クレイグの主張
「クレイグ様……」
まさか私を探しにやって来るとは……。
ヘレナが備品室にいるからか、いきなり私を怒鳴りつけるようなマネはしないが、クレイグが怒っているのは明白だった。
「どうして俺に会いにも来ないでこんなところにいる? 放課後に話をしようと言ったのを忘れたのか?」
「話し合いを了承した覚えはありませんから」
「っ……!」
私の反論にクレイグの片眉が跳ね上がる。
だが、クレイグは自身を落ち着かせるようにゆっくりと息を吐き出し、再び口を開いた。
「リザに聞きたいことがある」
「なんでしょう?」
「俺が裏庭を立ち去ったあと……ルシアンと二人きりで過ごしていたのか?」
「……私も午後の授業に参加しました」
こう言えば、私もすぐに裏庭を立ち去ったと思ってくれるだろう。
婚約解消の証人をお願いしていたとはさすがに言えないし、遅刻はしたが午後の授業に参加したのは事実なので嘘は言っていない。
「そうか……!」
私の返答にルシアンは安堵の表情を見せる。
しかし、一つ咳払いをすると、またお怒りモードへ戻ってしまった。
「それならいい。だが、ルシアンは噂通りの軽薄な女たらしだからな。二度と関わるんじゃないぞ!」
昼休みから薄々気づいてはいたが、どうやら二人はかなり仲が悪いらしい。
いや、クレイグがルシアンを一方的に敵視しているようにも見える。
「そんなことを話し合いに来られたんですか?」
「いや、昼休みは話の途中で邪魔が入ったからな。誤解があったと伝えたかったんだ」
「誤解って……?」
もしや、婚約解消を認める気になったのだろうかと期待が高まる。
「俺はシャムロック嬢もテイラー嬢もロバーツ嬢とも婚約をするつもりはない。リザは、俺が他の女の名前を出したことに嫉妬したんだろう?」
「は……?」
「俺は婚約者として相応しい振る舞いをリザに教えてやろうとしただけなんだ。心配しなくていい。リザは変わらず俺の婚約者のままだ。だから、さっさと機嫌を直してくれ」
「…………」
どうやら私が嫉妬のあまり機嫌を損ねて婚約解消を言い出したと……そうクレイグは解釈したらしい。
(どうして、そんな斜め上の発想になるの!?)
クレイグに近づく令嬢たちに私が嫉妬をするなんて、それこそが誤解なのに……。
期待をしたぶん肩透かしを食らったような気持ちになる。
それでも、どうにか婚約を解消してもらわなければと、私は努めて冷静に話を切り出す。
「別に嫉妬をしたわけではありませんよ。昼休みに裏庭でお伝えした通り、私はクレイグ様との婚約を解消したいと……」
「ここまで言っているのにどうしてわからないんだ!? 婚約を解消する必要なんてないだろう!?」
「ですから……」
「いつまでも意地を張るんじゃない!」
私の言葉を遮って激昂するクレイグ。
「いいか? お前は俺の婚約者だ! 婚約を解消するなんて話は金輪際口にするな!」
そう一方的に言い捨てると、クレイグは怒りのまま乱暴に部室の扉を開けて出ていってしまった。
(えー……)
残された私は呆然と開け放たれた扉を見つめる。
「なんだ、なんだ。やっぱり修羅場じゃないか」
そこへ、ニヤニヤと笑みを浮かべたヘレナが備品室から顔を覗かせた。
クレイグの激昂する声はしっかり彼女の耳にも届いていたらしい。
「はぁ……。どうしてこんなことに……」
溜息を吐いて項垂れる私に、ヘレナは「当然だな」と言い放つ。
「これまで主導権を相手に渡し続けたツケが回ってきたんだ。婚約者殿は主導権を奪われまいと頑なになっているんだろ」
たしかに、これまでの私は自分の感情を押し殺し、クレイグの意見を全て優先してきた。
「プライドが許さないってことですか?」
「まあ、それだけじゃなさそうだが……」
まだ他にも理由があるのかとげんなりしてしまう。
(プライド……プライドね。そっかぁ……)
私のことが気に入らないはずなのに、クレイグが婚約解消に同意しないのは、プライドが傷つけられるからという理由だったらしい。
「先生、プライドを刺激せずに円満に婚約を解消する方法ってあります?」
「男なんて適当に持ち上げて甘えれば、だいたい思い通りに動かせるぞ? 主導権を握らせているように思わせて上手く転がせばいい」
「そんな高等技術は持ち合わせていません!」
「だったら、次の男に活かせるよう学んでおけ」
「だから次の男なんて必要ないんですって!」
しかし、ある意味『次の男』が控えていることを、この時の私はすっかり頭の片隅に追いやってしまっていた。
◇◇◇◇◇◇
翌日の朝。
私は身支度を終えると、寮を出てから真っ直ぐ自分の教室へ向かう。
これまではクレイグの登校時間に合わせて学園の正門近くで彼を待ち、毎朝一緒に登校していた。
もちろんこれもクレイグが言い出したことで、今朝はそんな彼のルールを堂々と破ってみることにしたのだ。
この行動がクレイグのプライドを刺激してしまうかもしれないが、だからといって元の関係に戻すのも違うと思った。
それに、距離を置くことで彼も冷静になって、言うことを聞かない婚約者に愛想を尽かしてくれるかもしれない。
ちなみにクレイグはサーヴィス伯爵邸から馬車で学園まで通っている。
アビントン男爵家の領地は王都から遠く離れ、王都内にタウンハウスも持たないため、私は学園の寮で暮らしていた。
クレイグのように王都で暮らす貴族の子供たちは、十三歳からザーライド学園の中等部へ通っている。
遠方の領地で暮らす貴族の子供たちは、私のように高等部から合流する者がほとんどだ。
そのため、高等部へ入学する前は長期休みに合わせてクレイグが我が家の領地まで足を運んでくれたり、一ヶ月に一度の頻度で手紙のやり取りをしたり……。
(あの頃のクレイグ様は今みたいに怒りっぽくなかったのになぁ)
なんというか、きちんと一定の距離を保って接してくれていた気がする。
しかし、私が入学するために王都へ出てきたことで物理的にも距離が近くなり、それから少しずつ私たちの関係は変わってしまったのだ。
(距離が近いといえば……)
領地から王都に出てきてすぐに、クレイグの婚約者としてサーヴィス伯爵邸に挨拶へ行き、そこで初めてクレイグの兄と顔を合わせたことを思い出す。
クレイグの兄は幼い頃から病弱だったらしく、弟とは違って線の細い男性だった。
それでいて初対面の私に対して妙に馴れ馴れしく、それがとても不快だったこともついでに思い出す。
まあ、それ以来クレイグが私の訪問を嫌がるようになり、サーヴィス伯爵邸へ訪れる機会はなくなり、クレイグの兄と顔を合わせたのもそれっきりなのだが……。
(サーヴィス伯爵に婚約解消を直談判するのも難しそう)
クレイグの兄はともかく、サーヴィス伯爵と交流を深めておくべきだったと今さらながら少し後悔してしまう。
そんなことを考えているうちに教室へ辿り着いた私はいつも通りに授業を受け、昼休みはクレイグに会わないよう学園内を逃げ回り、無事に放課後を迎えたのだった。
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次話は明日の朝8時頃に投稿予定です。
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