暗闇の中の絶望
読んでいただきありがとうございます。
※リザ視点に戻ります。
※話の区切りで少し短めです。
よろしくお願いいたします。
(ここは……?)
意識がゆっくりと浮上する。
しかし、なぜか私の視界は真っ暗なままで……。
(え?)
いや、視界だけじゃない。
何一つ音も聞こえず、匂いも無く、全ての感覚が遮断されていることに気がついた。
そんな中、自分の意識だけがぼんやりと存在していて……。
──怖い。
本能的な恐怖に襲われ、助けを求めようとするも、声すら出すことができない。
(誰かっ……!)
パニックに陥りかけた時、突然女性の声が響く。
「さあ、着いたわ」
しかし、彼女の声以外は何も聞こえない。
続いて記憶に新しい甘い香りが漂った。
(これってエメライン様の……)
そう。これはエメラインが纏っていた香り。
「リザさん。馬車から降りましょうね」
さらに聞こえてきた声の口振りで、声の主がエメラインであると確信を持つ。
ただ、エメラインの声と香り以外の情報が何も伝わってこない。
結局、私は為す術のないまま、甘い香りが漂う暗闇の中でエメラインの声を聞き続ける。
「どう? 素敵でしょう? ここは会員制のレストランなの」
「私についてきて」
「ほら、全ての部屋が個室になっているのよ」
エメラインの言葉を拾っていくと、どうやら馬車に乗せられた『私』は、会員制の個室レストランに連れて来られた……らしい。
自信が持てないのは、エメラインの声と香り以外の情報が一切入ってこないからだった。
(一体、どうなってるの……?)
自分の体がどのような状態になっているのかすらわからない。
「この椅子に座って。そのまま動かずに待っていてね」
そう言ったあと、エメラインの声が途絶えてしまう。
音も香りもなくなった暗闇に不安が押し寄せてくる。
(エメライン様はどうしたの? 待つって……いつまで待てば……)
しかし、しばらくすると再び彼女の声が響いた。
不安から解放された私は、いつの間にかエメラインの声に縋ってしまっていることを自覚する。
だけど、自覚したところでどうしようもなかった。
今の私にできることは、エメラインの声から情報を得て、少しでも自身の状況を知ることなのだから。
「じゃあ、ペンを持って、ここにリザさんの名前を署名して」
(署名……?)
私に名前を書かせて、エメラインは何をしようとしているのだろう。
そんな疑問は、続く彼女の言葉によって解消されることになる。
「あとはサーヴィス伯爵令息様に名前を書いてもらえば完成ね」
「今度は我が家が後ろ盾になるわ」
「よかったわね。リザさん。これであなたの婚約も元通りよ」
その言葉で、エメラインが私に何をさせ、何を狙っているのかを理解する。
(クレイグ様との再婚約……!)
私とクレイグの婚約は正式に解消されている。
ただし、我が国の法律で、婚約を解消した相手と再び婚約を結ぶことが一度だけ認められているのだ。
貴族の婚約は家同士で結ばれた契約。
しかし、実際には人と人が繋がるのだから、何らかの手違いや誤解で婚約が解消されてしまうこともあるだろう。
再婚約はそのための救済処置であった。
そのかわり、何度も再婚約を繰り返すことのないように一度だけ……つまり、再婚約をすれば解消も破棄も認められず、必ず婚姻しなければならない。
「もうすぐサーヴィス伯爵令息様がここへ来てくださるわ」
「ちゃんとリザさんから婚約をお願いするのよ?」
「ああ、そうだ。いっそのこと既成事実を作ってしまうのはどうかしら?」
まるで歌うような愉しげなエメラインの声が、私を絶望に突き落とすのだった。




