十一話 エルバト流
寮の部屋で、バルトは、ベッドの端に座り込んでいた。
「みんな、覚えてなかった。ミナも、ノエルも、セラもゲイルまで。……やっぱり、あの王子が、記憶を消したんだ」
ついさっきまで、俺たちはフィオナ先輩の存在が本当に消されたのかを確かめるために、いろいろと探しまわっていた。
三年生の名簿も、寮の部屋も。
だが、そこに最初から存在しなかったかのように、すべてがなくなっていた。
「やっぱり、エルドの仮説は、合ってたんだな」
バルトが、自分の額に触れる。
「線が、魔力を封じてる。それに、真実に気づかせないために」
俺は頷いた。それ以外に、説明がつかない。
「なあ、エルド」
バルトの声が、かすれていた。
「俺ら、ずっと、平民だから魔術が使えないんだって思ってたよな。それが、線のせいだったなんて。じゃあ、俺たちは、生まれたときに、奪われてたってことかよ」
「……」
「俺、何のために、剣、振ってたんだろうな」
拳を握りしめて、バルトはうつむいた。
胸の奥が、ずしりと重くなる。
奪うために。封じるために。俺たちはこの線が引かれたんだ。
怒りが、腹の底で燃えた。
「でもよ」
バルトが、ぽつりと言った。
「なんで平民から魔力を封じるんだよ。俺、べつに悪いことに使う気なんてまったくねえよ」
「そうだよな」
平民にそもそも力を与えないことで国の平和を維持しようとしているのか、それとも別に意味があるのか。
「バルト、このことは、ミナたちには言うなよ」
「……分かってる」
長い沈黙のあと、俺は立ち上がった。
「落ち込んでいても、始まらない」
「エルド?」
「断線流は、使えない。見られれば、殺される。なら、別の剣を作る」
バルトが、顔を上げた。
「俺たちだけの流儀を。オズの剣を土台にして、誰にも断線流と分からない、俺たちの剣を」
バルトの目に、少しずつ、光が戻ってくる。
「……そう、だな。俺らには、剣がある」
「ああ」
「やるか!」
「まず図書館に行く。昔の剣術書を、片っ端から読むぞ」
「げえ、また本かよ!」
バルトが、泣き笑いのような顔で立ち上がった。
☆
模擬戦まで残り二日。
それから、放課後は図書館に通い詰めた。
剣術の棚は、魔術の棚よりずっと人が少ない。セラにも手伝ってもらい、埃を被った古い本を、一冊ずつ机に積み上げて、ページをめくる。
『古流剣術』『騎士団歴代の型』『足運びと間合いの理合』……。
大きな紙に、型の動きを書き写していく。断線流の動き。騎士団の足運び。古流の受け。それぞれを分解して、組み替えていく。
「ここ、断線流の振りと、この古流の構え、似てねえか?」
「似てる。……こう、つなげれば」
「おお、全然、別の流派に見える!」
バルトが、棒人間の絵を描いた。下手くそな絵に、笑いがこぼれる。
「バルトが糸を見て、俺が叩く。その分業を、型に組み込めないか」
「二人で一つの型か。……いいな、それ」
気づけば、窓の外は、すっかり暗くなっていた。
「やべ、もう閉館の鐘じゃねえか」
「続きは、明日だ」
紙の束を抱えて、図書館を出る。夜風が、頬を撫でた。
☆
「……できた」
部屋の机いっぱいに、紙を広げて、俺は呟いた。
「できた! 俺たちの流派が完成した!」
バルトが、ベッドの上で飛び跳ねる。
一の型から、十の型まで。断線流の動きを、騎士団の足運びと古流の構えに溶かし込んだ、十通りの型。
紙の端には、バルトが少しずつ書いていった棒人間が、何人も並んでいた。
「よし、あとは、体に叩き込むだけだ」
「で、名前だ! こいつの名前、どうする?」
バルトが、身を乗り出した。
「俺たち二人の剣なんだから、二人の名前を入れようぜ。エルドと、バルトだろ。……エルバト流!」
「安直だな」
「いいだろ! 分かりやすくて!」
「まあ、悪くないな」
口元が、わずかにゆるんだ。
鬱々とていた気持ちが徐々に晴れてくる。
「よし、決まりだ! エルバト流! 明日から、毎朝、この型で稽古するぞ!」
「げえ、が出ないのか」
「出ねえよ! 自分たちの剣だぞ! 俺のお気に入りはな、十の型だ! これだけ、二人の合わせ技!」
「入れる意味あったかこれ?」
「ばか野郎! これがいっっちばん強えんだぞ! これの名前も決めとこうぜ!」
「はあ? また明日な」
そう笑い合って、ランプを消した。
☆
深夜。
窓が、ガタガタと鳴る音で、目が覚めた。
「……風か?」
バルトが寝ぼけた声で呟いた、その瞬間。
パリン!
窓ガラスが砕けて、冷たい夜風が、部屋に吹き込んだ。
しゃらんと鈴の音がどこからともなく聞こえてくる。
「やあやあ! こんばんは!」
窓枠の上に、黒い影が、ひらりと降り立った。
全身を黒装束で包み、顔には、笑った口の描かれた白い仮面。頭には、先に小さな鈴のついた帽子。男とも女ともつかない、妙に高い声だった。
「夜分遅くに失礼するよ! 窓、割っちゃってごめんね! 鍵、かかってたから!」
俺は枕元の剣をつかんだ。バルトも、跳ね起きる。
「誰だ!」
「おっと、物騒だなあ。僕は敵じゃないよ。……いや、国にとっては敵だけど、君たちにとっては、どうかな?」
道化は、くるりと一回転して、床に降り立つ。
「見たよ。王子の秘技の中でさ。まるで棒立ちみたいに立ったまま、魔術を断ち切ってた。素敵な型だった。たしか――――漆の太刀、だったかな?」
「「――ッ!」」
「……何者だ」
「僕は、違法線師。人は僕らを、《ジェスター》と呼ぶ。道化の線師、さ」
「違法線師……? 都市伝説じゃ、なかったのかよ」
しゃらん、と鈴が鳴る。
「僕らは、今、国を相手にしてるんだ。真実を隠す国に歯向かう、真実を暴く者たち。……ねえ、君たちも、不思議に思わないかい? この国の在り方を」
「エルド! こいつに耳を貸すなよ!」
「線は、魔力を封じるための蓋だ。君たちも、もう気づいているだろう? あの二本線の女の子が、突然三本線になった。それをやったのは、他でもない僕たちだけどね!」
道化は、にたりと笑う仮面を、こちらへ向けた。
「こうやって、真実を少しずつ、世界にばら撒いていく。そうやってはじめて、世界が本当の色を手に入れる! 生まれてすぐに線を引かれて、魔術も使えず、ろくな教育も得られない、僕たちはそんな世界を終わらせたいんだ!」
ごくりと生唾を飲む。
俺は何が正しくて、何が間違っているかなんてわからない。
王国は線の真実を隠している。
それをこいつらは世界に暴こうとしている。
どっちが正しいかなんて――わからない。
「おいピエロ! 何が言いたい!」
バルトが声を上げた。
「単刀直入に言うと、君たちの剣が欲しい。魔術師殺しの剣。その剣が欲しい! 一緒に、この国の嘘を、ひっくり返さないかい?」
「断る」
バルトが、即座に言った。
「俺は、国が間違ってるのは、分かってる。でも、国の中には、ガイウス教官や学長みたいな、いい人もいる。真っ向からやり合ったら、そういう人たちまで巻き込む。……俺は、内側から変えていく!」
「へえ、内側から。それは、気の長い話だ。まず平民には無理だろうね」
「それでもだ!」
道化の仮面が、ゆっくりとこちらを向いた。
「君は、どうだい? エルド君」
「断るに決まっているだろ。第一、フィオナ先輩の額に線をいれた件、どう弁解する気だ」
「あれは、君たちを勧誘するためにやっただけさ! これでもだいぶリスクを犯したんだよー! 仲間になってくれなきゃ割に合わないよ! そして、その女の子、フィオナって言ったっけ? 彼女は王家に殺されたよ!」
「「――!!」」
「王家は秘密を守るならなんだってする、そういうやつらさ! さあ、エルド君どうする?」
俺は、黙っていた。
頭の中に、いくつもの光景が浮かんでいた。
地面に額をつけた、アッシュの背中。
誰も覚えていない、フィオナ先輩の名前。
美しい顔で、すべてを奪っていった王子の笑み。
「なあ、バルト、内側から変えるのに、あと何年かかると思う」
「エルド?」
「その間に、何人の赤子が、何も知らずに、線を引かれる!!」
俺は、剣を握る手に、力を込めた。
「……何百年もかかったら意味がない」
「エルド、待てよ! 国と真っ向からやり合ったら、ミナも、ノエルも、セラも、それに、アッシュだって、みんな巻き込むんだぞ!!」
「……」
「お前……本気かよ」
バルトの声が、震えていた。
「お前、アッシュに必ず戻るって言ったよな!」
俺は確かに父さんに生きて帰ると、アッシュに必ず戻ると言った。
その言葉に嘘はない。
必ずいつか、誰もが等しく平等に暮らせる世界をつくって帰ってくる。
だからそれまで――
「エルドお前!!」
「なあバルト――――アッシュを頼む」
俺は、道化へ向き直った。
「連れていけ」
「覚悟は、できたみたいだね! ふふ。そう来なくっちゃ!」
道化が、満足そうに両手を広げた。
窓枠に足をかける。
「……エルド」
背後から、バルトの声がした。
「俺たちの流儀は、どうなるんだ」
机の上には、まだ、十の型を書いた紙が、広がっている。
俺は、振り返らなかった。
窓の外へ、一歩、踏み出す。
「……二人の型の名前は!!」
「ごめん」
「エルド!!」
俺を呼ぶ声が、徐々に小さくなっていく。
鈴の音だけが、しゃらん、と鳴った。
☆
部屋に、一人残されたバルトは、割れた窓の前で、立ち尽くしていた。
足元に散らばるガラスの破片が、月明かりで、きらきらと光っていた。
机の上の紙を、震える手でつかむ。棒人間の隣に、かかれたエルドの汚い字、けど、頑張って覚えた字。その一番上に、二人で決めた名前。
――エルバト流
その夜、二人の進む道は、分かれた。




