その性故に
西側で生まれた人間にも拘わらず、亜人に味方し、東側に渡った人間、アスィルが部隊を旗揚げした日は、大陸の歴史に刻まれている。
彼は酷く長い間、変わらなかった西と東の境界線を大きく書き換えたのだ。
大陸の西側で権勢を誇ったドルドギア聖教が滅びたのは、アスィルの旗揚げこそが切っ掛けだったと言う者も多い。
彼は部隊を旗揚げ後、境界線を守る東側の軍には合流しなかった。
アスィルは旗揚げ以前から彼を支援していたと言う商人、グルンブラス商会の長であるマイルズの力を借りて、西側で使われている物と良く似た船を使い、商業国家であるトルスタリア共和国に攻め込んだのだ。
驚いた事に、彼はその際、部隊の兵である獣人等に奴隷の真似をさせて、トルスタリア共和国の港町に入港している。
誇り高い獣人が、何故人間であるアスィルに従って奴隷の真似をしたのかは知られていない。
一説にはその獣人達の一部は、アスィルが部隊の旗揚げ前どころか、東側に渡る以前からの知り合いだったとされるが、当時の西側で獣人と人間が友誼を結ぶ事はまず不可能だった為、この説は否定されている。
但し彼の部隊には副官が二人居て、その片方が獣人の女性だった事は事実らしい。
因みにもう片方の副官も女性で、そちらはドルドギア聖教が大昔に絶滅させたと説いていた魔族であり、大いに西側の人間を動揺させた。
ともあれ油断を誘って入港したアスィルは瞬く間に港町を制圧し、奴隷として使われていた亜人を解放している。
解放された奴隷の一部はアスィルの部隊に加わり、更に彼は驚くべき事に、港町から得た財貨を以って西側の傭兵団を幾つも雇い、トルスタリア共和国の町を次々と攻め落として、僅か数週間で国を陥落させてしまう。
本来東側にとって、西側の傭兵団は憎むべき敵であり、それを金で雇うだなんて発想は異常だ。
しかしアスィルの経歴を鑑みれば、彼自身が元傭兵として、西側の傭兵団との伝手を幾つも持っており、金次第で味方に付ける事が出来る相手を冷静に見極めていたのだろうと言う事がわかる。
トルスタリア共和国を陥落させたアスィルが率いる部隊、否、もう大量の解放亜人を吸収して軍と呼ぶべき規模になってソレは、北上して境界線を守る西側の軍の背後を脅かした。
そしてその際、とあるドワーフの姫が飛ばした檄により、境界線を守る東側の軍に所属するドワーフ達が奮起し、アスィルの軍と共に西側の人間軍を挟撃し、これを殲滅する。
それまでずっと、大陸を西と東に分けて居た、境界線が消滅した瞬間だ。
アスィルの行動が、それまで境界線上で小競り合いしか行われていなかった西と東のぶつかり合いを、大規模に拡大した事は間違いがない。
つまり小康状態だった、消極的な平和を破壊した好戦的な人物として彼は有名だ。
また境界線の消滅から数年後には、ドルドギア聖教が彼を名指しで神敵と称して、その首を信徒に求めている。
境界線消滅後もアスィルの侵攻は止まらず、西側諸国の国は次々に彼の軍に陥落させられ、そして彼は全ての町でドルドギア聖教の教会を打ち壊していたから、神の敵と呼ばれるのも無理はないだろう。
結局彼の存命中に、ドルドギア聖教が影響力を持った地域は半分ほどまで削られ、その死後百年ともたずにドルドギア聖教はこの大陸から完全に消え去った。
アスィルがこれ程に素早く侵攻で来た理由の一つが、彼自身が望めば国の一つや二つは手に入っただろうに、それを望まず、支配地を持たず、常に戦って前に進む事だけを目指したからだ。
もしアスィルが自分の支配地を持ち、その統治に手を取られていれば、こんな速度での侵攻は叶わなかっただろう。
この様に常に戦いを望み、また実際に戦いは滅法強いアスィルだったが、その一方で女性には、と言うよりも亜人の女性には酷く弱かったらしい。
彼の周囲には、二人の副官も含めて、常に複数の亜人の女性の影が見える。
その事からアスィルを東側の偉人である、人間の勇者と同一視する者も居たが、彼自身はそれを酷く嫌ったと言う。
そして彼の最期は、攻め落とした町で、奴隷から解放した亜人の少女が差し出した、パンに塗られた毒に依って死んだ。
少女は家族を別の町で人質にされており、毒パンをアスィルに食わせねば母と妹を殺すと、脅されていたから。
その国はアスィルに攻め滅ぼされる寸前で、手段を選ぶ余裕などなかったのだろう。
成功する等とは欠片も思わずに配置した罠に、彼は見事に引っ掛かった。
アスィルの最期の言葉は、
「この子に罪はない。俺を殺した相手はこの国の王だ。仲間達、頼む。俺の仇を打ち、この子の家族を救ってくれ」
だったとされる。
そうして短い間に、まるで燃え広がる炎の様に国々を攻め落としたアスィルの侵攻は、その国を最後にして終わった。
彼の評価に関しては、賛否は激しくわかれるだろう。
戦火を広げた破壊的な人物とも言われるし、亜人を解放し続けた英雄とも言われる。
但しその最期からもわかるように、アスィルが亜人の女性に対して酷く優しかったのは事実だろう。
つまり彼が、亜人の女性を愛していたから、この世界の在り方を変えようとし、そして実際に大きく変えた事だけは、間違いがない。




