冷たく青い肌の秘めた熱4
冒険者を引退する。
そう告げた時、ララディーナは表情一つ変える事なく、
「アスィル、私に何か不満があるのか?」
……と、そう問うた。
ララディーナと出会ったばかりの俺なら、その言葉と表情の裏にある感情を読み取れはしなかっただろう。
けれども一年と少しをパートナーとして過ごした俺は知っている。
彼女は動揺した時、焦った時ほど、自らの表情を固めてしまう事を。
そして確かに表情は変わらないけれども、代わりに瞳が、今の様に揺れる事を。
「そうじゃない」
俺は首を横に振る。
説明はとても難しかった。
けれど誤魔化しは許されない。
何せララディーナは俺のパートナーだ。
思えば、もっと早くに俺は自分の目的を彼女に告げておくべきだったのだろう。
冒険者として活動するのは、一時的な事に過ぎないのだと。
しかし俺はそれを語らず、ララディーナもまた自分の事情を語らなかった。
それよりも、彼女と共にモンスターと戦い、依頼をこなす方が楽しかった。
勿論ララディーナとの思い出は、戦うばかりでなく色々とあるのだけれど、兎に角言葉よりも行動で、互いを確かめ合って居たから。
俺は自らの目的を語る機会を見出せず、ズルズルとこの時まで言い出さなかった。
ただそれもここまでだ。
「元々冒険者としての活動は、目的を達する金を集める為と、腕を磨く目的で一時的に行っていただけなんだ。ララディーナに不満がある訳じゃなく、最初から俺はそう決めていた」
言葉を飾らず、単刀直入にそう告げた。
兵を集めて組織して、西側へと攻め入る。
最初に集めるのは、獣人の兵が良い。
獣人はこの東側でも数が多く、また文化や精神面はさて置いて、身体能力で言うなら全ての面で人間の上位互換だ。
つまり人間の兵士に出来る事は、殆どが獣人の兵にも出来るだろう。
境界線を守る東側の軍は、志願者全てを種族問わずに混成部隊として使っているが、俺はそれをとても非効率的だと思ってる。
例えば獣人とドワーフが同じ部隊に居たならば、部隊の移動速度は足の遅いドワーフに合わせねばならない。
逆にスタミナの点ではドワーフは無尽蔵だが、部隊の活動限界は獣人の体力が尽きるまでだ。
要するに下限に近い能力しか発揮出来なくなってしまう。
何故境界線を守る東側の軍がそれを問題視しないかと言えば、部隊の移動速度や活動限界が問われる程の動きをしていないから。
彼等は持つ武器もバラバラで、軍として集まっては居ても、結局は個人や少人数のチームとして戦っている。
だから移動速度を問題視する程に大規模な作戦は行わないし、活動限界が問題になる程の長時間は戦わない。
……そりゃあ神秘の力を使えない西側では、人間の軍隊に勝てない筈だ。
故に俺は、まずは獣人ばかりの部隊を作り、規模が大きくなってからドワーフの重装歩兵隊、エルフの弓兵隊等の同種のみを集めた専門の部隊を作るだろう。
ドワーフの重装歩兵は攻城戦で無類の強さを発揮するだろうし、エルフの弓兵隊は戦況を大きく変え得る可能性を持つ。
今まであまり自分の事を語って来なかった反動だろうか、一度発すれば雪崩の様に言葉は溢れ、部隊の構想まで喋ってしまう。
だがそんな俺の言葉を止めたのは、ララディーナから鋭く発せられる気。
まるで切り掛かる直線の様なその気に、俺は構えを取って口を閉ざす。
「夢想はわかった。だがアスィルはそれに見合った力を持っているか? 確かに金は稼げたかもしれない。でも力は身に付いたのか? このまま戦場に行ってアスィルが死なないか、私が確かめる。私に勝てなかったなら、馬鹿な夢は捨てて私と冒険者を続けろ」
剣を引き抜き、切っ先をこちらに向けて、ララディーナは告げた。
夢想とはまた随分な言い草で、酷く不器用な引き止め方だ。
冷たく鋭利で固められた表情とは裏腹に、彼女の瞳は揺れている。
「本当に私に不満があって離れたいのでなければ、受けろ。アスィル」
でもそんな風に言われたら、その勝負を受けない訳には行かない。
何故なら別離を告げている今であっても、ララディーナは大切なパートナーで、俺は彼女を好いているから。
俺は腰から短槍を引き抜いた。
恐らくだが、これまで冒険者として組んできた俺を見て、ララディーナはこの勝負が自分の有利だと思っていたのだろう。
確かに彼女は魔族だけあって、身体強化の出力も俺より高いし、他にも幾つか魔術を使う。
剣技の冴えだって大した物だ。
魔物の討伐だって、同じ数の群れを単独で相手にしたならば、先に殲滅し切るのはララディーナの方だろう。
だからララディーナがそう考えるのも無理はないし、結局話を途中で彼女に止められてしまったから、俺自身の過去は語れなかったが、……元々俺は獣や魔物と戦うよりも、人や亜人と戦う方が圧倒的に得意だった。
「つっぁあああぁぁっ!」
裂帛の気合から振るわれる連撃を、俺は盾で、或いは浅い攻撃は手甲で弾く。
ララディーナの武器は片手でも両手でも振るえる様に柄が普通の物より少し長く作られた長剣。
柄が長い分だけ、片手で振るう際のバランスは独特で少し崩れ易いが、両手で持てば斬撃の威力を増す事が出来る。
討伐に威力を持った攻撃を必要とする魔物を相手にする上では、便利な得物なのだろう。
だが俺から見れば、付け入る隙は幾つもあった。
ギン!と重く響く音を立て、俺の短槍が彼女の長剣を弾く。
ララディーナも熟練の戦士故に、その程度で体勢を崩しはしないけれど、互いの攻防は逆転した。
「らぁっ!」
但し俺の攻撃は彼女の様な連撃でなく、一撃一撃を短槍の柄で叩き付ける様に、重く響く攻撃を放つ。
二度、三度と俺の攻撃を剣で受け、ララディーナは唇を歪ませる。
どうやら俺の狙いに気付いたらしい。
ララディーナの持つ剣もそれなりの名品ではあるのだろうが、それでもドワーフの逸品である俺の短槍には質が劣る。
このまま思い切りぶつけ合えば、遠からず彼女の剣は圧し折れてしまう。
それを狙って、俺は受けるは易いが避けるは難い、そんな攻撃を繰り出していた。
しかし狙いに気付いて、そのまま受け続ける程にララディーナは考えなしじゃないし、技量が低くもない。
故に彼女は俺の短槍を剣で柔らかく受け止め、力を流す、つまり受け流しを試みる。
それこそが、俺の本当の狙いだとは気付かずに。
攻撃が受け流される最中に、俺はそのまま短槍を手放す。
余程に気を緩めねば表情を変えず、動揺や焦りも逆にそれを固めてしまうだけのララディーナが、俺も初めてみたのだが、あまりの驚きに顔色を変えた。
彼女は魔物退治に関してはプロフェッショナルであるだけに、魔物の前で武器を手放す事が自殺行為に等しいと良く知っている。
だからこそ俺の行動が、俄かには信じられなかったのだろう。
でも残念ながら、今戦ってるのは魔物と冒険者ではなく、俺とララディーナなのだ。
そして俺の手は短槍の代わりにララディーナの手首を掴み、一瞬後、彼女の身体は宙を舞った。




