黒い靄の正体は……?
読んでいただきありがとうございます。
※リザ視点に戻ります。
よろしくお願いいたします。
「なるほど。それで慌てて備品室へ駆け込んできたというわけか」
謎の黒い靄によって眠らされたクレイグをとりあえず放置し、私とルシアンはダッシュで裏庭から離れる。
そして、向かった先が古代魔法研究部の備品室で、居合わせたヘレナに事情を説明しているという訳だった。
「ヘレナ先生は相手を眠らせる魔法について何かご存知ですか? 魔力の無いルシアン様の右手から放たれたもので、もしかしたら魔法じゃない可能性もあって、それで、それで……」
「まあ、落ち着け」
定位置に座ったヘレナに興奮気味に疑問をぶつけるも、待ったがかけられる。
「疑問を混ぜるな。一つずつ解消していかないと後で困ることになる」
「はい……。すみません」
ヘレナの言葉でようやく私の頭が冷える。
「まず、相手を眠らせる魔法について。もう一つが『魔力無し』のルシアンが魔法を使えるかもしれない点について。現時点で、この二つの検証が即可能だな」
そう言って、ヘレナはソファから立ち上がった。
「そもそも本当に眠っているのか? サーヴィス伯爵令息がどのような状態なのかを直接確認したい」
「え?」
不可解な魔法に興味を持ったのか、珍しく熱心なヘレナの様子に驚く。
本音を言えば、このタイミングで再びクレイグと顔を合わせることに拒否感はあった。
だが、私も黒い靄の正体が気になるし、何よりヘレナが側にいるなら……という理由で、私が案内役としてヘレナを連れて裏庭へ戻ることにする。
しかし、クレイグが眠っていたはずの場所には誰もおらず、念のため裏庭全てを見回ってみるも誰の姿も見つからない。
ホッとしたような、残念なような……そんな気持ちを抱えて私とヘレナは備品室に戻ってきた。
「この目で直接確認はできなかったが……。とりあえずサーヴィス伯爵令息は『何らかの魔法によって眠らされた』と仮定して話を進めることにしよう」
ヘレナは本棚に向かうと、一冊の本を取り出してぱらぱらとページを捲る。
「相手を眠らせる魔法についてだが、過去にそのような魔法があったとの記述がある」
「古代魔法だということですか?」
「ああ。厳密に言えば、相手を眠らせる魔法はあくまでも副産物のようなものだがな」
「副産物……?」
「『人を操る魔法』……それを発動させるための前段階と言えばわかるか?」
「それって『闇魔法』ですよね?」
相手を『眠らせる魔法』に心当たりはなかったが、『操る魔法』については私もヘレナから話を聞いたことがあった。
それは古代魔法の一つで『闇魔法』に分類されてい
る。
ヘレナは手にしていた本をページが開いた状態でテーブルの上に置いた。
そこには闇魔法についての考察が書かれている。
「そうだ。しかし、他人を操るなんてことは簡単にできるものじゃない。相手の人格を押さえつけ、思い通りに動かすにはそれ相応の準備が必要なんだ。そこで手っ取り早いのが眠らせて相手の意識を失わせること」
「それが前段階……」
「そういうことだ。しかも、一度で操れる時間はそう長いものではない。だが、何度も繰り返し魔法をかけ続けることで前段階をすっ飛ばし常態的に操ることが可能になるらしい」
つまり、対象者を初めて操る時は意識を奪う必要があり、魔法の効果も短い時間になってしまうが、二回、三回と繰り返していくうちに、意識があっても操ることが可能になるということ。
「それじゃあ、ルシアン様の手から放たれた黒い靄は『闇魔法』の可能性があるということですね」
すると、今まで黙っていたルシアンがそろりと右手を挙げる。
「二人の話を聞いてるうちに気になることを思い出しちゃったんだけど……いいかな?」
「ええ。どんなことでしょう?」
「実は、自分でも気づかない内に眠ってしまっていることがあって……。その、居眠りとかじゃなくて、目覚めたら裏庭のベンチだったってことが何度かあってさ」
「裏庭で意識を失ったってことですか?」
「違うんだ。そもそも裏庭に行った記憶がないんだよ。ただ、目覚めたらいつも裏庭のベンチで……」
「それでどうしたんです?」
「いや、特に何も。寝ぼけたのかなぁって思って、そのまま」
「…………」
あまり気に留めないのがルシアンらしい。
そして、ルシアンはちらりと私の顔を伺うと、再び口を開いた。
「この前、遅刻をしてリザちゃんを怒らせちゃった時も目が覚めたら裏庭のベンチで、慌てて備品室に向かって……」
その話が、ルシアンとエメラインの逢瀬を目撃した日のことだとすぐに気づく。
正直、クレイグとの一悶着と不可思議な魔法の件ですっかり頭から抜けてしまっていたが、ルシアンの言葉が引き金となり、再び怒りが込み上げてくる。
「また、そんな嘘を……!」
「嘘じゃない。本当なんだ!」
まだ私を騙せると思っているのだろうか。
「リザ。とりあえずルシアンの話を最後まで聞いてやれ」
怒りに任せて怒鳴り返そうとする私をヘレナが制止する。
「リザちゃんは裏庭で僕を見かけたって言ってたでしょ? それですごく怒ってて、訳がわからなくって……。僕が裏庭で寝てて遅刻したから怒ったんじゃないんだよね?」
「違います」
「じゃあ、どうして……?」
ここまでルシアンに言われてしまえば、私もはっきりと答えるしかなかった。
「エメライン様と抱き合っていたじゃないですか……」
すると、ルシアンが素っ頓狂な声をあげる。
「は……ええっ!? それって僕が!?」
「はい」
「誰かと見間違えたとか……」
「あなたのような顔を見間違えるわけがありません!」
「でも、僕はエメライン嬢と抱き合うような仲じゃないし、抱き合った記憶もない!」
「それでも私はこの目で見たんです!」
そこへ、ヘレナが割り込んできた。
「待ってくれ! それはアシュトンの婚約者のことか!?」
焦ったようなヘレナの声。
(アシュトン……?)
一瞬の思案のあと、それがエメラインの婚約者である第二王子の名前であることを思い出す。
「ええ。エメライン・ビークロフト侯爵令嬢のことです」
そう返事をしながらも、ヘレナが第二王子の名を呼び捨てにしたことに驚いた。
まるで、親しい友人の名を呼ぶような自然な気安さだったからだ。
「まさか、ここでビークロフト侯爵令嬢が関わってくるとはな……」
ヘレナの真剣な声と表情に、私とルシアンは思わず顔を見合わせる。
「リザ。ルシアンの言葉は正しいのかもしれないぞ」




