相応しい人①(Side.エメライン)
読んでいただきありがとうございます。
※今話はエメライン視点となります。
よろしくお願いいたします。
「エメライン。お前はいずれ王子妃となる人間だ」
「はい。お父様」
父から何度も繰り返された言葉。
物心がつく頃から、私は王子妃になることがいかに素晴らしいのかを言い聞かされて育った。
その期待に応えるべく私は努力を重ね、高水準の知識と教養を身につけ、『完璧な令嬢』と呼ばれるまでになる。
そして、私の努力と能力は正当に評価され、私はアシュトン第二王子の婚約者に選ばれたのだ。
王立ザーライド学園の中等部に入学した私は生徒会役員になり、会長であるアシュトンを補佐することで自身の献身と優秀さを周囲にアピールする。
さらに、休み時間はアシュトンとの仲睦まじい姿を披露し、婚約関係が良好であることを周りに示した。
そのおかげで私の評価はさらに上昇し、理想の婚約者であり未来の王子妃として申し分ないとの声が上がる。
だが、私の心には苛立ちが募っていた。
(相変わらず冴えない顔ね)
私の隣で微笑むアシュトンの頬に散ったソバカスを見つめ、心の内で溜息を吐く。
アシュトンの容姿は地味でパッとせず、性格は温厚で真面目で、勤勉ではあるものの成績は平均レベル。
そうかと思えば、やたら植物学に造詣が深く、会話の八割は植物関連の話である。
先日の私の誕生日にアシュトンから贈られたのは、隣国で発見されたばかりの新種の花。
鉢植えに入った雑草と見まごう緑の葉っぱに、小指の爪程度の小さな白い花が咲いていた。
『まあ! 貴重なものをありがとうございます!』
感激したかのような表情を作り、アシュトンから鉢植えを受け取る私。
たしかに貴重で珍しい花なのだろう。
しかし、私に相応しいとは到底思えない。
王子妃は令嬢たちの憧れであり、幸福の象徴なのだと幼い頃から言い聞かされてきた。
私自身、同世代の令嬢たちの誰よりも努力し、誰よりも優秀であると自負している。
そんな最上級の私が、どうして凡庸な男の隣に立たねばならないのか。
(はぁ……)
今日も隣で食虫植物の話を力説しているアシュトン。
彼の趣味に合わせて私も植物学の知識を増やすべく図鑑や辞典も取り寄せた。
だけど、どうにも心が動かない。
そんな鬱々とした気持ちを抱えながら学園生活を送っていたある日の放課後。
授業が長引き、私は急いで生徒会室へ向かっていた……その時。
「わっ!」
「きゃっ!」
廊下を曲がるタイミングで、勢いよく男子生徒が飛び出してきたのだ。
その拍子に私はバランスを崩して尻餅をついてしまう。
(ちょっと!!)
痛みと腹立たしさで顔を上げると、薄紫色の瞳と目が合った。
途端に呼吸すら忘れ、私は目の前の彼の顔に見惚れてしまう。
「ごめんね! 怪我はない?」
「は、はい……」
差し出された彼の手にそろりと触れると、力強く掴まれ、そのまま引っ張り上げられる。
そして、美しい顔が目前に迫り、私の心臓がドキリと跳ねた。
「あれ? なんだか甘い香りがする……」
「あ……。私の香水だと……」
「へぇ。いい香りだね」
彼はにっこり笑うと、立ち上がった私の手をパッと離し、今度は私が落としてしまった資料の束を拾う。
「これって……君が書いたの?」
「はい」
彼が目を通しているのは、生徒会の会議議事録である。
勝手に見られては困るのだが……。
「すごいね! 僕、こんなにたくさん文字を書いたら途中で倒れちゃうよ」
屈託ない笑顔を向けられ、私は何一つ言えずにルシアンから議事録を受け取る。
「生徒会役員は大変だね。それじゃあ、ほんとにごめんね!」
そして、美しい彼は去っていった。
その姿が見えなくなると、私は大きく息を吐き出す。
(彼が……ルシアン・ランプリング侯爵令息)
噂には聞いたことがあった。
生まれつき魔力を持たず、他に秀でた能力も無く、向上心すら持たない『顔だけ令息』だと。
きっと、私とは縁のない人種だ。
そのはずなのに……。
たった数分の他愛もないやり取りが鮮烈に胸に残っている。
この日の出来事をきっかに、気がつけばルシアンのことばかり考えてしまうようになった。
もしかしたら、学園のどこかで彼とまた遭遇するかもしれない。
私の姿を見かけたら、ルシアンのほうから声を掛けてくるかもしれない。
そうしたら、どんな態度を取ればいいのかしら……。
なぜかふわふわとした心地で、彼とのアレコレを頭の中に思い描く。
そんなある日、私は父から執務室へ呼び出された。
「お呼びでしょうか?」
父は私にソファへ座るよう促すと、自身もテーブルを挟んで向かいへと座る。
そのタイミングでメイドが紅茶を運んできたが、すぐに退室し、室内には父と私の二人きりとなる。
「いくつか聞きたいことがあってな……。誕生日に贈った香水はどうだ? 気に入ったか?」
「ええ。もちろん毎日つけております」
私の誕生日に父から贈られたのは赤色の瓶に入った香水。
私のために特別に調合されたものらしく、少々香りが甘過ぎるものの、父の言いつけ通り香水をつけて学園に通っていた。
「アシュトン殿下は何か言っていたか?」
「甘くてとてもいい香りだと仰っていました」
その時、頭の片隅にルシアンの顔が浮かぶ。
彼も「いい香りだね」と褒めてくれたからだ。
「そうか……」
私の返答を聞いた父は、ニヤリと唇の端を吊り上げる。
「エメライン。お前から見て、あの第二王子はどう思う?」
「どう……と、言われましても」
「王位に相応しい人物だと思うか?」
父の質問に困惑するも、その感情を表に出すことなく、私は当たり前のように返事をする。
「すでにユリシーズ第一王子殿下の立太子は済んでおります」
そう。アシュトンは第二王子で、王位継承権を持ってはいるが、すでに次期国王は第一王子に内定している。
父は私を第一王子の婚約者に推していたそうだが、年齢的な問題もあり、それは叶わなかった。
「私が聞いているのは、お前の婚約者であるアシュトン第二王子のことだ」
「…………」
どうやら答えるまで父は逃してくれそうにない。
「彼は……アシュトン殿下は王の器ではないと思います……」
「ああ。そうだろうな。だが、エメライン。お前はどうだ?」
「え?」
「私は、お前こそがこの国の王妃に相応しいと思っている」
一体、父は何を言っているのだろう。
「王族の血を継ぐ者が必ずしも優秀だとは限らない。ならば、優秀な者が管理してやればいい。そうは思わないか?」




