古代魔法研究部
ルシアンと別れたあと、私は体調不良で遅れたと嘘の説明をして午後の授業に途中参加した。
普段から真面目に授業を受けていたおかげか、特に問題なく教師に受け入れられる。
(まさか悩みの種が増えるなんて……)
授業中も、クレイグとの婚約解消とルシアンの扶養問題がぐるぐると私の頭の中で回り続ける。
二つの問題を解決するには、ルシアンの要求を退け、自身の力でクレイグとの婚約を解消すればいいのだろうが……。
(クレイグ様がダメなら、サーヴィス伯爵に私が婚約者として失格だと思わせる……とか?)
しかし、この作戦はダメだとすぐに思い直す。
私自身の評判を落とせば、婚約が解消されたとしても、今度は進路に影響が出てしまう可能性があるからだ。
結局、これと言った解決策が思いつかないまま、午後の授業の終わりを告げる鐘の音が鳴った。
クラスメイトたちが放課後の予定を話ながら次々と教室から出て行く姿を見て、私も頭の中のアレコレを吹っ切るように席から立ち上がる。
(とりあえず、今できることをやっておこう)
ちなみに「放課後、もう一度話をするぞ!」と裏庭でクレイグが吠えていたが、彼が私を教室まで迎えに来ることはないだろう。
きっと、いつものように自分の教室で私が訪れるのを待ち続けているはず……。
婚約解消の話が出てしまったからには、私がクレイグを迎えに行くことも、彼からの一方的な約束を守る必要もない。
クレイグを放置することに決めた私は、教室を出て広い中庭を通り抜けると、研究部室棟へ足を踏み入れた。
ここには魔法生物部や薬草研究部など、いくつもの研究クラブの部室が並んでいる。
私はその中の一つ、『古代魔法研究部』の札が吊るされた扉の前に立つ。
私が魔力持ちであると判明し、アビントン男爵家に引き取られた際、貴族に必要な教養を学ぶべく家庭教師が用意された。
その時、魔法学という分野に触れた私は、みるみるうちに『魔法』というものに夢中になったのだ。
父は淑女教育に力を入れたかったようだが、養母が私の希望を汲み取り、魔法学専門の家庭教師まで手配してくれた。
おかげで学園に入学する頃には、高等部で学ぶ内容のほとんどが頭に入っている状態。
そこで、授業で習う基本以外の分野も学びたいと、この古代魔法研究部に入部した。
現在、魔法は火・水・土・風・光の五大属性のいずれかに分類されており、それら以外の何らかの理由で失われてしまった魔法を総称して古代魔法と呼んでいた。
面白そうだと秒で入部を決めた私だったが、意外なことに私以外の部員はゼロ。
なぜ廃部にならないのか不思議ではあったが、顧問の先生を質問攻めにしながら魔法に没頭できるという理想的な環境に文句はなかった。
「おっ? リザじゃないか」
ノックをするなり部室の扉が開き、白衣を羽織った女性が私を出迎えるように立っていた。
「ヘレナ先生……! 今日は起きてらしたんですね」
「なんだ、なんだ。まるでいつも私が寝てばかりのような言い草だな」
そう言いながら淑女らしさの欠片もなく豪快に笑うのは、鮮やかな赤髪を無造作に結い、色付き眼鏡をかけている二十代後半の女性。
彼女が古代魔法研究部の顧問であるヘレナ・ハーディング先生。
ヘレナは王城魔法研究所に所属する研究員であり、この学園に講師として出向していた。
しかし、彼女が講義をしている姿を私は見たことがない。
それどころか古代魔法研究部の部室を完全に私物化し、続き部屋となっている備品室には仮眠用のソファが置かれ、ヘレナの服や日用品や枕なども持ち込まれていて……たぶんここに住んでいる。
そんなヘレナは部室で研究に没頭するあまり昼夜逆転となることが多く、部員である私が訪れても備品室のソファで寝ていることのほうが多いのだ。
「今日はどうした?」
「実は先生に相談したいことがあるんです」
「ふーん……」
色付き眼鏡のレンズ越しに黄緑の瞳が意図を探るように私の顔を見つめる。
「わかった。ゆっくり話を聞こうじゃないか」
ヘレナに促されるまま、私はテーブルを挟んで彼女と向かい合うように座った。
「卒業後の進路についてヘレナ先生の意見をお聞きしたくて」
「進路? サーヴィス伯爵家の次男と婚約してただろ?」
「ええ。ですが婚約の解消を考えているのです」
「まさか他に好きな男でもできたか?」
ヘレナは揶揄うようにニヤリと笑う。
「ち、違いますよ! ただお互いの相性が悪かっただけです」
「なんだ。修羅場だと思ったのにつまらないな
」
どうやら面白がっているらしいヘレナ。
私は気にせず話を続ける。
「普通ならば次の婚約相手を……という話になるのでしょうけど、このまま結婚をせずに一人で生きていこうと考えておりまして」
ヘレナはこれでもハーディング子爵家の令嬢で、独身でありながら王城魔法研究所に所属していた。
私がクレイグとの婚約を解消し、王城魔法研究所への就職を考えたのは、身近にヘレナという成功例があったからだ。
「なるほど。それで私に王城魔法研究所への口添えをお願いしたいというわけか……」
「一度は断っておきながら申し訳ありません」
私は謝罪の言葉を口にしながら頭を下げる。
ヘレナは古代魔法そのものを研究しているが、私は古代魔法を参考にオリジナルの魔法を創り出すことに熱中していた。
そこで、私のアイデアや研究成果を論文にしてはどうかと提案し、王城魔法研究所主催の賞へ応募するよう勧めてくれたのがヘレナだった。
おかげで私の論文は受賞し、それをきっかけに魔法開発課から助手としてスカウトされるという経緯があったのだ。
調子のいいお願い事をしている自覚はあったが、それでもこの件で私が頼れる相手はヘレナしかいない。
その時、扉をノックする音が部屋に響いた。
ヘレナは椅子から立ち上がると、部室の扉を勢いよく開く。
すると、そこには見るからに不機嫌そうなクレイグが立っていた。
「君はたしか……リザの婚約者殿だったな」
「はい。彼女に話がありまして」
そう言って、クレイグが意味ありげに私に視線を向ける。
「なるほど……。だったら部室を使えばいい」
ヘレナはクレイグにそう告げると、今度は私の側まで戻って耳元で囁く。
「円満な婚約解消が先だな」
「……はい」
王城魔法研究所への就職を望むのなら、クレイグとの婚約解消を先にどうにかしろという意味。
ぐうの音も出ない正論。
そのまま続き部屋の備品室へ消えていくヘレナ。
その背中を見送った私は椅子から立ち上がると、部室に足を踏み入れたクレイグと向き合う。
「やっと見つけたぞ。リザ」
次話は明日の朝8時頃に投稿予定です。
よろしくお願いいたします。




