地味令嬢アメリアの幸せな婚約 ③
ふたりで研究室まで歩きながら、リアム殿下がふと思い出したように私に言いました。
「そうだ。先日、きみが気にしていたミラキアだが、今のところ変わりはない」
リアム殿下が扉を開けてくださいながら、そんなことを口にします。それに、私はパッと顔を上げました。
「良かった……!」
ミラキアとは、このレースアルカーナ帝国では生育が難しいと言われている植物の種で、先日ようやく、温度調節を行っているガラスドームで発芽したのです。だけど、発芽しても、安心はできません。それから、半分の確率で根腐れを起こしてしまうことがあるようですから。
ですから、お世話を任された私はとても気になっていたのです。
「あとは花が咲けばいいんだが……」
「既に六回失敗しておりますものね……。何がいけないのでしょう?」
このミラキア。
既に七回発芽を試みて、三回失敗している。残りの四回は、発芽したものの、結局枯れてしまった。
「本国の環境に合わせるなら、湿度が決め手だとは思うのですが、低温多湿ですと、結露からのカビの繁殖が問題になりますし……難しいところですわね……」
「いっそ、温室を作ってしまうか?」
「いえ、そこまでやらなくても冬になれば環境を近づけることは出来るのではありませんか?」
「だけど湿度が足りない。冬は乾燥するしな」
そんな話をしながら、私たちは研究室に足を踏み入れました。既に灯りは灯されていて、リアム殿下の書きかけのレポートや、資料などがあちこちに散乱しています。
それを見て、私はハッと思い出しました。
「そうですわ!思い出しました。先日、なにか手がかりがないかとバーチェリーの蔵書室を見ていたのですが……」
そこで、気になる本を見つけたのだ。
侍女に預けておいたままだった。後で届けてもらおう。そう思いながら、私はリアム殿下に言いました。
「この前話題に上がった、ピルリアの粉ですが、それらしい記載がある本を見つけました」
私の言葉に、リアム殿下の動きが止まりました。それから、彼は珍しく──心底驚いたように私を見ます。
「それは本当に?」
「はい!正確には、旧字体で【Πιρριλία】記載だったのですが……恐らく、同一種を指しているのではないかな、と思いまして。それで、ですね。生育地も書いてあったのですが場所が……」
リアム殿下の研究をお手伝いするようになってから、私自身驚いたことがあります。
それは、思っていたよりも、私はこうした探し物が得意だということ。
特に、じっと本を読んで情報を得る作業は、気がつけば時間を忘れてしまうほどに没頭してしまう。
お義母様に何度も夜更かしを注意されてしまうほどです。
ですが、その甲斐あって、リアム殿下の研究は捗っているようです。助手としては喜ばしい限りです。
私の報告を、リアム殿下は静かに聞いていますが、やがて頷いて言いました。
「マニュゾフ遺跡は……ここから西の方角だな。日帰りは難しいか」
引き出しから地図を取り出して、それを机に広げるリアム殿下に、私はそっと切り出しました。
実は──この半年。ずっと考えていたことを。
「リアム殿下。それからひとつ、ご報告があるのです」
「ん?報告?」
不思議そうにリアム殿下が私をみます。
それに、私は強く頷いて答えました。
「はい。実は──特殊植物管理局官吏資格を取ろうと思うのですわ」
「…………んっ?」
リアム殿下は、相当予想外だったのでしょう。
数秒の沈黙の末、私に尋ねました。
「特殊植物管理局官吏資格……って、きみは文官になりたいのか?」
特殊植物管理局官吏──通称【植管】。
毒性があったり、含有する魔力量が高くて危険だったりする植物を扱う際には、取得必須な資格です。
そして、その資格は、管理局配属の文官になるために必須なものだったりするのです。
私は、リアム殿下の質問に、にっこりと笑って答えました。
「はい。それで、ちょうど一昨日。合否結果が出たのですわ!」
「……はっ!?」
思えば、あとにも先にもこんなに驚いているリアム殿下は初めて見たかもしれません。私はしたり顔で続けます。
「無事、合格しました!……見てください、これ!」
そう言って、私は首元をたぐってネームタグを取り出しました。
それを見せつけるようにリアム殿下に提示すれば、リアム殿下は完全に固まってしまいまいました。
特殊植物管理局配属を示す、銀色のネームタグです。
そうです。実は私、バーチェリー公爵家の娘でありながら、文官登用試験──正式には、植管試験に合格したのです!
公爵家の令嬢が城勤めなど、前代未聞もいいところですが……
「…………色々聞きたいことはあるんだけど」
「はい!」
私はリアム殿下の質問に笑顔で答えました。
リアム殿下は頭を押えながら尋ねます。
「どうしてその情報が俺に降りてきていない……?」
「ふふ。それは、ですね」
実は、植管の資格を取ると決めた時。
偶然、王族専用区域でリック殿下とお会いするタイミングがあったのだ。
リアム殿下の研究室は、王族専用区域の中にある。だから、ばったり王族と鉢合わせることも、少なくなかった。
「リック殿下にお頼みしたのですわ。リアム殿下には内緒にしてくださいませ、と」
「……なぜ?」
「だって、それで不合格でしたら情けないでしょう?恥ずかしいですもの」
先程の、ルディア様の「おめでとう」は、このことだったのです。恐らく、リック殿下から聞いてらしたのでしょう。
私の返答に、リアム殿下は納得がいったような、それでもまだ不満そうな、そんな顔をされました。
ですが、くすくす笑う私を見て、最後には困ったように笑います。
「まあ、きみが笑っているのだからいいかな」
「ふふ。ありがとうございます。実はですね?お父様にお願いしたのですよ?特殊植物管理局で働きたい、と。リアム殿下のお手伝いをするには、この肩書きが必要なのではありませんか?」
そう言うと、リアム殿下は驚いたように顔を上げた。弾かれたように私を見るリアム殿下に、私はにっこりと笑って言います。
「ふふ、頑張っちゃいました。……私、自分で決めて何かを達成するのは、初めての気がします」
「……俺のために?」
「ちょっと、違います。殿下のお手伝いをこれからもできるように、私のため、ですわ」
私はネームタグを服の下に戻しました。
それから、にこりと笑みを浮かべて言います。
「ですから、マニュゾフ遺跡への同行。特殊植物管理局の文官としてお供できますわ!」
そう言って私が拳を握ってみせると、リアム殿下は呆気にとられたように何度か瞬きを繰り返したものの──最終的には、吹き出した。
「ふふっ……ふ、ははっ……!いや、すまない。驚いてしまって。もしかして、遺跡調査がしたくて文官に?」
「そうですわね。それもあります。やっぱり、個人的なリアム殿下のお手伝いのみ、と限定されますとできることも限られるでしょう?ですから、選択肢を増やしたかったのですわ。私も気付かなかったのですが……リアム殿下のお手伝いは、とても楽しいですから」
私が笑いかけると、リアム殿下も笑みを浮かべてくれた。
「それじゃあ、今日も張り切って研究を進めようか?」
「はい!では、私はミラキアの様子を見てきますね……!」
そう言って、私は自分の長い銀髪をひとつに纏めます。これも、慣れた作業です。今までは侍女に任せていたのですが──ここで作業するようになって、色々なことを自分でするようになりました。
リボンで手早く髪を纏めて、私は研究室の続き部屋に向かいます。




