婚約解消の証人
読んでいただきありがとうございます。
※本日3話目の投稿です。
よろしくお願いいたします。
「ランプリング侯爵令息様は授業に向かわれないのですか?」
クレイグの背中を見送ったあとも、その場から動く気配のないルシアンに問いかける。
「うーん……なんか今はそういう気分じゃないんだよね」
そう言いながら、ルシアンはぐーっと腕を上に伸ばして大きな欠伸をした。
要するにサボるという意味だろう。
「君はいいの?」
「…………」
もちろん私にも授業がある。
だが、今はそれよりも確認したいことがあった。
「あの、お聞きしたいことがあって……。婚約解消の証人になってくださるというさっきの言葉は本当ですか?」
激昂したクレイグのせいで有耶無耶になってしまったが、ルシアンは初め『僕が婚約解消の証人になってあげようか?』と声をかけてきたのだ。
私とクレイグの婚約は互いの家が決めたもの。
我が家よりサーヴィス伯爵家のほうが圧倒的に家格が上であるため、クレイグが了承すればすんなりと婚約解消ができるはずだった。
しかし、先程のクレイグの態度を見ると説得には時間がかかりそうで、私の父も婚約解消には難色を示すだろう。
ならば、それ以外の方法でクレイグの父親であるサーヴィス伯爵に婚約解消を認めてもらうのが手っ取り早い。
そこで、ルシアンが口にした『婚約解消の証人』である。
クレイグから婚約解消を言い出し、それを私が了承したと、私たちの会話を聞いていたルシアンが証言をしてくれる……つまり、侯爵令息が私の後ろ盾となって婚約解消の後押しをしてくれるということなのだが……。
「ああ、僕の言葉がちゃんと聞こえていたんだね」
私が頷くと、ルシアンは近くのベンチを指差す。
「ちょうどよかった。僕も君に聞きたいことがあったんだ」
促されるまま二人並んでベンチに座る。
ちらりとルシアンの横顔を盗み見ると、その整い過ぎた美貌が一周回って芸術品のように思えてきた。
「さっきの……クレイグとの婚約を解消したら働くっていうのは本気?」
「ええ。そのつもりです」
「さすがに伯爵家と縁を結ぶのは難しいだろうけど、探せば他の縁談だって見つかるかもしれないよ?」
「そうかもしれません。だけどもう婚約は懲り懲りと言いますか……。そもそも、恋愛や結婚といったものに興味がないんですよね」
私の言葉を聞いたルシアンは薄紫色の瞳をわずかに見開く。
「なるほど。だから働いてお金を稼ぐっていう話になるんだね」
「はい」
「仕事先に当てはあるの?」
「実は、王城魔法研究所の魔法開発課から助手にならないかと声をかけてもらったことがありまして。その時はクレイグ様との婚約を理由にお断りしたのですが……」
ルシアンが言っていた『私の論文が表彰された時』の話である。
私としては大いに興味をそそられる申し出だったが、クレイグから許可が下りず……泣く泣く断るしかなかったのだ。
王城魔法研究所とは魔法学の最先端をリードする我が国随一の研究機関。
婚約解消という醜聞を負った私でも、王城魔法研究所への勤務が叶えばアビントン男爵家の名に傷を残すことはないだろう。
もちろん狭き門ではあるのだが……。
「一度お断りしたのでどうなるかはわかりませんが……。私なりに動いてみるつもりです」
「へぇ……」
すると、ルシアンがベンチに座ったまま音もなく私に身を寄せ、ぴったりと密着する距離になった。
驚く私に構わず、ルシアンは質問を続ける
「それで?」
「え?」
「具体的にどうするつもりなの?」
「ええっと、以前とは別の論文をいくつか用意して、こちらから打診をしてみようかと」
ぐいぐい距離を詰め、ぐいぐい質問を重ねるルシアンに戸惑いながらも私は正直に答えていく。
「論文ってどんなことを書いてるの?」
しかし、ルシアンのこの質問が私の中のスイッチを押してしまった。
「一言で言えば『新しい魔法』を創るための計画書ですね。私が立案したものの一つに『自動追尾魔法』というものがあるのですが、元来の『追尾魔法』は対象物を追いかけるよう術者が魔法を操作するものでした。これを魔法操作無しで勝手に魔法が対象物を追いかけるようにしてみたいと考えたのです。そこで、色々試してみるうちに魔法を発動した際にその魔法を発現したままさらに二つに分割すると、分割された二つの魔法が元に戻ろうとする現象を発見しまして、この現象を利用して片方を対象物に放つともう片方が後から追いかけるように……って、ああっ!」
「どうしたの?」
「私ったらベラベラと喋っちゃって……すみません!」
魔法の話になると、どうにも抑えがきかなくなってしまい、聞かれてもいないことまで早口で喋り続けてしまうのだ。
クレイグにも「みっともない」と何度も注意を受け、気をつけていたのだが……。
「質問をしたのは僕なのにどうして謝るの?」
ルシアンは不思議そうな顔で聞き返す。
「いや、興味のないことを長々と聞かされるのは迷惑かと思いまして。その、これまでクレイグ様にも散々注意を……」
「たしかに僕には難し過ぎてわからない部分もあったけど、アビントン嬢は魔法が好きなんだなぁって思っただけで迷惑でも何でもないよ」
そう言ってルシアンはにっこりと微笑んだ。
「それに、話の内容は理解できなくても、君が王城魔法研究所からスカウトされるくらい将来有望な令嬢だってことはしっかり伝わったからさ」
そして、そのまま彼は私にぐっと顔を近づけた。
「ひっ!?」
突然、目も眩むような美貌が近づき、私の身体は固まってしまう。
だが、やはりそんなことはお構いなしにルシアンは言葉を続ける。
「王城魔法研究所って報酬も待遇もいいし、住居だって用意してもらえるんだよね?」
「そ、そ、そうみたいですけど……。まだ勤務することが決まったわけではありませんし詳しいことは……」
「優秀なアビントン嬢なら大丈夫だよ! 自信を持って!」
「は、はい! ありがとうございます!」
なぜかルシアンに近距離で激励され、思わず返事をしてしまう私。
これ以上は心臓が持たないと判断し、私は座ったまま器用にズルズルと彼から離れていく。
「あの、それで婚約解消の証人についてなのですが……」
そして、今度はこちらの番だと、私にとって最重要な話題を口にする。
「うん。そうだったね。僕が証人になりたいって言えば父がうまく介入してくれると思う」
どうやらルシアン個人ではなく、ランプリング侯爵家が動いてくれるらしい。
ホッと一安心した私だったが、話はこれで終わらなかった。
「ただし、証人になるには一つ条件がある」
「条件……?」
訝しげに眉根を寄せる私を見て、目の前の美しい彼はさらに笑みを深める。
「この学園を卒業したら僕を養ってほしいんだ」
「は……?」
次回は明日の朝8時に投稿予定です。
よろしくお願いいたします。




