相応しい人②(Side.エメライン)
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(王妃……管理……)
それはつまり、凡庸なアシュトンを私が管理し、王位継承権をひっくり返し、王妃の座を手に入れろという意味。
しかし、いくら父が野心を抱いても、アシュトン自身にその気が無ければただの夢物語である。
それとも、王位を狙うようアシュトンを唆し、焚き付けろとでもいうのだろうか。
すると、父は内ポケットからおもむろに青の香水瓶を取り出すと、それをテーブルの上に置く。
「これは叔父上の研究成果の一部だ」
そして、父が語ったのは父の叔父……モーリス・ビークロフトの話。
モーリスは天才と呼ばれるほど知能は高いが偏屈な性格で、トラブルばかり起こして周囲から浮いていた。
そんなモーリスは学園の高等部を卒業すると、病気を理由に領地で静養することになる。
それから数十年の時が流れ、ビークロフト侯爵家当主だった祖父が病で帰らぬ人となり、父が新たな当主として家督を継いだ。
その時、初めて父は叔父モーリスの存在を知ったという。
祖父の葬儀のためモーリスへ手紙を送るも返事はなく、父は領地の片隅に用意されたモーリスの屋敷を訪ねる。
そこでモーリスが領地に押し込められている本当の理由を知った。
彼は古代魔法に傾倒し、禁術と呼ばれる魔法を復活させようと金と時間をひたすら研究に注いでいたのだ。
祖父は弟であるモーリスの思想を危険視するとともに、自己顕示欲のないタイプの天才であると見抜いていた。
いつかモーリスの研究が何かの役に立つかもしれない……。
そう考えた祖父は研究場所と資金の提供を条件に、この領地にモーリスを閉じ込め、世間の目から隠すことを選んだ。
「この香水は闇魔法を閉じ込めた魔石を原料に作られている」
「闇魔法……?」
「ああ。すでに失われたはずの禁術が、この香水を使うことで再現できるんだ」
闇魔法とは他者を意のままに操る精神干渉魔法。
ただし、相手を操るには段階を踏む必要があるのだという。
「エメラインへ贈った赤の香水があるだろう? あれは対象者に『主』が誰であるのかを理解させるものだ。それが第一段階」
父の説明によると、赤の瓶に入った香水の香りを誰が纏っているのかを対象者に認識させる必要があるという。
「つまり、赤の香水が『私の香り』だと相手が認識した時点で第一段階は終わっていると……?」
「ああ。そういうことだ」
ゾクリと背筋に冷たいものが走る。
『アシュトン殿下は何か言っていたか?』
『甘くてとてもいい香りだと仰っていました』
そして、先ほどの会話の意味を理解した。
私の預かり知らぬところで、すでにアシュトンは闇魔法の第一段階を終えているということ。
「そのような真似……! 露見すれば反逆罪に問われてしまいます!」
「露見しなければいい」
父はあっさりと言い放つ。
「実際に、第一段階は何の問題もなく終えているじゃないか」
「でも……!」
「お前はこのまま一生あの無能を支え続けるつもりなのか?」
「…………」
アシュトンの顔が脳裏に浮かぶ。
私は婚約者だという理由で、アシュトンの補佐を当たり前のように求められてきた。
しかし、実際には私自身の努力や能力が搾取されているように感じていたのだ。
今だって、王族だからという理由だけで生徒会長に就任した彼を私が影で支え続けている。
せめて、アシュトンが支えるに足る人物だったなら私も納得することができただろう。
それに、好意を持てない相手の機嫌を取り続けることも苦痛でしかなかった。
(これが一生続く……?)
その事実を今さらながら父に突きつけられる。
「次にこの香水を使えば、アシュトン殿下はお前の意のままだ」
そう言って、父はテーブルの上に置かれた青の香水瓶を手に取り、私に向かって差し出す。
(これを使えば、私は……)
そして、私は震える手を伸ばしたのだった。
◇◇◇◇◇◇
「アシュトン様。煩いわ。私が許可を出すまで喋らないで」
「ああ。わかったよ。エメライン」
私が命じると、アシュトンは恍惚の笑みを浮かべたまま従う。
私が青の香水瓶を手に取ってから二ヶ月が経過した。
青の香水は、その香りで対象者を眠らせることができるもの。
そして意識を失わせた状態で『主』である私が対象者に命令を下す。
ただ、どこでアシュトンを眠らせるのかが問題で、考えた結果、あえて人目のある学園の中庭を選んだ。
私は刺繍を施したハンカチに青の香水を染み込ませ、それをアシュトンへプレゼントする。
受け取ったアシュトンは私にお礼の言葉を伝え……しばらくすると目を擦りながら彼の瞼が閉じられていく。
『ふふっ。アシュトン様ったら、こんな場所で眠ってしまわれるなんて』
そう言って、眠るアシュトンを私が膝枕すると、周囲は簡単に騙されてくれた。
側に控えていた護衛が少し慌てていたが、私の膝で幸せそうに眠るアシュトンの顔を確認すると、そのまま定位置に戻っていく。
それからも青の香水をアシュトンに数回使用し、似たようなことを繰り返すと、やがて眠らせることなく私の命令に従うようになった。
──今のアシュトンは私の言葉一つで動くお人形だ。
私が命じれば、アシュトンは何だってやるだろう。
それこそ誰かを殺めることだって……。
私の中に蓄積されていた鬱憤や不満が嘘のように無くなっていく。
その代わりに湧き上がるのは、王族を支配し、意のままに操れるという征服感と優越感。
──ただ、この時の私は、なぜ闇魔法が禁術と呼ばれているのか……その本当の理由に気づいていなかった。
(あれは……?)
アシュトンを連れて学園の廊下を歩いていると、何やら複数の甲高い声が聞こえてくる。
声の方に視線を向けると、ルシアンが女生徒たちに囲まれ、楽しげに会話をしている姿が見えた。
私はアシュトンに一人で先に行くよう命じ、こっそりとルシアンたちの会話を盗み聞きする。
どうやらルシアンへプレゼントを渡した令嬢が婚約者と揉めたらしく、これからは専用のロッカーへ入れるというルールが課されたようだ。
(プレゼント……)
そこで思い出したのは、アシュトンを眠らせた刺繍入りのハンカチ。
(彼にあのハンカチを贈れば……)
以前、ルシアンと廊下でぶつかりかけた時、彼は私が纏った赤の香水の香りを認識している。
つまり、アシュトンのように、今度は美しいルシアンを意のままに操ることができるのだ。
そこまで考えてハッとした。
(私、なんてことを……)
当たり前のように人を操ろうとしていた自分に驚く。
だけど、止まらない。
自分で自分の欲望が止められない。
止め方がわからない。
ただ、溢れ出る欲望がルシアンを渇望し、頭の中で彼を手に入れるための算段が立てられていく。
その結果、私は青の香水を刺繍入りのハンカチに染み込ませ、裏庭へ来るようメッセージカードを添え、ルシアン専用のロッカーに入れる。
すると、私の目論見通りに催眠状態のルシアンが裏庭に現れた。
「ルシアン様……!」
彼は私の望む通りに愛の言葉を囁き、私の望む通りに振る舞った。
(ああ、これであなたも私のもの……!)
薄紫色の瞳を見つめながら、誰もが見惚れる美貌の令息を独り占めしているという仄暗い愉悦に浸る。
しかし、予期せぬトラブルが起こった。
青の香水を数回使用すれば、やがて眠らせることなく私の命令に従うようになるはずで……。
それなのに、何度青の香水を使用してもルシアンを完全に操ることはできなかったのだ。
(どうして……?)
理由はわからない。
だからといって、父に相談することもできなかい。
香水をルシアンに使用していることは父にも秘密だったからだ。
そのうち青の香水を染み込ませたハンカチを贈っても、ルシアンは裏庭に現れなくなってしまう。
(まさか、香水の効果が切れてしまった?)
染み込ませる青の香水の量を増やすが、数ヶ月もすると、やはり効果が薄れてきてしまう。
じわじわと焦る感情だけが募っていく。
そんなタイミングで一人の令嬢がルシアンに近付いた。
リザ・アビントン男爵令嬢。
なぜかルシアンは彼女の名を呼び、笑顔を向け、親しげに会話をする。
(………は?)
許せなかった。
だって、ルシアンは私のものなのだから。
それを奪おうとするなんて、決して許されるはずがない。
許せない。許せない。許せない……。
心の中が憎悪で埋め尽くされていく。
(やめて!!)
頭の中で助けを求める声が響いた。
だけど、私の右手は赤の香水瓶に手を伸ばし、甘い香りが自身の体を包むと、やがて声は消えてしまう。
(邪魔者は排除しなきゃ……)
そして、私の中には憎悪だけが残るのだった。
次回はリザ視点に戻ります。
よろしくお願いします。




