地味令嬢アメリアの幸せな婚約 ⑤
「はい。……そうでなければ、睡眠不足になってまで特殊植物管理局官吏資格なんて取りませんわ」
私の返答など、YES以外ありえないと言うのに。
疑うリアム殿下に、つい拗ねるような物言いになってしまいます。
それに、リアム殿下はまた驚いたように目を見開いて、それから笑いました。
「確かに。すまない。きみの気持ちを疑う発言だった」
「いいえ。私の方がお待たせしすぎたのですわ。……リアム殿下は、金木犀の花言葉をご存知ですか?」
「もちろん。そうでなければ、贈らない」
「……殿下の初恋は」
「きみだよ、アメリア」
そう言われて、じわじわと、頬が熱を持ちます。
思わず沈黙してしまう私に、リアム殿下が顔を上げて──木に実る金木犀を見つめながら、言いました。
「金木犀の花言葉はほかにもあるね。謙虚、謙遜。どちらもきみにピッタリだ」
「……今度、私もあなたにブーケを用意します」
「へえ。何をくれるの?」
「それは……!贈るまで秘密です!」
パッと思いついたものは、ジャスミンやペチュニアと言ったもの。
花言葉は──。
「……よろしければ。今からジャスミンティーをご一緒しませんか?」
私は窺うようにリアム殿下を見ました。
私たちは植物を扱う部署に所属しているので、花言葉にも相応に詳しい。
私の短い言葉だけで、リアム殿下は私の返答を理解したらしい。
ジャスミンの花言葉は『あなたと一緒にいたい』。『あなたについていく』。
リアム殿下は、私の道標のようなひとだから。
彼は微笑んで答えました。
「もちろん。……では、お手をどうぞ?私の美しい婚約者?」
「ありがとうございます」
リアム殿下の手を取って、私たちは中庭を歩きます。
つかの間の休憩を求めて。
「アメリア」
「はい?」
ふと、リアム殿下が足を止めて──ほんの、一瞬。
ともすれば、気のせいかしら、と思うほど、一瞬。
掠めるように、くちびるが奪われました。
「──……!!」
びっくりして固まる私に、リアム殿下がはにかみました。
「……すまない。夢じゃないと、実感したかったんだ」
「か、構いません、が……」
じわじわとこみあがる羞恥にたどたどしく返答すれば、リアム殿下も遅れて、私から視線を逸らしました。
今になって恥ずかしくなったようです。
「…………すまない。だいぶ、浮かれているみたいだ」
「え?ふふ、リアム殿下が、ですか?」
それは、珍しい。
そう思って顔を上げると、リアム殿下は顔を隠すように、私の手を引いて歩き出してしまいました。
ふたりしかいない中庭を歩きながら、私は思い出すように口にしました。
「……地味でもいいと思うのですわ」
ぽつりと呟くように言った私の言葉に、リアム殿下が答えます。
「うん?何の話?」
「植物学を学んで、思ったのです。保護色は生存率を高めますもの」
「うん??」
リアム殿下は、話が読めないようです。
それもそうかもしれません。
これは私の独り言ですもの。
『もう少し、背は高い方がいいね』
今なら私は、なんて答えるでしょう。
身長は、ほぼ遺伝子で決まるものですわ。
不満があるのなら、お父様にお願いします。
『もう少し、顔は華やかな方が好みだ』
生物学的に言うのであれば、目に優しい保護色の方が生存率は高いのですわ。
あとこれも遺伝子で決まるのでやっぱり文句はお父様に文句は言っていただきたいです。
『もう少し、肉感的な方が好きだな』
…………よくよく考えると、いえ、よく考えなくても。
とんでもなく失礼ですわ。
あの時私は、落ち込むのではなく、きっと平手打ちするのが正解だったのですわね。
「アメリア?」
「──いえ。自分の価値観を定めるのは……とても、大切なのだな、と思い知らされた、と言いますか」
びゅう、とまた一際強い風が吹きます。
私はともかく、リアム殿下は長い桃色の髪をあおられ、顔にペしっとなっています。
私たちは慌てて室内に戻ったのでした。
それから数日。
私とリアム殿下の婚約は正式にまとまりました。
婚約者になっても、やることは変わりません。研究のお手伝いです。
私とリアム殿下は、壁時計の時刻を確認し、小休憩を入れることにしました。
本日のお茶は、シナモンジンジャーティー。
あの日以来、何となく、お互いにフレーバーティーを用意するようになったのです。
お菓子は、スノーボール。これは、リアム殿下私みたいだと用意してくださったものです。
私とスノーボールの共通点はまだ見い出せていませんが、美味しいのでよいのです。
あっという間に秋から、冬へと季節がうつりかわっていました。
シナモンジンジャーティーの優しい香りと味が、体をホッとさせてくれます。シナモンも、ジンジャーも、体を温めてくれる効果がありますものね。
私はふと、リアム殿下の髪紐が解けそうなことに気が付きました。
「リアム殿下。髪が」
「髪?」
「解けそうですわ」
そう言って、私は席をたちます。
そして、ぐるりとテーブルを回って、リアム殿下の後ろに。失礼します、と声をかけて、リアム殿下の髪に触れました。
「……まとまりがいい御髪ですね……」
羨ましい。私の髪はなかなか言うことを聞かないので。
雨の日などは、好き勝手にあるぬ方向に跳ねてしまう。私が感嘆するように言うと、リアム殿下が手元の書類に視線を落としながら言いました。
「褒められてるのかな、これは」
「褒めてますわ。、ヘアセットのしがいがありますもの」
「じゃあ、お任せしても?」
「承りましたわ!」
そういわれれば、俄然、気合いが入るというものですわ!
私は早速、手ぐしでリアム殿下の髪を纏め、任されたのをいいことに、編み込みなんてしてみました。
さらさらで、髪が言うことを聞きますわ……。
編み込みのハーフアップ。解けないようにしっかり纏めてから、私は手を離しました。
「できました!」
「ありがとう。きみは手先が器用だな」
「そうでしょうか?……そうかもしれません」
確かに、細かい作業は嫌いではありません。
私はふたたび、リアム殿下の対面のソファに戻ります。先程いれたシナモンジンジャーティーは程よい温度になっており、口をつけて、ホッと一息つきました。
「そうだ。きみに聞きたいことがあったんだ」
「何でしょう?」
「マニュゾフ遺跡なんだけど、いつ行こうか?」
「……うーん、護衛の手配を考えると、来月あたり……。ああ、でも、真冬に調査はよくありませんね。手早く手配を進めて、月末くらいでしょうか?それか、来春、ですわね」
「俺の方でも、マニュゾフ遺跡の書籍を当たってみたんだが、ここら辺の種もあるらしい。冬になると雪でダメになるかもしれない。だから──」
休憩中ではあるのですが、やはり話すこともいえば、仕事のお話です。ああでもない、こうでもない、と話しながら、私たちは調査の日取りを決めました。
「では、そのように手配をしますわ。届出の書類を作成しますので、チェックをお願いします」
「分かった。助かる」
「いえ」
答えながら、私は書類作成のために、研究室を出ました。
途端、底冷えする寒さが足元から襲いかかってきます。
はぁ、と吐いた息は白く──ふと、いつかの星夜祭を思い出しました。
お姉様が、リアム殿下と約束がある、と出かけた日のことです。
結局あれはお姉様の嘘だったのですが──。
まだ、数年くらいしか経っていないのに。
ひどく、懐かしく思えました。お姉様のことも、アーロン様のことも。
……そういえば、すっかり忘れていましたが、お姉様もアーロン様もお元気でやっているのでしょうか?
(元気かはともかく……健康なら良いのですが)
そう思いながら、私は特殊植物管理局部の事務室へと足を進めました。
一度は失敗した婚約。
だけど今はとても──そう。すごく、楽しいのです。
失敗があったから現在がある、とは流石に思いたくないですし、思えませんけれど。
でも、必要な過程だったのかもしれません。
今がとても楽しくて、充実していて、幸せだからこそ、思うのかもしれません。
歩きながら、ハタ、と気が付きました。
先程のシナモンジンジャーティーはとても美味しかった。
あの配合を試したのは、実は今日が初めてです。
思ったより上手くできたので──お土産に、お父様とお義母様にも持って帰りましょう。
そう思って、私はリアム殿下を待たせてはいけない、と早足で事務室へと向かったのでした。




