波乱
一週間後、正式に私とクレイグの婚約が解消されたと父から手紙が届く。
その手紙には、クレイグとの婚約解消を惜しむ言葉と、卒業までに何とか次の婚約者を学園で見つけろという内容が筆圧強めで書かれていた。
私はホッと息を吐き、ようやく重い荷物を下ろせた心地になる。
実は、この一週間は学園を休み、私は王城魔法研究所の宿舎に身を寄せていた。
理由は、クレイグがまた私に復縁を迫るかもしれないから。
なぜか私と想い合っていると思い込み、ルシアンに暴力まで振るったクレイグ。
運よくルシアンの闇魔法が発動し、軽い怪我で済んだものの、馬乗りになって首を絞めるだなんて常軌を逸している。
次は私が彼に暴力を振るわれるかもしれない。
だから、正式に婚約が解消されるまで顔を合わせないほうがいいと、ルシアンに強く言われてしまった。
すると、ルシアンの意見に賛同したヘレナが宿舎の手配をし、ついでに王城魔法研究所内の見学の許可まで取ってくれたのだ。
本当にヘレナには頭が上がらない。
(ちょっと休み過ぎたかもしれないけど)
先日、熱を出して休んだばかりなのに、さらに一週間の欠席。
仕方がないとはいえ、ほんのり罪悪感が湧き上がる。
(でも、王城魔法研究所は最高だった……!)
研究所内の見学だけでなく、実際に研究員と意見を交わし、さらに貴重な資料まで見せてもらえたのだ。
正直なところ、学園に通うより有意義な時間を過ごしたと私は思っている。
そんなことを考えながら寮を出ると、大きな声で名前を呼ばれた。
「リザちゃーん!」
「ルシアン様!?」
驚く私に向かって、ルシアンが満面の笑みで手を振りながら駆け寄ってくる。
「おはよう!」
「お、おはようございます。どうしてここに……?」
戸惑う私にルシアンは近づき、耳元でそっと囁く。
「クレイグが待ち伏せしているかもしれないでしょ?」
「あ……」
慌ててキョロキョロと辺りを伺うも、クレイグの姿は見当たらない。
婚約が解消されたのだから、さすがに諦めるだろうとは思うのだが……。
「まあ、それは口実で僕がリザちゃんに会いたかっただけなんだけどね」
そう言って、ルシアンは少し照れたように笑う。
(うっ……!)
あまりに真っ直ぐなルシアンの口説き文句と笑顔が胸に刺さり、私の心臓はバクバクとうるさいくらいに音を立て始める。
だが、私は彼に言わなければならない言葉があった。
「あ、あの……すみませんでした」
「え?」
「結局、またルシアン様の気持ちを疑ってしまって……」
一度目はルシアンから好きだと告白された時。
二度目はエメラインとの逢瀬を目撃した時。
しかも、二度目はルシアンの話もまともに聞かず、彼を傷つけてしまった。
そのことをきちんと謝りたかったのだ。
「いや、さすがに抱き合ってるところを見たら……ね? それは仕方がないと思うよ」
「でも……!」
ルシアンは困ったように眉を下げるだけで、私を責めようとはしなかった。
きっと私の態度に傷ついたはずなのに……。
「僕、好きな子は甘やかしたくなるんだよね。だからもうリザちゃんは気にしないで」
そしてまたルシアンは微笑む。
(ああ、敵わない)
私に疑われ、傷ついても、クレイグの前に飛び出して私を逃がそうとしてくれた。
負けるとわかっていても、臆することなく私を庇って闘ってくれた。
そして、今も私に罪悪感を抱かせないために笑ってくれている。
(この人のどこが『顔だけ令息』なんだろう……)
彼の優しさにも、強さにも、私は何一つ敵わないのに。
「さあ、そろそろ行かないと遅刻しちゃう」
そう言って差し出されたルシアンの手を、私は迷うことなくしっかりと掴む。
(今度は私が……)
こうして、波乱の一日が始まった。
◇
放課後、私は裏庭……ではなく、珍しく中庭でルシアンと落ち合う。
並んでベンチに座っているだけなのに、周囲からの視線が凄まじい。
しかし、ルシアンは慣れっこなのか、全く気にする素振りもなく話を切り出した。
「どう? クレイグに会わなかった?」
「はい。ルシアン様は?」
「僕にも接触はなかったよ」
そして、お互い安堵の息を吐き出す。
私と違って休むことなく登校を続けていたルシアンは、今日を含めてクレイグからの接触はなかったという。
さらに、闇魔法によって操られる……一部の記憶が抜け落ち、裏庭で目覚めることもなかったそうだ。
その時、ルシアンの名を呼ぶ声が背後から聞こえてきた。
振り返ると、男性教諭二人がこちらを指差しながら慌てた様子で駆け寄ってくる。
一人はルシアンのクラス担任で、もう一人は学年主任を務めており、学園長からの呼び出しをルシアンに伝えにきたのだという。
「なんで!?」
突然の出来事に狼狽えるルシアン。
「何か呼び出される心当たりでもあるんですか?」
「いや、授業をサボったりはしているけど、カンニングも窃盗だってやってないし……心当たりはないかなぁ」
「授業をサボり過ぎたのが原因なんじゃ……?」
「ええ!? 今さら!?」
これまでルシアンはどれだけ授業をサボっていたのだろうか……。
理由はわからないが、学園長の呼び出しを無視するわけにもいかず、ルシアンは教師二人に連行され学園長室に向かうことになってしまった。
「リザちゃん、一人で大丈夫?」
「心配しないでください。これから寮に戻りますから」
自分のことより私を心配するルシアンを安心させるように笑いかける。
こうして私は一人で寮へ帰ることになった。
いつものように寮へ続く渡り廊下に差しかかると、エメラインの待ち伏せを思い出し、身体に力が入ってしまう。
しかし、渡り廊下には誰の姿もなく、問題なく私は寮へ辿り着いた。
そして、自室に入るとドアポストに一通の封書が届いていることに気がつく。
(招待状?)
クレイグのせいで親しい友人を作れなかった私は、お茶会に誘われること事態が稀だった。
(一体誰から?)
封を切り、中からメッセージカードを取り出すと、むせ返るような甘い香りが広がる。
途端に猛烈な眠気が襲いかかってきた。
「あ……」
朦朧とする意識の中、メッセージカードに書かれた文字だけが頭に焼き付く。
『このメッセージカードを持って一人で裏門へ』
そのまま私の意識は闇へ落ちていくのだった。




