突っ込み、しばらくすると、キラキラした紫色の石ころを取り出した。
「これが魔石か!」
バルトが興味深そうにまじまじと見つめる。
「って、くさっ!」
それはそうだろ、牛の体内にあったうえに、いまは血まみれなんだから。
☆
遠く離れた丘の上。双眼鏡を下ろしたドルフの顔が、蒼白になっていた。
「C級を……あっさりと……?」
震える手で、別の鍵を取り出す。もう一つの檻。B級だ。
「ならば、これでどうだ。B級なら、いくらなんでも……」
檻の扉が、ぎい、と開く。
――グオォォォォォッ!!
咆哮が、森の木々をびりびりと震わせた。
「さ、さあ、いけゴルドラ! あの平民に、立場を思い知らせてやれ!」
魔獣は、最も強い魔力に引き寄せられる。平民の二人に魔力はない。この森で最も強い魔力を持つのは、青髪の青年だった。
☆
遠くで、魔獣の鳴き声がした。
「……何だ?」
「あっちの方角からです……!」
セラが、青ざめた表情で指差す。
「そして、たぶん今の声は……B級魔獣のゴルドラ」
「「!!」」
「なんだそいつ、やべえのか?」
どうやらバルトも知らないらしい。
俺たちは魔獣についてほとんど何もしらない、先ほどのボルタウロスが唯一知っている魔獣と言っても過言ではない。
「やばいもなにも! 一組でも手こずる魔獣なのに、五組が相手にしていい魔獣じゃないわ! 間違いなく死ぬ!」
「まて、セラ。もしかして、あっちの方角って」
「はいゲイルさんたちの班が、いる方角です……」
俺は息をのんだ、助けに向かうかどうか、一瞬迷った。
だが、バルトはもう、走っていた。
「おい、何してんだエルド!! さっさと行くぞ!」
「ああ!」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよあんたたち!」
全速力、最短ルートでとにかく走る。
俺たちをいじめていた相手だが、死なれるのは胸糞がわるい。
それはバルトも同じ気持ちだろう。
「おいバルト! そんなに走ってると着く頃には体力なくなるぞ!」
「間に合わないよりマシだろ!」
こうしてる間にも、森は咆哮で揺らいでいる。
そして、視界の先で黒い鱗の大きな魔獣を捉えた。
木々を抜けた先で、足が止まった。
俺の身長の三倍はある、巨大な獣が、黒い鱗に覆われた体を揺らしていた。牙の間から、炎がちろちろとこぼれている。
その足元に、ゲイルがうずくまっていた。足首を押さえて、顔は血の気がひいていた。取り巻き二人の姿は、どこにもない。
獣が、炎を吐こうと、大きく息を吸い込む。
「バルト! 糸見えるか!」
「ああ! 問題ない!」
バルトが、スピードを一段とあげ、魔獣の前に躍り出る。刹那、空気を焼くような炎が、魔獣の口から放たれた。
バルトが炎を掻い潜りながら、剣を振るう。
あの動きは、
――陸の太刀
そして、炎が、ぷつりと断ち切れた。
熱の余波が、頬を焼く。バルトが、がくりと片膝をついた。
「は……っ、は……っ」
「バルト!」
「大丈夫だ。……ただ、息が、持たねえ」
額から、汗が滴り落ちている。体力のないバルトにとって、あの一振りは、全力疾走に近い消耗なのだ。
「俺が叩く。炎を消すのは陸の太刀だな?」
「そうだ、まかせたぞ、エルド」
一歩、前へ出て、強く踏み込み、跳躍する。
そして、黒い鱗に、剣を叩き込む。
――ガキンッ!
火花が散り、剣が弾かれた。腕に強い衝撃が走る。
「硬い……!」
魔獣の尾が、唸りを上げて横薙ぎに迫った。
とっさに剣で受ける。それでも、衝撃で体が宙を舞った。背中から、木に叩きつけられる。
「が……っ!」
息が止まった。肋骨が、きしむ。
「エルド!」
視界の端で、魔獣がゆっくりとこちらを向いた。次の炎を、溜めている。
その前に、バルトが立っていた。
「バルト、よせ、下がれ!」
「うるせえ! お前が倒れたら、誰が叩くんだよ!」
バルトの腕は震えていた。剣を握る指が、黒く焦げていた。
さっきの炎を掠めていたのか。
そして、全身を覆うほどの炎が、放たれた。
「うおおおおお!!」
バルトが叫んで斬り込む。糸を断つ。炎が半分消える。それでも、断ち切りきれなかった残り火が、バルトの左腕を舐めた。
「ぐあああああっ!」
地面にたたきつけられ、左腕がただれている。
「バルト!」
「大丈夫だ……エルド、わかったことがある」
バルトの目が、魔獣を舐めるようにみた。
「……あの鱗、硬えんじゃねえ。魔術で、硬くしてやがる。体中に、細い糸があった」
「じゃあ、その糸を切れば」
「ああ。……首の下に、一番糸が集まってる。そこを断てば、首だけは柔らかくなる。さっき炎が半分になったんだ、おそらく一部だけ消すことはできる、はずだ」
「はず、か」
「はず、だ!」
俺には、何も見えない。
だが、バルトには見える。
「信じるぞ」
「おう」
鉄の剣を構えて、魔獣の前に立ちはだかった。
「なんで、なんで、お前ら……僕は散々お前らをいじめて……」
ゲイルが地面に這いつくばり、足首を押さえながら、途絶え途絶えそう言った。
「たしかに、俺たちはお前に嫌がらせを受けた。だが……知り合った以上、目の前で死なれるのは、胸糞わるいんだよ」
今はこの魔獣を倒す。
話はそれからだ。
断線流は相手の魔術をキャンセルできる。
しかし、魔術の繋がりを断つこと自体では相手にダメージを与えることはできない。
繋がりを断ったあと、渾身の一撃をいれる。つまり、二度、剣を振らないといけない。
「なあ、エルド、一拍もねえぞ……」
「わかってる」
陸の太刀で炎を消したあと、俺には見えない首下の糸を斬る。そして、すかさず、渾身の一撃を叩き込む。
ビビるな俺、失敗すれば、
――死ぬだけだ。
魔獣が吠え、炎が迫る。バルトの動きを再現し、あの位置、あのタイミングで陸の太刀を繰り出す。
「うおおおおお!」
炎が、消えた。同時に、首への道が出現する。
「エルド! 今だ!」
見えない。それでも、バルトが見ている場所は、わかる!
次の攻撃を最速で出せるために、滑らかに。
――壱の太刀!
「いいぞエルド!! 糸が全部切れた!!」
空中で体を捻り一回転。
遠心力で威力を底上げする。
魔術が途切れ、防御が下がったいま!
ズバッ!!
剣が、鱗の隙間に、吸い込まれるように食い込む。
「……っあああああ!!」
そのまま、体重を乗せて押し込んだ。
巨大な体が、ゆっくりと傾く。地面が揺れて、土煙が舞い上がった。
斬れ!斬れ!斬れ!斬れ!
徐々に刃が食い込む、だが、最後の最後に押し切れない……!
魔獣が口を開いて次の炎の準備をしている。
熱い。
肺が熱気を吸い込み、焼けるように熱い。
このままだと、間に合わない……!
「星の光よ、汝に力の加護を与えん、《パワード・エンハンス》!!」
「――ッ!」
ゲイル、詠唱できたのか……!?
なんだこれ、力が、湧いてくる。
いける……押し切れる!!
「おおおおおお!!!」
剣を目一杯握り、自分の力を全てここにだす。
額の線が焼けるように熱い。
「いけ!! エルド!!」
ザンッ!!
森に静寂が訪れる。
その静寂をやぶったのは、頭のない魔獣が倒れた音だった。
「……」
「やった……」
バルトが小さい声でそう言った。
「やった!!」
バルトが仰向けに倒れ込んで、無邪気に笑った。左腕は赤くただれ、指先は焦げている。
「いってえ……でも、生きてる」
荒い息を整えて振り返ると、岩陰から、ゲイルが這い出してきた。呆然と、俺たちを見上げている。
「……なんで」
かすれた声だった。
「なんで助けた。僕は、お前たちに、あんなことを……」
「目の前で死なれたら、寝覚めが悪い」
「それに、同じクラスだろ!」
俺とバルトの言葉に、ゲイルの顔が、くしゃりと歪んだ。
「……僕は、怖かったんだ」
うつむいたまま、ゲイルが言った。
「魔力は五組で一番なのに、上の組には一度も上がれなかった。ずっと、自分より下を探してないと、不安で……」
地面に、ぽたぽたと水滴が落ちる。
「悪かった。……本当に、悪かった」
ゲイルは、土に額をつけた。
アッシュの背中が重なる。けれど、あの日とは違う。これは、自分で選んだ謝罪だ。
「顔を上げろ」
俺は、手を差し出した。
「許しはしない。だが、誰だって過ちを犯す。これからのお前をみて、判断してやるよ」
ゲイルが俺の手をつかんで、立ち上がる。
「おーーい! 二人ともーー!!」
ここでようやくミナたちが追いついた。
「セラ、バルトが怪我してるから治してやってほしい」
「あ……はい!」
これで一件落着と、いけばいいが。
この魔獣と戦ったとき感じたもう一つの気配。
誰かが仕向けたな。
「まさか二人で倒したのかい!?」
「いや、ゲイルがいないとみんな死んでいた」
「なによ! 助けなくてよかったのよこんなやつ!」
ミナが倒れ込んでいたゲイルを指差して怒りをあらわにしている。
「まあまあルーヴェル落ち着いて。こうしてみんな生きて」
「ミナ・ルーヴェル、および、セラ・アルヴィス」
突然、ゲイルが何かを決めたかのような真面目な口調でミナとセラの名前を口にした。
「……いままでの愚行をどうか許してほしい。この通り、すまなかった」
ゲイルが地面に頭をつけて誠心誠意謝罪をした。
「あんた、顔あげなさいよ!」
ミナの一言にゲイルが顔をあげる。
すると、
――パチンッ!
ミナが一度、力強くゲイルをビンタした。
「これは私の分!そして、こっちが、セラの分!!」
――バチンッッ!!
先ほどより一段と力強いビンタがゲイルを襲った
☆
丘の上で、ドルフは呆然と立ち尽くしていた。
「B級まで……倒した、だと……?」
手の中で、無駄になった鍵が、かちゃりと鳴る。
「まだだ。まだ、終わりではない!」
歪んだ笑みが、霧の中に消えた。




