反撃
「あら、もうサーヴィス伯爵令息様がいらっしゃったのかしら?」
エメラインの声が弾む。
対する私は、どうにかクレイグとの再婚約を阻止しようとひたすら足掻いていた。
(そうだ! 魔法なら……!)
体の感覚を取り戻そうとするあまり、魔法の存在が頭からすっぽり抜けてしまっていたようだ。
しかし、魔力を流そうとするも、魔力そのものを感知することができない。
まるで意識だけが身体から切り離されてしまったよう。
「まあ! 本当に? ルシアン様が?」
そこへ、驚きが入り混じったエメラインの声が響く。
聞こえてきたのはクレイグではなく、まさかのルシアンの名前。
「私に会いたいと仰ってるの……?」
「ええ。追い返す必要はないわ。彼なら大丈夫よ。この部屋へお通しして!」
これはレストランのスタッフとの会話だろうか……。
「ああ……ルシアン様が私のものに。ようやくあの方が手に入るのね」
そして、うっとりとした声でエメラインは呟く。
「これで全部が私の思い通りだわ」
それからしばらくすると、エメラインの声が甘やかさを含んだものへ変化する。
「ようこそいらっしゃいました。私に会いに来てくださるなんて……嬉しい」
「私もルシアン様にお会いしたかった……」
「ええ。私もあなただけを愛しています」
ルシアンと愛を確かめ合うエメラインの声を、私は暗闇の中でじっと聞き続ける。
「きゃあっ!!」
その時、エメラインの悲鳴が響いた。
そして、そのまま彼女の声が途絶えてしまう。
何が起こったのかと警戒する私に、聞き慣れた彼の声が響く。
「リザちゃん!」
「助けにきたよ! お願い、目を覚まして!」
切羽詰まるルシアンの言葉に答えようと、私も声にならない声を張り上げる。
(ルシアン様! 『私』はここにいます! お願い……助けて!)
すると、これまで何も感じられず、何も映らなかった暗闇から光が溢れ出した。
「リザちゃん!!」
次に聞こえたルシアンの声は直接耳に響くもので……。
それだけではなく、これまで遮断されていた意識と感覚が全て繋がり、私はゆっくりと目を開けた。
「ルシアン様……」
「よかった! リザちゃん……無事で本当によかった!」
そう言って、ルシアンに抱きしめられる。
しかし、私の身体はガタガタと震え出す。
「私……真っ暗な中にずっと一人で……何も見えなくて、動けなくて……」
「うん」
「エメライン様の声しか聞こえなくて……」
「うん」
「怖かったです……」
そして、私の目からポロポロと涙が零れ落ちる。
意識が身体から切り離され、暗闇の中に残された恐怖が忘れられない。
そんな私をルシアンはさらに強く抱きしめた。
(温かい……)
元の身体に戻れたのだと実感し、ルシアンの胸に顔を埋めながら私は大きく息を吐きだした。
「遅くなってごめん」
「いえ、助けにきてくださってありがとうございます」
そこで、ようやく私は落ち着いて周囲を見渡すことができた。
広々とした室内には四人掛けのテーブルと椅子が置かれ、窓から見える木々は目隠しの役割を果たしている。
そんな窓の真下の床に、頭部を黒い靄で覆われた制服姿の女性が倒れていた。
「あれは……エメライン様ですか?」
「うん。僕の魔法で眠ってもらったんだ」
どうやら、クレイグと乱闘になった時のように、闇魔法を使ってエメラインを眠らせたらしい。
「ヘレナ先生の仮説通り、リザちゃんにかけられた闇魔法を僕が解除できてよかったよ」
闇魔法には互いの効果を打ち消す性質があるのだと、ルシアンはヘレナから教わっていた。
だから、あえて私に闇魔法をかけることで、私を助け出すことに成功したのだという。
「あ! だったらエメライン様も……」
私の言葉が終わるより先に、頭部を黒い靄で覆われたままエメラインがゆっくりと身体を起こす。
そして、あっと言う間に黒い靄はかき消え、エメラインの美しい顔が現れた。
だが、その表情はひどく歪んでいる。
「リザちゃんはここに居て」
ルシアンは幼子をあやすように私の背中を優しく撫でたあと、エメラインへ向き合う。
「ルシアン様……。どうして私にこのような仕打ちをなさるのです? どうして、あの女と抱き合っているのですか!?」
立ち上がり、激昂するエメラインに、ルシアンはゆっくりと近付いていく。
「どうしてって……わからないの?」
「だって、ルシアン様は私に会いにこられたのでしょう? ずっと会いたかったって……私だけを愛しているって……!」
「ああ、ごめんね。それ全部嘘なんだ」
ルシアンは柔和な笑みを浮かべ、悪びれることなく言い放つ。
「な、何を言って……?」
「だから、君に会いたいって言ったのも、君だけを愛してるって言ったのも、ぜーんぶ嘘ってこと」
「嘘……? そんな……。酷い……酷い!酷い! 私を騙すなんて……!」
「酷いのはどっちだよ」
抑揚のないルシアンの低い声が響く。
「僕の意思を奪って、僕の身体を好き放題に操ってたんだろ?」
「どうして、それを……」
「僕宛のプレゼントの中に、君と同じ香りのするハンカチがあることにリザちゃんが気づいたんだ」
ルシアンはどのように闇魔法をかけられ、操られていたのか……。
最初、私は焼き菓子の中に混入したのではないかと考えた。
しかし、ルシアンだけならともかく、毒見係が側に仕えるアシュトン第二王子の食事に仕込むのは、さすがに難しい。
そこで閃いたのが、エメラインが纏う甘い香り。
ルシアンに贈られた刺繍入りのハンカチからエメラインと同じ香りが漂い、エメラインと抱き合ったルシアンの服にも同じ香りが移っていた。
匂いなら目に見えず、時間が経てば証拠としても残らない。
これならば、ルシアンとアシュトンのどちらにも闇魔法をかけることが可能だろう。
ルシアンはさらに言葉を続ける。
「お人形遊びは楽しかった? ねぇ? 嘘の言葉で愛を囁かれて嬉しい?」
「違う! あれはルシアン様の言葉で……」
「僕の言葉じゃない」
「あなたが私に言ってくれた言葉よ!」
「君が言わせた言葉だ」
「でも……!」
「はっきり言わないとわからない?」
冷えた薄紫色の瞳がエメラインを見据える。
「お前、気持ち悪いよ」




