愛されているとは思えない
放課後、私はコソコソと気配を消しつつ早足で廊下を歩く。
昨日の放課後のように私を探してクレイグが突撃してくることが心配で、古代魔法研究部の部室へ向かうことも寮へ帰ることもできず、クレイグに見つからなさそうな場所を求め彷徨っている。
(明日からは遠征実習が始まるし、今日だけやり過ごせば……)
遠征実習とは、騎士科の三年生が参加する課外授業の一つで、馬での長距離移動や野営の設営などを実際に体験しながら南のサナライス領を目指すというもの。
もちろんクレイグもこの遠征実習に参加するため、明日から二週間は学園で顔を合わせることはない。
まあ、今頃は遠征の準備に忙しく、私を探していない可能性もあるのだが……。
「リザ嬢?」
その時、背後から名前を呼ばれギクリと身体が強張る。
足を止めて振り返ると、私と同じ魔法学科のシリルがこちらに歩いてくるところだった。
「こんにちはシリル様」
私は内心ホッとしながら挨拶を返す。
オルグレン伯爵家の次男であるシリルは、焦げ茶色の髪に橙色の瞳を持ち、男性にしては小柄で可愛いらしい顔立ちをしている。
そして、膨大な魔力の持ち主でもある彼は、高等部への入学時には王城魔術師団への在籍がすでに内定していたという噂まであった。
そんなシリルは私に追いつくと、無表情のまま口を開く。
「どうしてこんな所にいるの? 生徒会室に何か用?」
「生徒会室……?」
「何? まさか迷子なの?」
「いえ、ただなんとなく散歩をしていただけで……」
ここは普段あまり入ることのない特別教室棟で、三年近く学園に通っていながら生徒会室の場所を今初めて知った。
ちなみにシリルは生徒会役員であるため、彼がこの場所にいることは不自然でもなんでもない。
「そういえば、昨日は婚約者の彼に怒られなかった? ほら、僕が昼休みに声を掛けたあと、なんだか険悪な雰囲気になっていたから」
「あー……」
昨日の昼休みといえば、私とクレイグが食堂で昼食を食べている時にシリルに声を掛けられ、婚約者としてクレイグを紹介した。
それが気に入らなかったらしいクレイグに裏庭へ連れ出され、私は叱られてしまったのだ。
だが、そのおかげで婚約解消という言葉をクレイグから引き出すことができたので、ある意味いいきっかけだったのかもしれない。
「まあ、少し叱られましたが、そんなたいしたことじゃ……」
「やっぱり」
そう言って、シリルは呆れたように息を吐く。
「彼、かなり束縛が強そうだもんね」
「え? 束縛?」
束縛とは、好きだからこそ相手の行動を制限してしまうものだと認識している。
だから、私を嫌うクレイグには当てはまらないと思うのだが……。
そうシリルに説明をしようとした時、後ろから女性の声が響いた。
「お二人とも何やら楽しそうですね」
「あ……!」
振り返ると、淡い水色の長い髪に深い青の瞳を持つ美しい令嬢がこちらに向かって歩いてくる。
(エメライン様!?)
彼女はエメライン・ビークロフト侯爵令嬢。
淑女科の三年生で生徒会の副会長を務めている。
それだけでなく、家柄も能力も申し分ないエメラインは第二王子の婚約者でもあった。
第二王子はすでに学園を卒業しているが、在学していた頃の二人はとても仲睦まじい様子だったと噂で聞いたことがある。
私とは大違いだ。
私とシリルの輪に合流したエメラインは、興味深そうにじっと私を見つめる。
「あなたは……もしかして、リザ・アビントン嬢?」
「は、はい」
すると、彼女は両手をぱちんと合わせ、柔らかく微笑んだ。
「やっぱり! あなたのことはシリル様からもよく聞いていたのよ。とても優秀な方だってね」
「そ、そんな……。エメライン様に覚えていただけるなんて光栄です」
そう言葉にしてから、馴れ馴れしくも彼女を名前で呼んでしまったことに気がつく。
周りの皆がエメライン様と呼んでいたため、私も勝手に心の中でそう呼んでいたからだ。
「すみません!」
慌てて謝罪をする私に、エメラインはクスッと笑いながら言葉を続ける。
「それじゃあ私も名前で呼ばせてもらうわね。リザさん」
「……っ!」
私の無礼な失言を笑顔で受け止め、互いに名前呼びすることでさらりと丸く収めたエメライン。
彼女の器の大きさに私は感激してしまう。
「それで二人は何の話をしていたのかしら?」
エメラインの問いかけに、今度はシリルが口を開く。
「リザ嬢の婚約者についてですよ。ほら、サーヴィス伯爵家の次男の……」
「騎士科のクレイグ様?」
「そう。彼がずいぶんと嫉妬深い男だって話です」
「まあ! リザさんってば婚約者に愛されているのね!」
「は、ははっ……」
嫉妬も束縛も愛されているも何一つ当てはまらないのだが、それを言える空気ではなかったため、私は乾いた笑いで返すしかない。
しかし、そのタイミングで今度は大きな声が廊下に響いた。
「あっ! やっと見つけた!」
私たち三人が振り返ると、キラキラと輝く銀髪に蠱惑的な薄紫の瞳を持つ青年が、満面の笑みを浮かべながらぶんぶんと大きく手を振っている。
「どうして……?」
エメラインが瞳を大きく見開き、上擦った声で呟いた。
完璧な淑女であるエメラインを動揺させる程の美貌の持ち主はもちろん……。
「アデライン嬢〜!!」
私の名前を呼びながら駆け寄ってくるルシアン。
美しい毛並みの大型犬を思い浮かべてしまったのは、私なりの現実逃避だったのかもしれない。
「な、何でここに?」
「もちろんアデライン嬢に会いに!」
そう言ってルシアンは私にバチンッとウインクをかます。
「魔法学科棟まで会いに行ったんだけど見つからなくて、学園中を探し回ってたんだよ。昨日の話の続きをしたくてさ! ほら、クレイグとの婚約か……」
「ちょっと……!」
私は慌てて両手を伸ばし、ルシアンの口を手で塞ぐ。
「その話は! 場所を変えて! ゆっくりと!!」
エメラインとシリルの前で婚約解消やら証人の話をされては堪らない。
怒鳴りつける私に目をぱちくりさせながら、口を手で塞がれたままのルシアンはコクコクと頷く。
よしっ!と頷き返したあと、私は振り向いて笑顔を無理やり作る。
「それでは急用ができましたので、エメライン様、シリル様、私たちはここで失礼いたします!」
そのままルシアンの手を引っ張ると、一目散にこの場を離れるべく走り出す。
この時、エメラインがどんな表情で私たちを見ていたのか……私は知る由もなかったのだ。
読んでいただきありがとうございます。
次話は明日朝8時頃に投稿予定です。
よろしくお願いいたします。




