魔力無し
「ヘレナ先生も私の見間違えだって言いたいんですか?」
「そうじゃない。そうじゃないんだが……」
珍しく歯切れの悪いヘレナの回答。
眉間にシワを寄せ、何事かを考えているようだったが、やがて意を決したように彼女は口を開いた。
「表沙汰にできない話になるが、闇魔法をかけられた可能性のある人物がいてな……。その調査を任されているんだ」
「え……?」
「もちろん、闇魔法はすでに遣い手のいない過去の遺物。だが、どうにも闇魔法でしか説明のつかない状態なんだ」
「つまり、誰かに操られているということですか?」
「ああ。私はそう判断している。しかし、証拠も無く、正直なところ手詰まり状態でな。ルシアンの黒い靄の話が何かヒントになればいいと思ったんだが……」
わざわざクレイグの状態を確かめに行ったりと、ヘレナが積極的に動いていた理由を知る。
「闇魔法をかけられた人物って、もしかしてアシュトン第二王子殿下ですか?」
先ほどのヘレナの焦り具合と、思わず呼び捨てされた名前。
そして、エメラインを警戒する発言によって導き出された答えがそれだった。
「…………」
訪れた沈黙は無言という名の肯定。
(第二王子殿下を操るって)
現在、我が国の第一王子が王太子に任命されている。
つまり、王位継承権を持ち、未来の王弟となる人物が何者かによって操られているということ。
しかも、その証拠がない状況。
思った以上に規模の大きな事件に、私は背中にじっとりと嫌な汗をかく。
それと同時に、古代魔法を研究しているとはいえ、王城魔法研究所の一職員であるヘレナが、その調査を任されていることにも驚いた。
(ヘレナ先生って一体……?)
学園の講師として出向しているのに、講師として全く仕事をしていないのはサボっているからだと思っていたが……。
もしかしたら何か事情があるのかもしれない。
「巻き込んでしまう形になるが、協力してくれると助かる」
頭を下げるヘレナ。
それに答えたのはルシアンだった。
「リザちゃんの誤解が解けるなら僕からもお願いしたいくらいです!」
その言葉に私はハッとする。
(もし、ルシアン様の行動に闇魔法が関わっていたのだとしたら……。私への言葉は全て本物だと証明されるのかもしれない?)
なんと諦めが悪く、浅ましい考えなのだろう。
自分で自分にがっかりしてしまう。
だけど、それが私の本音であるのことも確かだった。
「ありがとう。さっそくだが確認させてくれ。これまで記憶にない言動を誰かに指摘されたことはあるか?」
ヘレナはルシアンに詳しい事情を聴き始める。
「んー……。それは今回が初めてかなぁ。いつも目覚めるのが裏庭だから誰にも気づかれていないのかもしれないけど」
「たしかに裏庭はあまり人が近付かないからな」
今度は私に向けてヘレナが質問をする。
「リザはどうして裏庭へ?」
「実は……」
そこで私はこれまでエメラインに二度も待ち伏せされたこと、ルシアンの愛する人が知りたければ裏庭へ行くよう指示されたことを説明した。
「ビークロフト侯爵令嬢が……」
そのまま黙り込むヘレナ。
「エメライン様を疑ってらっしゃるんですか?」
「まあ、正直なところ怪しいとは思っている。だが、証拠が無いことには何も言えないからな」
たしかに、ルシアンとの逢瀬を目撃したことも含め、私の証言だけでは証拠として弱すぎる。
(でも、無関係とは思えない……)
そんな私の感情を見透かしたかのように、ヘレナが色眼鏡越しに私へ視線を向けた。
「誰が犯人かは今は考えなくていい」
「わかりました……」
そして、仕切り直すようにヘレナは質問を再開する。
「それで、ビークロフト侯爵令嬢と抱き合ったルシアンはどんな様子だった?」
「その……私と一緒にいる時のルシアン様とは全然違っていて、甘い言葉をエメライン様に贈っていました」
「甘い言葉?」
「ええっと……『僕の愛しい人』とか『その美しい瞳に僕だけを映して』とか」
「待って待って待って!!」
そこへルシアンが割り込んできた
「それ、僕が言ったの!? そんな恥ずかしいセリフを!? 本当に!?」
「はい……」
「何それ!? ゾワゾワする!!」
両腕をクロスさせ、自分で自分の身体を抱きしめながらルシアンが騒ぎ出す。
「たしかに、まるで歌劇のようなセリフだな」
私はエメラインが特別だからこそ、いつものルシアンとは全く違う顔を彼女にだけ見せているのだと思っていた。
だが、どうやら二人の見解は違うらしい。
「記憶にないのが本当にヤダ! 僕はそんなキザなセリフ絶対に言わないから! キャラじゃないし!」
「そうなんですか? すごく様になっていましたけど」
「たしかに好きな子の前では格好つけたくなるよ? でも、大切な言葉はちゃんと自分の言葉で伝えるから!」
そう言ったあと、ルシアンは大きな溜息を吐く。
「はぁ……。僕の気持ちが目に見えたらなぁ。そうしたら、僕がどれだけリザちゃんのことが好きかわかってもらえるのに」
私は思わず赤面してしまい、何と言葉を返したらいいのかわからない。
「ルシアンの反応を見るかぎり、リザが目撃した裏庭での一連の行動をルシアンは覚えていないようだな」
「それじゃあ、ルシアン様は闇魔法で眠らされ、その間に操られていたってことですか?」
自分で口にしながら、ふと違和感を覚えた。
「あれ……? でも、それじゃあクレイグ様が眠ってしまったことの説明がつかないんじゃ……」
そう。ヘレナの言葉通りなら、ルシアンは闇魔法をかけられた側になる。
しかし、私がつい一時間程前に見た光景では、ルシアンがクレイグに黒い靄を放って眠らせていた。
「その辺りを今からはっきりさせようじゃないか」
そう言って、ヘレナは備品室の棚から一つの魔導具を取り出し、それをテーブルの上に置く。
「これって属性判定審査の……?」
テーブルの上に置かれた魔導具は、いつぞやの配達員から受け取った属性判定審査に使用される判定機であった。
「ああ。ただし、五大属性以外の魔法にも反応するよう改良したものだ。これがあれば属性と魔力の有無を同時に知ることが出来る」
本来ならば『魔力量判定審査』によって魔力を持つと判定された者だけが『属性判定審査』を受けることになる。
現に、ルシアンは『属性判定審査』に呼ばれなかったと言っていた。
「台座の魔石に魔力を流し込むんだっけ?」
「そうだ」
「僕、魔力が無いんだけど、どうやれば……?」
「これは闇魔法を扱う者を炙り出すために作らせたものだ。魔石に手を触れれば勝手に魔力を吸収して反応を起こす」
「へぇ……」
ルシアンは感心したような声を出しながら、そっと台座の魔石に右手で触れる。
「うわっ! なんかビリッて……!」
驚くような声とともに、判定機の球体内が黒一色に染まっていく。
「これって……」
五大属性を全て持つ私が見たことのない判定色。
「ああ。ルシアンの魔法属性は『闇』だ……」
それはつまり、彼が『魔力無し』ではないことを証明していた。




