地味令嬢アメリアの幸せな婚約 ④
そうして、今日もまた、夜までお仕事をした後。
私の配属を確認したリアム殿下が、とても複雑そうな表情で戻ってこられました。その手には、配属決定書が。
リアム殿下は、幼少の頃に特殊植物管理局官吏資格を取得されていると聞いています。そして、王子殿下というお立場でありながら、特殊植物管理局に籍を置いていることも。
「きみは正式に私の部下として配属されることになった」
「良かったですわ!」
「きみは……本当にいいのか?仕事となると、一時的に、とか言っていられなくなるが」
気遣うようにリアム殿下が確認してくださるので、私が胸を張りました。
私だって、生半可な気持ちで決めたのではありません。
「分かっておりますわ。その上で、私は配属を希望しました。……私、リアム殿下に感謝しているのです」
「感謝?」
「今まで、私には趣味らしい趣味がありませんでした」
動物も、刺繍も、ダンスも、人並みには好きです。ですが、なにかに熱中したことはありませんでした。
ですが──
私は、そっと胸に手を当てました。
「楽しかったのですわ。……思えば、幼い頃、ここ来ていた時も同じように毎日楽しかったのです」
あの頃は、思い込みでその生活を手放してしまったけれど。
私は顔を上げて、リアム殿下に言いました。
「まだ、あのお話は有効ですか?」
「……あの話?」
困惑するリアム殿下に、私は笑みを浮かべます。
「婚約のお話ですわ。とても……とても、時間がかかってしまいました。お答えするのに、時間がかかってしまい申し訳ありません」
私はそっと頭を下げました。
実は、この研究室でお手伝いするようになってから二ヶ月くらいで、リアム殿下のお気持ちに応えたいと思うようになっていたのです。
有り体にいえば、きっと惹かれていたのですわ。
ですが──
「試験に合格するまでは、と決めていました。お返事が遅くなってしまい申し訳ありません」
「それは……構わないが……」
「まだ、有効ですか?」
念の為、確認する。
確認作業は大切だと教えてくださったのも、リアム殿下ですもの。
特殊植物管理局官吏登用試験の、勉強時間は平均三百時間だと言います。合格すると決めてから、三ヶ月。実は、研究室のお手伝いをして帰ったあとも、密かに勉強をしていたのでした。社交シーズンは本当に辛いものでした。
毎日四時間のお勉強は、日に日に睡眠時間を圧迫しますし……私は恐らく物覚えが悪い方だと思うのです。試験の勉強は楽しかったのですが、基本的な知識が欠けているために、とんでもなく苦労しました。
植物のお世話は楽しいですけれど、あの生活はもうしばらくはごめんです。それに、下手に知識をつけたためにリアム殿下に怪しまれないか、という懸念もありました。実際、危ない場面はいくつもありましたし。
でも、ネームタグを受け取った時。今までにないくらい充足感に満ち溢れたのですわ。
お父様もお義母様も、侍女たちも祝福してくださいました。これは、私の誇りです。
私が尋ねた質問に、リアム殿下は微笑んで、しずかにこたえました。
「もちろん」
「では──リアム殿下。そのお言葉」
「だけど、待って。アメリア、少しだけ待って」
しかし、待ったをかけられてしまいます。
首を傾げていると、リアム殿下は数秒思案の末、私に言いました。
「明日。その話は、明日でも構わないか?」
「よろしいですが……なぜでしょう?」
「準備が整っていない」
「準備」
「あれからもう、半年が経つだろう。だからもう一度、ちゃんと言わせて欲しい」
リアム殿下に言われて、私は目を瞬きました。
それから──思わず、吹き出してしまいます。
だって、既に婚約のお誘いを受けている身ですのに、また、なんて。
「ふふっ。私は贅沢者ですわね」
「きみは優しいよ。今も、昔もね」
リアム殿下の声は、とても優しい。
それがくすぐったくも、嬉しい、と思うのです。
場を仕切り直して、お返事は明日──と、なりましたので。私は一度邸に帰ることになりました。
☆
そして、翌日。
昨日のこともあるので、少し早めに邸を出てきたのですが……。研究室に向かうとリアム殿下の侍従に中庭に案内されました。回廊を出て、中庭に足を踏み入れると、途端、秋の風が鼻腔をくすぐります。
「アメリア。こっち」
呼ばれて、そちらに向かいます。
(わあ……)
一面、黄金世界でした。
金色の世界で、リアム殿下の桃色の髪は目立ちます。それを目印にするように、私はそちらに向かいました。
しかし……風が強い、ですね。
髪、結んでおくべきでした……。
そう思って髪を押さえていると、リアム殿下がご自身の紙紐を解きました。
「使う?」
「ですが、それではリアム殿下が……」
「俺はこうすれば、ほら」
そう言って、リアム殿下はご自身の髪を白衣の内側にしまってしまいました。
「豪快ですね……」
おお……と驚いているとリアム殿下が笑って答えました。
「どうぞ?」
「では、ありがたく」
リアム殿下の紙紐をお借りして、手早く髪をまとめました。リアム殿下は、研究室にいる際は、いつも白衣を身につけています。そしてそれは私も同様なので、私もまた、髪を白衣の内側に仕舞うことはできたのですが、リアム殿下がお貸ししてくださった手前、借りることにします。
髪をまとめた所で、リアム殿下の方を見れば──彼は、顔を上げていました。視線の先は、木。……に実る、金木犀。
いい香りがすると思っていたら、これだったんですね……。
風が吹く度に、金木犀がゆれて、その実が風にさらわれてゆきます。金木犀を見つめていれば、その間にリアム殿下が、従僕から何かを受け取っていました。あれは──
「アメリア・バーチェリー嬢」
「はい」
名を呼ばれて、私はリアム殿下に向き直ります。
リアム殿下の手には、ブーケが。
……金木犀のブーケです。
「きみを愛している。婚約して欲しい」
「ちょっ……直球ですね……さすがにびっくりしました」
「そう?もう、知っているでしょう」
「……はい」
リアム殿下は、私が返答する前に私にブーケを手渡しました。
「あの……私、まだお返事しておりませんわ」
「断られても、これだけは渡しておきたいから」
ハッキリと言われて、私は目を瞬きました。
それから──思わず、笑みがこぼれてしまいます。
「ふふっ。……このブーケ、素敵ですわね。ありがとうございます」
金木犀は、痛みが早い。
切り花にして、早いと数時間で傷んでしまうお花です。
ですから、フラワーショップには、あまり出回りません。
ですが……今いただいた、このブーケ。
お花が綺麗に残っているので、ついさっき用意したのだと思います。
「研究室に飾ってもよろしいでしょうか?」
「きみの返答次第かな。……アメリア嬢。返事を」
尋ねられて、私は手に持った金木犀のブーケを見ながら──ゆっくりと、息を吸いました。
「ありがとうございます。不束者ですが、何卒よろしくお願いします」
私はブーケを手に持ったまま、頭を下げました。
金木犀の花言葉──。それには、初恋、があります。
もしかして、リアム殿下の初恋は……恐れ多くも、私なのでしょうか。顔を上げると、リアム殿下が驚いたように目を見開いていました。
「……そんなに驚きます?」
「いや……振られる可能性もあると思っていたんだ。……聞いておきたい。きみも、俺と同じ気持ちを抱いてくれていると考えてもいいのだろうか?」
それは──。
私はゆっくりと、金木犀のブーケを見つめながら答えました。




