冷たく青い肌の秘めた熱5
地に身体を叩き付けられたララディーナは衝撃と驚きに暫く茫然としていたが、
「私は、……負けたのか?」
やがてポツリとそう問う。
勿論それは紛う事なき事実だが、わざわざ追い打ちを掛けるのは嫌だったので俺は無言を通す。
すると揺れる彼女の瞳はジワリと滲み、ぼろっと大粒の涙が零れ落ちて地に吸い込まれる。
それは衝撃だった。
まさかララディーナが涙を流すとは、俺は夢にも思っていなかった。
彼女にだって弱い部分がある事位は、この一年以上の付き合いで知っている。
ララディーナは表に出すのが下手なだけで、感情は実に豊かだ。
その感情は言葉の端々や動作の一つ一つに現れるから、彼女に興味を持って見つめる者にしか伝わらないだろう。
つまりきっと、今は俺しか彼女の感情を読み取らない。
でも俺と彼女は常に対等であろうとしてたから、ここまでハッキリと、自分の感情を抑えられない程の弱さを見たのは、初めてだった。
だから俺はその涙に激しく動揺すると共に、一つ再確認する。
俺が部隊を組織してまで、西側に攻め入って戦おうとするのは、不特定多数の亜人を救いたいからじゃなく、情を交わした数少ない女が、不幸になって泣いてしまうかも知れない状況を潰したいからだと。
関係が終わってしまった相手であっても、俺の記憶の中ではずっと大切な存在であり、そこにもしも不幸が迫るなら、俺は楽しく酒を飲み、女を腕に抱く事が出来ない。
つまりは、そう、自分の心の平穏の為、或いはそう言った性癖なのだ。
楽しく、明るく、関わって好意を交わした皆が幸福に。
夢物語なのはわかってる。
ララディーナが夢想と言ったのは、その意図はないのだろうけれど、全く以って間違いじゃない。
だが例えそれが無茶だったとしても、その実現の為に俺は動いていたかった。
だったら、目の前でなくこの女を、放って行く事が出来る筈はない。
俺は倒れたままに静かにすすり泣く彼女の身体を、担ぎ上げる様にして肩に抱く。
これは重い荷物を肩に担ぐ時のやり方なので、男が女を抱き上げる際の運び方としては、全く以ってロマンはない。
寧ろ山賊が若い娘を略奪する際にする運び方だった。
あぁ、そう、略奪だ。
「あぁ、そうだ。俺が勝った。だから俺はもう冒険者じゃない。以前の様に傭兵だ。ところで知っているか? 人間の傭兵は、亜人の女性に戦いで勝利した際、戦利品として連れ去るんだ」
……まぁ俺は個人的にはやった事がないけれど。
今回が初の略奪である。
だって仕方ない。
彼女は俺が去ってしまえば、このまま涙を流し続けるだろうから。
「だからララディーナ、君はもう、俺の物だ。この先も連れて行くし、俺の好きな様にする。嫌になったら何時でも抵抗すれば良い。不意を突いて逃げられる事も、良くあるそうだから」
肩に担ぎ上げたララディーナは、その言葉にも身動き一つしなかった。
その後、俺は寝物語に彼女が魔族領を出て来た理由を聞かされる。
昔は強さこそが尊ばれた魔族だが、魔族領に籠り、戦う相手も居ない今では、力を求める行為自体が野蛮として蔑まれる様になりつつあるらしい。
古く由緒の魔族の名家では未だに昔ながらの強さを貴ぶ風習も残るが、徐々に少数派になりつつあると言う。
まぁそれも無理はない話なのだ。
魔族は皆、ある程度の魔術が使えるから、己を鍛えずとも集団で火の玉でも放てば、ある程度の魔物は追い払える。
必要以上の力を持ったとしても、向ける相手は存在しない。
ララディーナの生まれた家は古い魔族の名家で、彼女は女であっても強く在れる様に教育を受けた。
しかしその家の方針に、ララディーナの一つ上の兄は、強い反発心を抱く。
何故なら年下の妹である彼女に、剣の腕で彼は劣ったから。
だがララディーナの兄は剣技以外の才には秀でていて、他の魔族の有力者と縁を結び、家の発展に貢献する。
長幼の序を考えても、家の為に尽くした功績を考えても、家を継ぐべきは兄であると誰もが、ララディーナすらもそう考えていたと言う。
でも当主であった父は、後継にララディーナを指名した。
唯一つ、彼女の方が兄よりも強いとの理由だけで。
そしてララディーナの兄は、当主の座を求めて父を押し込めてしまう。
誰もが当主の父よりも、兄を支援し、味方した。
その末にララディーナは家を放逐される。
兄にとって彼女は妹等ではなく、憎むべき力を貴ぶ風習の、その象徴であったから。
命を奪おうとしなかった分が、最後に残った家族の情だったのだろう。
こう言うとララディーナには失礼だろうが、まぁ大して面白い話ではなかった。
今、彼女は腕の中に居る。
過去はどうあれ、今はそこに居場所があるのだ。
もうすぐ、俺は戦場に出るだろう。
それはどうあれ変わらない。
だから決してそこは安全ない場所ではないけれど、追い出す事だけはしないから、居たければ何時までも居れば良い。




