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第4話 積み重なる 痕跡

イザベラが神殿に来て、二週間が経った。


 クレアは、毎日記録を取り続けた。イザベラが誰と話したか。どの時間帯に、どの場所にいたか。どんな言葉を使ったか。感情を交えず、ただ事実だけを。羊皮紙は、既に三枚目になっていた。


 そして、記録の中に、一つの傾向が見えてきた。


 イザベラは、必ず一人ずつ、相手を選んで近づいていた。複数の人間がいる場では、決して本音を見せない。二人きりになった瞬間だけ、別の顔を出す。その切り替えが、あまりにも自然だった。


 前の自分は、その切り替えに、最後まで気づかなかった。


   *


 十五日目の朝、クレアは伯爵家を訪ねた。


 前の記憶では、伯爵家の子息が毒を盛られたのは冬の初めだった。今はまだ秋の半ば。時間はある。けれど、早いほどいい。


 伯爵夫人は、クレアを快く迎えた。


「聖女様、いつもお世話になっております。今日は、坊ちゃまの定期的な診察でしょうか」


「はい。それと、少しお願いがあって参りました」


 クレアは、慎重に言葉を選んだ。


「最近、神殿に新しい方が来られています。癒しの力を持つと名乗っている方です。もし、その方からお子様の診察を申し出られることがあっても、しばらくの間は、私以外の者を子息様のお部屋に入れないでいただけますか」


 伯爵夫人は、少し驚いた顔をした。


「それは……何か、問題があるのでしょうか」


「今のところ、確かなことは何も言えません。ただ、念のために」


 夫人は、しばらく考えてから、静かに頷いた。


「分かりました。聖女様がそうおっしゃるなら」


   *


 帰り道、クレアは空を見上げた。秋の空は高く、青かった。


 これで、伯爵家の子息への毒は防げる。前の記憶では、あの事件が決定的な証拠として使われた。あれがなければ、イザベラの計画は大きく狂う。


 ただ、それだけでは足りない。


 イザベラは、必ず別の手を打ってくる。計画が一つ潰れれば、次の手を用意する。それだけの用意周到さを、前の記憶の中で嫌というほど見ていた。


 必要なのは、防ぐことだけではない。


 暴くことだ。


   *


 神殿に戻ると、ロベルトが待っていた。その顔が、いつもより硬かった。


「クレア様。……先日、おっしゃっていたことですが」


「何かありましたか」


「イザベラ様から、昨日、声をかけられました。……ある薬の調合を、頼まれました」


 クレアは、静かに聞いた。


「どんな薬ですか」


「それが……症状を一時的に悪化させる、というか、病人をより重く見せるような効果のある配合で。私には、どう使うつもりなのか」


 ロベルトの声が、僅かに震えていた。


「断りましたか」


「……はい。理由をつけて、今日のところは。ただ、また来るかもしれない」


「よかった。断ってくれて」


 クレアは、真っ直ぐロベルトを見た。


「あなたが断ってくれたことを、私は必ず証明に使います。記録として残させてください。日付と、頼まれた内容と、断ったという事実を」


「……証明、ですか」


「はい。今は、これが証拠にならなくても、積み重なれば必ずなります」


 ロベルトは、少しの間黙っていた。それから、静かに言った。


「……分かりました。私に書けることなら、何でも」


   *


 その夜、クレアは四枚目の羊皮紙を広げた。


 ロベルトへの接触。頼まれた薬の内容。断ったという事実。日付。全て書いた。


 積み重なっている。少しずつだが、確実に。


 イザベラが仕掛けてくるたびに、その痕跡が残る。本人は消したつもりでも、こちらには残る。それが、今のクレアにできる唯一のことだった。


 羊皮紙を閉じながら、クレアは思った。


 あなたは今、順調だと思っているだろう。


 でも、あなたが動くたびに、私には証拠が増えていく。

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