地味令嬢アメリアの幸せな婚約 ②
リアム殿下の研究室でのお仕事は何もかもが新鮮で、驚きました。そして、意外にも殿下が寝食を忘れてしまうほどに研究に没頭するタイプだと知り、それにも驚いたのでした。
季節は、すっかり秋。
リアム殿下の研究室に足を運ぶようになってから、半年が経過していました。
お姉様は嫌々ながらも修道院の奉仕作業を行っているようで、アーロン様については実刑が確定したとのことです。
彼の方は、数年は独房から出られないとのことで、刑罰は労働刑らしく。
(鉱山での作業と聞きましたから……)
あのアーロン様です。
きっと相当嫌がっているのでしょう。
そういえばアーロン様は虫がとても苦手でした。鉱山……山なら、虫に限らず獣もたくさん出そうです。
この数年の間に、アーロン様も思考が矯正されればよいのですが……。反省の色なしと見られたら、刑罰は伸びてしまうので。
そんなことを考えながら、私は馬車のステップから降りました。
びゅう、と秋風が吹いて、髪が舞い上がります。
咄嗟に手で抑えますが、仄かに金木犀の香りがします。
空も、鮮やかな青から、淡い水色に色を変えていました。
(今日は風が強いわ……。帽子を飛ばされないようにしないと)
と、今まさに帽子を抑えようとした、その時でした。
「きゃあ……!?」
顔に何か飛んできて、咄嗟にそれを手で掴んでしまいます。それは──帽子、でした。どなたかの帽子が飛んできてしまったのでしょう。
「お怪我は?」
すぐに護衛騎士に尋ねられて、私は首を横に振りました。
「大丈夫よ。柔らかいものだし……。えーと、これはどうすべきかしら……」
どうしましょう?
無くし物なら、文官に預けるべき?備品管理部まで行くべきかしら……。
悩んでいると、すぐに誰かの声がしました。
「ごめんなさい!飛ばされてしまって……!」
落し物の主でしょう。
すぐに帽子の持ち主が見つかったことに、私はホッと胸をなでおろしました。こちらに向かって足早に向かってくるのは、ひとりのご令嬢。
快活な印象を受けるご令嬢です。
お名前は確か──
「あら?あなたは確か」
そうです。
ルディア・フォンティーヌ公爵令嬢。フォンティーヌ家のご令嬢で、リック第二王子殿下のご婚約者です。
パーティーでお見かけしたことはありますが、こうして個人的に言葉を交わすのは初めてのことでした。
私は手に持った帽子を、彼女に差し出しました。
「ごきげんよう、ルディア様」
「ごきげんよう、アメリア様。受け止めてくれてありがとう。ごめんなさい。先程の強風で飛ばされてしまったの。こうして、アメリア様と個人的にお話するのは初めて、ですわね?」
ルディア様は、私の手から帽子を受け取りました。
そうして、何となく、ふたりで回廊に向かって歩き始めます。
「今日は、リアム殿下に会いにいらしたの?」
「はい。……ご存知なのですか?私がリアム殿下のお手伝いをしていること」
「リックから少し。リアム殿下とは、長いお付き合いなのよね?私、ずっと気になっていたの」
ルディア様は、夏の空を写し取ったような青い髪をしたご令嬢でした。毛先がくるくるとカールを描いていて、瞳は楽しげです。彼女は手を合わせて私をうかがうように見ました。
「アメリア様は、いつもリアム殿下とどんなお話をなさっているの?」
「どんな……?」
「私とリックは幼馴染なの。よくある話よ。歳が近かった、というのが大きな理由かしらね。だからかしら。あまり色っぽい展開にはならなくて」
「ゲホッ……!」
歯に衣着せぬ物言いをされるルディア様に、私は思わず噎せてしまいました。それに、ルディア様がハッとしたように顔に手を当てます。
「あら。ごめんなさい。え?というか、あらっ?あなたとリアム殿下って……」
「……………ご期待に応えられず申し訳ないのですけれど。私とリアム殿下はそういう仲ではないのですわ」
「えええ!そうなの!?」
ルディア様は細く、高い声を上げて驚かれました。
「そ、そうだったの。ごめんなさい。私はてっきり……。あら?それなら」
「?……どうなさいましたか?」
口元に手を当ててなにかに気がついた様子のルディア様を見ると、彼女はぽつりと言いました。
「リアム殿下の片思い?」
「え……………」
思いもしないルディア様の言葉に思わず目を瞬くと──前方から、訪ね人の声がしました。
「ごきげんよう。ルディア嬢。兄上に会いにこられたのですか?」
「っ……!!」
それに、私も、そしてルディア様も、同じくらい驚きました。飛び上がりそうになって、私たちは互いにパッ、と前方を見ます。そこには、リアム殿下がいらっしゃいました。
先に我に返ったのはルディア様で、先程まで動揺していたとは思えないほど美しい笑みを浮かべました。
「あら。ごきげんよう、リアム殿下。そうなの、リックに会いに来たの。リックはどちらかしら」
「兄上なら、突然降って湧いた仕事に忙殺されています。息抜きになにか甘いものでも差し入れをしてさしあげてください」
「まあ……。それなら私はお邪魔ではないかしら」
そこまで言ってから、ルディア様は何かに気がついたように首を傾げました。私を見て、彼女が尋ねてきます。
「あら、そういえばアメリア様は、これからリアム殿下と……?」
「あ、はい。研究室のお手伝いをさせていただいているので、そちらに向かいます」
「へえ……それなら私もご一緒した──」
「ははは。兄上はルディア嬢を邪魔になんて思いませんよ。むしろ、こちらに来られる方がずっとお邪魔になられるかと思いますよ?」
ルディア様が最後まで言い終わらないうちに、リアム殿下が言いました。笑みを浮かべて。
それに、ルディア様が半目になります。
「随分冷たいじゃない。未来の義姉に」
「兄上と義姉上は、順調そうで何よりです。未来の義弟のためにも、早く兄上に会いに行かれたらどうですか?」
「あからさまに邪魔者を排除しようとしている……。あとまだ、義姉上ではないわよ?あと二年も待たなければならないもの。あー、早く結婚したいわ。こうやって登城するのも結構手間なの」
「早く兄上を城から連れ出してさしあげてください。兄上の性格上、真面目すぎるので仕事を溜め込んでしまうんですよ」
「そこをフォローしてあげるのが、弟のあなたの役目ではないの?」
「流石にそこまで面倒は見切れません。何のためにあなたがいるのですか」
「本当にあなたってひとは……可愛げのない……」
ルディア様はとても、物言いたげにリアム殿下を見ていましたが、やがてため息をついて私を見ました。
「まあいいわ。アメリア様。また今度、ゆっくりお茶でもしましょう?今日はいい日だわ。ずっと気になっていたあなたとお話できたのだもの」
「ふふ、そう言っていただけて嬉しいです。ありがとうございます、ルディア様。ぜひ」
「それに──。あっ、そうそう!これを言うのを忘れていたわ。アメリア様!」
今にも去ろうとしていたルディア様が足を止めて、振り返りました。それから、投げキスを仕掛けるようにいたずらっぽい微笑みを浮かべて、彼女が言います。
「おめでとう!」
「──!」
目を丸くする私にルディア様は楽しげに笑って、去っていきました。
「…………何が?」
リアム殿下の質問に答えるひとはいません。
私は苦笑して、ルディア様の後ろ姿を見送ります。
(知ってらしたのね)
今日、私がリアム殿下にお伝えしようとしていることを。
ルディア様、初めてお話したけどまるで嵐のような方だったわ。
楽しい方。次、お会いするのが楽しみ。
そう思っていると、いつの間にか隣にリアム殿下がいらしていました。
「大丈夫だったか?」
「え?」
「何もされていない?」
「え?え、ええ。……………ルディア様は、良い方ですよ?」
「良いか悪いかでいえば、善人寄りではあるのだろうけど、あのひとは不要な世話を焼きたがる質なんだ」
ルディア様は、リック殿下の幼馴染と話していました。……それはつまり、リアム殿下とも親交があった、ということなのでしょうか。
考え込んでいると、リアム殿下に名を呼ばれました。
「アメリア?」
「あっ、は、はい」
「ルディア嬢に何か言われた?いや、そもそもなぜふたりでいたんだ?」
尋ねられて、私はルディア様の帽子が飛んできた経緯を話します。それを聞いて、リアム殿下は額に手を当てました。さながら、頭痛がする、とでも言うように。
「リアム殿下?」
「……………それはきっと、故意だな」
「恋?」
「故意。過失ではなく、意図しての行い、ということだ。おおかた、兄上あたりから何か聞いたな……」
「リアム殿下は、ルディア様と仲がよろしいのですか?」
「ルディア嬢と?いやまさか。彼女はよく、それこそ昔から、兄上と反りが合わなくてな。そのとばっちりを、俺はよく受けたな」
「とばっちり……?」
「ルディア嬢と喧嘩すると、兄上の機嫌はとても悪くなる。明らかに不機嫌なのがわかって、扱いが面倒だったんだ」
そういえば、リック第二王子殿下とリアム殿下は、幼少の頃はあまり仲が良くなかったと聞きました。その時の話、でしょうか……?




