辿り着いた仮説
「僕が闇魔法を……?」
呆然と呟くルシアン。
「でも、僕は確かに『魔力無し』で、魔力量判定審査を二度も受けて……」
一度目の結果に納得できず、一度目とは別の魔導具を使用して二度目の審査をするも、やはり結果は『魔力無し』だったのだとルシアンは訴える。
「だったら、間違いなくルシアンは『魔力無し』だったんだろう。その時は」
「それって、後から魔力持ちに変化したということですか?」
今度は私がヘレナに問いかける。
しかし、そんな話はこれまで聞いたことがなかった。
「まずは魔力の有無について説明しよう。ちょうど専門の研究員から話を聞いてきたところだ。まあ、そいつは『魔力譲渡』について研究しているんだが……」
以前、私の論文のために話を聞いておくと言っていた魔法開発課の研究員のことだろう。
ヘレナは判定機を棚に戻すと、今度はキッチンから二つのグラスを取り、それをテーブルの上に置く。
そして、これはまだ論文として正式に発表されていない内容だと前置きをしてから話始める。
「魔法を使える者は生まれつき二つの素質を持っている。一つは『魔力』で、もう一つが体内に魔力を留めるための『器』だ」
そう言って、ヘレナはテーブルの上に置かれた右側のグラスに魔法で水を注いだ。
「グラスが器、水が魔力だと思ってくれ。このような状態が『魔法が使える』ということなんだ」
次にヘレナは左側のグラスに手を伸ばす。
「そして、『魔力無し』と呼ばれる者にも二つのタイプが存在する。魔力と器を『どちらも持たない者』と『器だけを持つ者』だ」
そう言って、ヘレナは左側の空のグラスを指で軽く弾いた。
「魔力の有無は遺伝で決まるという説は概ね正しいのだろうと私も思っている。そう考えると、ルシアンの家系的にも今回の件についても、ルシアンは魔力を溜める『器』のみを持つ『魔力無し』であると仮定できる」
「じゃあ、ルシアン様は何者かに闇魔法を譲渡されたということですか?」
「ああ。それならば魔力無しと判定されたルシアンが、なぜか闇魔法を扱えることの説明がつく」
ヘレナは右側のグラスに入った水の一部を魔法で持ち上げ、左側の空のグラスへ注いだ。
「ただ、どこの誰がどのようにして魔力を譲渡したのかがわからない」
ヘレナが話を聞いた研究員いわく、理論上は魔力の譲渡が可能であるとしながらも、その方法はまだ確立されていないのだという。
「でも、これで闇魔法の遣い手が存在するってはっきりしましたよね?」
ルシアンに魔力を譲渡した人物こそが闇魔法の遣い手。
これは第二王子が闇魔法で操られているという証明に一歩近付いたと言えるのではないか。
しかし、ヘレナは再び眉間にシワを寄せ、難しい顔になる。
「いや……。闇魔法の遣い手は限られた一族内でわずかにしか生まれなかった。それほど希少で遺伝性の強い魔力なんだ。そして、その一族の血統もすでに途絶えてしまっている」
「イレギュラーとして生まれたとか……」
「もちろんその可能性もあるが、ルシアンへの魔力譲渡に関してはまだ何とも言えない。ただ、第二王子に関しては魔導具のようなものを使用したんじゃないかと考えている」
「魔導具……?」
「常に人の目に晒される王族に一度ならず何度も繰り返し闇魔法をかけるというのはなかなか難しい。それこそ身内でない限りは……」
たしかに、ルシアンの使った闇魔法は黒い靄が発生していた。
複数人の護衛が側にぴったりと張り付いている状況で、黒い靄を何度も第二王子に向けて放つのはさすがに無理があるだろう。
そこでヘレナが思いついたのが、闇魔法を魔石に閉じ込め、その魔石を使用した魔導具による犯行。
「そんなことが可能なのですか……?」
「ああ。実際に魔石に閉じ込めることで後世に残された古代魔法も、それを使用した魔導具も存在す……」
途中で言葉を止めたヘレナは、なぜか後ろを振り返り、ソファの背後へ視線を向けた。
「ヘレナ先生……?」
「すまない。今の話は口外しないでもらえると助かる」
「わかりました」
それから私とヘレナは様々なことを話し合った。
周囲にバレずに魔導具を持ち込み、第二王子へ使用するとして、どのような形であれば可能なのかということ。
それはルシアンに対しても同じことで、ルシアンの場合は彼に魔力を譲渡した方法も含めて意見を交わす。
約一時間程の意見交換ののち、ルシアンがゆっくりと右手を挙げた。
「ごめん。難しくて全然話についていけない」
「あ……。すみません!」
私とヘレナは似たタイプで、思いついたことをガンガン口に出して討論していく。
しかも、話題があちこちに飛んでいき、専門的な用語も入り乱れ、ルシアンはすっかり置いてけぼりになっていたのだ。
「まず、魔力譲渡に関しては専門の研究員に相談をすることになりました。ですので、ルシアン様には王城魔法研究所へ向かってもらいます。今から」
「今から!?」
「ランプリング侯爵家には私から使いを出しておこう」
ヘレナの提案にルシアンは静かに首を横に振る。
「父にはまだ内密にしててほしいかな。それに、僕の帰りが遅くなっても誰も気にしないから大丈夫」
「……わかった」
何かを察知したのだろう。
ヘレナはルシアンの返事をあっさり受け入れ、それ以上追及するようなことはなかった。
「あとは、どのようにしてルシアン様へ闇魔法をかけたのか……その方法を調べなくちゃいけません」
おそらく、ルシアンと第二王子を操った手段は同じだろうというのが私とヘレナの出した結論。
必ず二人に共通点があるはずだ。
「何か眠らされる前の出来事に心当たりはありませんか? 誰かに会ったりとか、妙な魔導具を渡されたとか」
「うーん……。心当たりはないかなぁ」
「魔導具じゃなくても薬のようなものを飲まされたとか」
「ああ、そういえば……ロッカーに寄ったかな? うん。そうだ。ロッカーの中身を確認したあとに眠っちゃうことが多いかも。この前もそうだったし」
「ロッカー?」
不思議がるヘレナに、ルシアン宛の贈り物を入れる専用ロッカーの存在を説明する。
途端に呆れた表情になるヘレナ。
「ロッカーの中身はいつ確認しているんですか?」
「一週間に一回。決まった曜日の放課後に取りにいってるよ。そのことはみんなも知ってると思うけど」
みんなとはルシアンを慕う令嬢たちのこと。
菓子類をプレゼントされることが多いため、ロッカーに長期間入れっぱなしで傷んでしまわないよう確認日を周知しているらしい。
(もしかしてプレゼントの中に……?)
ルシアン宛のプレゼントは全て無記名。
しかも、ルシアンは警戒もせずに受け取っている。
以前、見せてもらった大量のプレゼントの中身を私は必死に思い出す。
(たしかルシアン様はカップケーキを食べていて……)
続けて頭の中に浮かぶのはラッピングされたマドレーヌにジャムサンドクッキー、紫の宝石をあしらったカフリンクスにシンプルなシルバーのブローチ、香水が染み込んだ刺繍入りハンカチと……。
(あっ……!)
その時、不意に記憶がフラッシュバックした。
エメラインに待ち伏せされた時、彼女に耳元で囁かれた時、エメラインとの逢瀬を終えたあとのルシアン……。
それらの記憶を手繰り寄せ、感覚を研ぎ澄ませると、贈り物の一つがエメラインと繋がる。
(これを使えば周囲にもバレない……)
こうして私は一つの仮説へ辿り着くのだった。




