顔だけ令息
読んでいただきありがとうございます。
※本日2話目の投稿です。
よろしくお願いいたします。
「は……?」
クレイグが琥珀色の目を見開く。
「ですから、私とクレイグ様の婚約を解消しましょうと言っているのです」
そんな彼をまっすぐ見据え、私はもう一度はっきりと告げる。
「な、何を言って……?」
なぜか動揺しているクレイグ。
だけど、私はここで引くつもりはない。
「クレイグ様の提案を受け入れます。私はあなたの婚約者に相応しくないのでしょうから」
先に婚約解消を言い出したのはクレイグだ。
あくまで私はそれを受け入れただけ。
「違っ……! さっきのはそういう意味じゃない!」
「私たちの婚約を解消する……それ以外の意味はないと思いますけど?」
「そうじゃない! そもそも、俺との婚約を解消したら自分がどうなるのかわかっているのか!?」
「まあ、次の婚約は絶望的でしょうね」
婚約を解消された私に、次もまともな縁談が来るとは思えない。
「だったら……」
「それで構いません。結婚をしなくとも私一人で生きていきますので」
「そんなことできるわけ……」
「できますよ。私が働いてお金を稼げばいいのです」
あっさり答える私に、面食らうクレイグ。
この婚約も父が望んだものであって、私自身はそれほど恋愛にも結婚にも興味はない。
クレイグとの婚約のおかげでさらに興味は失せたと言っていいだろう。
「それに、私との婚約を解消したほうがクレイグ様も都合がいいのでは?」
「何を言って……」
「シャムロック嬢……でしたっけ? 彼女のほうが私よりもクレイグ様に相応しいと思いますよ?」
「シャムロック嬢を婚約者にするつもりはない!」
「では、以前名前を挙げていたテイラー嬢はいかがです? それともロバーツ嬢?」
「だから、そうじゃないんだ!」
私と違ってクレイグなら次の婚約者も選びたい放題。
それなのに、シャムロック嬢もテイラー嬢もロバーツ嬢も嫌だなんて……ちょっと理想が高すぎるのではないだろうか。
しかし、この婚約解消チャンスを逃すまいと私も必死だった。
「だったらどの令嬢なら納得されるんです?」
婚約を解消するためなら、クレイグ好みの令嬢との仲を私が取り持ってあげてもいい。
それぐらいの気概で問いかけると、しばしの沈黙のあとクレイグは意を決したように口を開いた。
「俺の……俺の婚約者はリザ以外に考えられ……」
「それじゃあ、僕が婚約解消の証人になってあげようか?」
その時、クレイグの言葉を遮るように私の背後から声がかかる。
驚いて振り返ると、そこには普通科の制服を着た一人の男子生徒がにこやかな笑みを浮かべて立っていた。
そして、私の視線はそんな彼の顔に釘付けになってしまう。
淡く輝く銀髪に、長めの前髪の隙間から覗くのは神秘的な薄紫の瞳。スッと伸びた鼻梁に薄い唇、それらが白磁のように滑らかな肌の上に完璧に配置されていた。
とても美しい顔……いや、視線が奪われ、引きずり込まれてしまう極上の美貌だ。
その証拠に、クレイグが彼の名前を呼ぶまで、私は呼吸すら忘れて彼に見惚れていたのだから。
「ルシアン!? どうしてお前がここに……?」
ルシアンと呼ばれた美貌の男子生徒は、クレイグの非難めいた声にも笑みを崩さず口を開いた。
「どうしてって……先に裏庭に居たのは僕のほうで、君たちが後からやってきたんだよ?」
クレイグと二人きりだと思っていたが、裏庭にはすでに先客がいたらしい。
「それで楽しそうな話をしていたから僕も混ぜてもらおうと思って」
「お前には関係ないだろう!」
「でも、アビントン嬢が困っているみたいだから……ね?」
そう言って、ルシアンが私に目配せをしてくる。
「私の名前……」
「もちろん知っているよ。君の優秀っぷりはあちこちで耳にするし、たしか論文で表彰もされていたよね?」
「は、はい」
まさか私の存在を知ってくれていたなんて……。
そのまま蠱惑的な薄紫の瞳に見つめられ、私は妙な気分になった。
すると、思いっきり舌打ちをしたクレイグが、ルシアンと私の間に体を割り込ませる。
そして、私を背に庇うように立ち、ルシアンに食ってかかった。
「まさかリザを誘惑するつもりか!? この……魔力無しの顔だけ令息が!」
その渾名を聞いた瞬間、私は「この人が……」と、妙に納得してしまう。
歴史あるランプリング侯爵家の三男ルシアンは類稀なる美貌の持ち主であり、生まれつき魔力を持たない半端者であると有名だった。
さらに、剣術の授業では棒立ちで相手にやられっぱなし、座学はどの教科も成績不振で低空飛行の一途を辿り、不器用過ぎて楽器は何一つ演奏できない有り様。
それなのに努力を厭う怠惰な性格に、女性との噂が尽きない軽薄者。
そんな魔力を持たず何の能力も才能も無いルシアンに付けられた不名誉な渾名が『顔だけ令息』である。
(たしかに、この美貌なら……)
噂には聞いていたが、彼の顔を見るのは初めてだった。
能力の有無より何よりルシアンの顔のインパクトが強すぎるのも渾名を広めている要因な気がしてならない。
「ははっ! 面と向かって褒められると照れちゃうなぁ」
クレイグに悪態をつかれても、ルシアンは余裕の態度を崩さなかった。
そのことに苛立ったクレイグが再び何か言おうとした瞬間、昼休みの終わりを告げる鐘の音が鳴り響く。
「おっと、時間切れみたいだね。次の授業が始まっても続けるかい?」
「……クソッ! もういい! 行くぞ、リザ!」
クレイグはそう吐き捨てるように言うと、ルシアンに背を向けて歩き出す。
しかし、その後ろに私が続くことはない。
「おい、リザ!」
「どうぞ、クレイグ様はお先に」
「何を言って……」
「授業に遅れてもよろしいのですか?」
「っ……!」
これまでクレイグとの時間を優先していた私は、もちろん彼の授業予定もしっかり把握している。
次の授業は剣術の実技演習。
騎士科に所属し、王城騎士団への入団が内定しているクレイグが遅刻なんてしようものなら、すぐに彼の評価に響いてしまう。
そのことをクレイグ自身もわかっているはずだ。
「リザ! 放課後、もう一度話をするぞ! わかったな!」
忌々しげに舌打ちをしたクレイグは、そう言い捨てて足早に裏庭をあとにする。
そして、私とルシアンの二人だけが残されるのだった。
次話は21時頃に投稿予定です。
よろしくお願いします。




