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婚約を解消しましょう

「リザ。(きみ)は本当に可愛げがないな」


目の前の婚約者(クレイグ)の言葉に、私は(うつむ)き身体を縮こませる。


ここは、数多の貴族の令息・令嬢や富裕層の平民が通う王立ザーライド学園。

私、リザ・アビントンは、同い年の婚約者クレイグ・サーヴィスとともに食堂で昼食を食べていたのだが、私の言動によって機嫌を損ねたクレイグによって、食事を切り上げて裏庭へ連れ出されてしまったのだ。


そして、二人きりになった途端、クレイグが怒りを(あら)わにする。


「何か気に障りましたでしょうか?」


おそるおそる問いかける私に向かって、クレイグは自身の黒髪を片手ぐしゃりと握りながら琥珀(こはく)色の瞳を細め、これ見よがしに溜息を吐く。


「何って……あの紹介の仕方はないだろう?」


続く言葉で、シリル・オルグレンに声をかけられた件を言っているのだとようやく察した。


シリルは私と同じ魔法科の三年生だ。

そんな彼に食堂で声をかけられ、同席していたクレイグを婚約者だと紹介した。

ただ、それだけのことなのだが……。


「婚約者を紹介するのにあんな事務的な態度で……。もっと俺の人柄が伝わるような感情のこもった言葉があってもよかったんじゃないか?」


知人に婚約者を紹介するのなら、自分たちの仲睦まじさが伝わるようにするべきだとクレイグは主張する。


「そもそも、俺と二人で食事をしている最中に他の男と会話をするのもどうなんだ?」

「申し訳ありません」


頭を下げて謝罪の言葉を口にしながら、私の心の中はモヤモヤとしたものが溢れてくる。


(そんなことを言われても……)


声をかけてくれたシリルを無視するわけにはいかないし、会話といっても挨拶とクレイグを紹介しただけである。

そもそも、現在(いま)の私たちは仲睦まじいとは言い難い関係だった……。


私とクレイグが婚約をしたのは約四年前のこと。

男爵家の庶子である私が、伯爵家次男のクレイグと婚約できたのは、私が全属性の魔力持ちであることが判明したからだ。


この世界には魔力を持つ者と持たない者がいる。

ザーライド王国では魔力を持つ者のほうが優れているという思想が強い。

そのため、貴族たちは魔力持ちとの婚姻を繰り返し、その結果、貴族の子供は当たり前に魔力を持って生まれてくるようになった。


高貴な血筋と生まれ持った魔力。

この二つが揃ってこそ『貴族』として認められるのだ。


だが、産まれてすぐに母に捨てられた私は孤児院で暮らしていた。

母は平民で、てっきり父親は死んだものと思っていたが、九歳になった私が『魔力量判定審査』を受けて魔力持ちであることが発覚すると、アビントン男爵が父親として名乗り出てきたのだ。


どうやらアビントン男爵家でメイドとして働いていた母は父と関係を持ち、それが男爵夫人にバレてしまい、男爵家から追い出されてしまったらしい。 


さらにタチが悪いのは、父は娘である私の存在を把握しており、魔力持ちでなければそのまま孤児院に捨て置くつもりだったこと。

しかし、魔力持ちならば利用価値があるだろうと私は父に引き取られ、アビントン男爵令嬢となった。


そして、十三歳になった私が『魔力属性判定審査』を受けると、全属性の魔力持ちだと判明したのである。


下位貴族の庶子で、栗色の髪に翠の瞳というありふれた色に平凡な容姿の私。

だが、珍しい全属性魔力持ちという点を父が全力でアピールした結果、なんと伯爵令息(クレイグ)との婚約を勝ち取った。


こうして結ばれた婚約関係だったが、家格にも生まれにも差はあるものの、婚約をしたばかりの頃はそれなりに良好な関係を築けていたと思う。

しかし、ザーライド学園に入学するとクレイグの態度に変化が起こり始める。


最初は、私の髪型が彼の好みじゃないとか、会えない休日は手紙を送ってほしいだとか、そんな小さな不満や要望を口にする程度だった。


この時、クレイグに対して私が従順な態度を見せたのが悪かったのだろう。


彼の要求は次第にエスカレートしていき、休み時間も必ず顔を見せに来いとか、部活より自分との時間を優先しろだとか、今では全てにおいてクレイグを優先させられる(いびつ)な関係に変わってしまった。


それに……。


「全く……。これがシャムロック嬢なら完璧に対応していただろうな」

「…………」


最近では、他の令嬢の名前を出して私と比較するようになったのだ。


キャロル・シャムロック子爵令嬢。

たしか普通科の一年生で、とても愛らしい容姿をしており、男子生徒からも人気があると噂で聞いたことがある。


学園にはキャロルのように婚約者がまだ決まっていない令嬢も多い。

地位と魔力と剣術の才能を持つクレイグを慕う令嬢はいくらでもいる。


「これは君のために言っているんだ。俺たちが不仲だと誤解されて困るのはリザなんだぞ?」

「はい……」

「もしかして、婚約を解消されたくてワザと俺を怒らせているのか?」

「違います! そんなつもりはありません!」


慌てて否定の言葉を口にすると、ようやくクレイグは満足そうに笑みを浮かべた。


(いや、本当は婚約を解消したいんだけどね)


決して口には出せないが、こっちが私の本音である。


クレイグの地雷を踏まないよう神経を擦り減らし、彼の要望に応えるだけの関係にほとほと疲れてしまったのだ。

しかし、これは我が家から持ち掛けた縁談であるため、私から解消を言い出そうものなら違約金が発生してしまう。


なるべくアビントン男爵家に迷惑をかけたくなかった。

いや、厳密に言えば私の養母……アビントン男爵夫人に迷惑をかけたくないのだ。


夫と愛人との間に産まれてきた私に対して複雑な気持ちがあるはずなのに、アビントン男爵夫人は引き取った私を自身の息子たちと同等に扱い、娘として育ててくれた。

その恩に私は報いたい。


(本当はクレイグ様と添い遂げるのが理想だったけど……)


さすがに私も限界である。


(いっそのことシャムロック嬢と浮気してくれればいいのに)


よほどの理由……例えば浮気だとか暴力とかがあれば、私から婚約解消を訴えても違約金が発生することはない。

しかし、クレイグは他の女性の名前は挙げても深い仲になることはなく、きつい言葉を私に投げかけても暴力を振るうわけではない。

どうにも一線を越えてくれないのだ。


(クレイグ様から「婚約を解消したい」って言ってくれたらなぁ)


きっと、彼も私との婚約が不服なのだと思う。


いくら全属性の魔力持ちとはいえ、男爵家の庶子で地味な容姿の私を婚約者に()てがわれたことに納得出来ず、その苛立ちを私にぶつけることで憂さ晴らしをしているに違いない。


それでも婚約を解消しないのは、クレイグが体裁を気にするタイプだからなのか、それとも当主に逆らうことができないのか……。


(クレイグ様に嫌われるように振る舞えば婚約解消を検討してくれたりとか?)


しかし、すでに嫌われている場合はどうすればいいのか……。


「おい、聞いているのか!」

「えっ……?」


クレイグの怒鳴り声で我に返る。

どうやら彼の話を聞き流していたことがバレてしまったようだ。


再び怒りに火がついたクレイグ。


「俺がこんなにも真剣に話をしているのに……! そんな態度ならリザとの婚約を解消したっていいんだぞ!」


思わぬタイミングで、私の望む言葉がクレイグの口から放たれた。


(今……婚約を解消って言った!? 言ったよね? 絶対言ったよね!?)


心の中で意味不明な自問自答をしつつ、私は言質を取ったとばかりに前のめりで返事をする。


「それでは婚約を解消いたしましょう!」


読んでいただきありがとうございます。

本日は3話投稿予定で、次話は18時頃に投稿します。

よろしくお願いいたします。

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