決別①(Side.ルシアン)
読んでいただきありがとうございます。
※今話はルシアン視点です。
よろしくお願いします。
エメラインがリザを操り連れ去った事件から、もうすぐ二ヶ月が経とうとしている。
その間に、僕の周辺では様々な変化があった。
まず、魔術師団員たちによって捕縛されたエメラインは、アシュトン第二王子を闇魔法で操っていたことを認めた。
さらに、それら一連の首謀者がビークロフト侯爵であると明らかになる。
ビークロフト侯爵家の謀反に世間は強い衝撃を受けた。
ただし、王家が公表したのは、ビークロフト侯爵がアシュトン第二王子を害そうとしたという事実のみで、闇魔法について触れることはない。
そして、捕らえられたビークロフト侯爵は貴族牢に収監され、沙汰を待つ身ではあるが、死罪は免れないだろうと言われている。
さらに、秘密裏に古代魔法を研究し、闇魔法を再現する香水を創り出したのは、ビークロフト侯爵の叔父モーリス。
先代当主の時代からモーリスの研究を隠蔽し続けてきたことが悪質だと判断され、ビークロフト侯爵家は領地を没収したのち爵位を剥奪されることが決まった。
アシュトン第二王子を害した実行犯であるとして、エメラインの死罪もほぼ確定している。
ただ、彼女自身は精神のダメージが回復せず、日に何度も正気と狂気の狭間を行き来している状態らしい。
ビークロフト侯爵は、闇魔法による術者の精神負担を知らなかったと証言している。
香水の製作者であるモーリスは当然知っていたはずだが、すでに亡くなっているため、侯爵の証言が正しいのかは不明である。
(闇魔法かぁ……)
そんな恐ろしい禁術を、魔力無しの僕が扱えるようになるとは思いもしなかった。
ただ、僕の闇魔法は『使い切り』であることが判明している。
以前、ヘレナが語った『魔力の器』だけを持つ僕に、誰かが闇魔法を譲渡したという仮説。
僕の身近に存在する闇魔法使いは、やはりエメラインしかいないという結論に達した。
ならば、どうやって譲渡されたのか……。
その答えを解くヒントは、僕とアシュトン第二王子との違いだった。
僕とアシュトンは、ほぼ同時期に闇魔法の香水によって操られている。
しかし、その効果にはかなりの差があった。
エメラインの証言によると、なぜか僕は香水の効き目が悪く、何度繰り返してもアシュトンのように操ることができなかったという。
その話を聞いたヘレナは、香水の効き目が悪いのは、僕が香水の魔力を『吸収』したからじゃないかという新たな仮説を立てたのだ。
空っぽのグラスに少しずつ雨水が溜まるように、僕は無意識に香水から魔力を吸収して自身の器に溜めていく。
そして、闇魔法は互いに効果を打消す性質があるため、日を追うごとに香水の効果が薄れていったのだろう。
こうして何年もかけて器に溜めていた魔力だが、残念ながら僕は自分自身で魔力を生成することができない。
つまり、体内の器に溜められた魔力を使いきれば、僕はまた『魔力無し』に逆戻りというわけだ。
そんな僕に求められた役割は、アシュトン第二王子にかけられた闇魔法の解除だった。
◇◇◇◇◇◇
現在、王城の大ホールで開催されているのは、国王陛下の誕生日を祝うための夜会。
ビークロフト侯爵家の謀反という暗い事件を払拭するかのように、会場内は華やかに飾られ、国中の貴族たちが陛下への忠誠を示すために集まっていた。
(元気になられてよかった)
僕の視線の先には、穏やかな笑みを浮かべるアシュトン第二王子の姿がある。
長期間に渡って意識を乗っ取られていた影響か、エメラインが捕縛されてからも闇魔法の支配下から抜け出せなかったアシュトン。
そんな彼の自我を取り戻すために、僕は求められるがまま体内の魔力を使い、アシュトンに纏わりつく闇魔法を打ち消したのだ。
おかげで僕の魔力は空っぽになり、見事に『魔力無し』へ戻ってしまった。
だけど、後悔は一つもない。
(これもきっとリザちゃんのおかげだね)
リザがクレイグと対峙している時、僕は部屋の扉を少しだけ開けて、その隙間から二人の動向を伺っていたのだ。
その時に聞こえてきたのは、怒りに満ちたリザの声。
『私にとってのルシアン様は顔だけなんかじゃない! 侮蔑しないで!!』
きっと彼女は、僕の顔でも魔力の有無でもなく僕自身を見てくれている。
だから『魔力無し』に戻ることに迷いなんてなかったのだ。
そんなことを考えていると、甘ったるい香りが鼻をかすめ、思わず眉間に力が入る。
どうやら目の前を横切った令嬢の纏う香水の匂いだったようだ。
もちろんエメラインの纏う香りとは違ったものなのだが、どうにもキツイ香水の匂いがトラウマになってしまったらしい。
軽く溜息を吐くと、熱の籠もった数多の視線と好奇心に満ちた多くの視線が僕に向けられていることに気がついた。
理由は簡単。
ランプリング侯爵家を勘当され、平民になったはずの僕がなぜ夜会に参加しているのか……。
その理由を知りたくてうずうずしているのだろう。
しかし、一人の女性が登場すると、途端に僕へ向けられていた視線が一斉に彼女へ移動した。
いつも無造作に結われている鮮やかな赤髪はきっちりと纏め上げられ、ヨレた白衣ではなく落ち着いたネイビーのドレスに身を包み、色付き眼鏡によって隠されていた黄金色の瞳が露わになり、真っ直ぐ前を見つめている。
そんな彼女が今夜の真の主役だった。




