嫌いなんですよね?
「あー……顔もけっこう痩せちゃったな」
寮の自室で鏡に映る自身の顔をチェックしながら、一人呟く。
あの日、ルシアンの手を振り払って自室に戻ったあと、私は何年かぶりに熱を出してしまった。
寮母に病欠の届け出をお願いし、そのまま二日間はずっと自室のベッドの中で過ごす。
熱による体調不良と失恋による精神的ダメージで食欲はゼロになり、ことあるごと情緒が乱れて涙が溢れ、そのせいで目元は腫れて唇も肌もカサカサという酷い有り様。
それでも人の身体とは不思議なもので、熱が下がるとお腹が減り、食べ物を食べると少しずつ気持ちが上向いてくる。
そして、ようやく体調が回復した私は、休日を挟んだこともあり、五日振りの登校になってしまった。
寮を出る前に軽く深呼吸をする。
正直なところ、体調は回復しても失恋の傷はまだまだ癒えそうにない。
しかし、部屋でうじうじしていても私の抱える問題が解決するわけではないこともわかっている。
(きっと向いてなかったんだなぁ)
婚約者とはまともな関係を築くことができず、告白されればコロッと騙されて相手を好きになってしまう……。
ほとほと恋愛というものに向いていないのだと自覚する。
だからこそ、これから一人で生きていくための準備を万端にしようと改めて決意したのだ。
登校してからは休んだ分の授業の遅れを取り戻すべくクラスメイトからノートを借りたり、教師から渡された課題と睨めっこしたりと忙しく、あっという間に放課後になってしまった。
(ヘレナ先生にも会いに行かないと)
そうは思ってみても、もしルシアンに会ってしまったら……と、少しだけ尻込みしてしまう。
ルシアンとエメラインの秘密の関係を私が知ったことはさすがに理解しただろう。
次は、二人の関係を吹聴しないよう懇願されるのか、それとも……。
「はぁ……」
思わず溜息が零れる。
結局、またルシアンのことを考えてしまうなんて、恋とはなんと厄介なものなのだろう。
「リザ!」
そこへ突然名前を呼ばれ、私は反射的に声のほうへ顔を向ける。
「あ……」
開いた教室の扉から、こちらを見つめているのはクレイグだった。
◇
騎士科の遠征実習で王都を離れていたクレイグ。
古代魔法研究部の部室で「婚約は解消しない」と宣言されて以来、彼と会うのは半月振りだった。
(すっかり忘れてた)
いや、婚約解消のことは覚えていたのだが、彼が遠征実習から戻っていることを失念していたのだ。
そのままクレイグに連れられ、私たちは裏庭に到着する。
(また裏庭なのね……)
クレイグに叱られるのも、ルシアンと出会ったのも、エメラインとの逢瀬を目撃したのも裏庭。
どうにも私とは相性が悪い場所な気がしてならない。
「リザ。俺に何か言うことはないのか?」
木陰で二人向かい合うと、苛立ち混じりの声でクレイグが口火を切る。
「それは婚約解消のことでしょうか?」
「ああ。遠征から帰るなり父上から話を聞かされた」
クレイグの話によると、すでに両家の当主も動いており、私たちの婚約解消は決定事項となったそうだ。
(よかった……)
私は内心ホッと安堵の息を吐く。
「俺はリザ以外を婚約者にするつもりはないと、遠征前にあれだけ説明しただろう! それなのに、どうして婚約を解消することになっているんだ?」
しかし、クレイグの怒りは収まらない。
まさか、両家の当主が合意している状況で、まだ騒ぐとは思わなかった。
(このまま放置してもいいけど……)
考えてみると卒業までの数ヶ月は同じ学園に通うことになるのだし、私が暮らしているのは学園の寮。
クレイグ自身が婚約解消に納得しなければ、今みたいに絡まれ続ける可能性がある。
仕方なく、私は彼の説得を試みることにした。
「そう言われましても、婚約解消を言い出したのはクレイグ様ですので」
「だから、あれはそういう意味じゃない!」
「思わず本音が出てしまったんじゃないんですか?」
「違うと言っているだろう!」
しかし、結局は以前と同じ押し問答になってしまう。
(こういうところがダメなんだろうな)
そう。私たちは『話し合い』が全くできないのだ。
これまで問題にならなかったのは、私が一切の反論をせずクレイグの主張を全て受け入れてきたから。
きっと、今回も私が折れて受け入れるまで、クレイグは自分の主張を貫き通すつもりなのだろう。
「婚約解消が本音でも、そうじゃなくても、私たちが婚約を続けるのは難しいと思います」
しかし、折れることなく反論を続ける私にクレイグは動揺し、目を見開く。
「クレイグ様がずっと私に対して不満を持っていることには気づいていました。それでも何とか良好な関係を築いていければと考えていましたが……。やはり気に入らない相手と婚約を続けるのはクレイグ様にとって負担になると思うんです」
以前ヘレナが「プライドが許さない」のだろうと、クレイグのことを評していた。
だったら、彼のプライドを傷つけずに、婚約解消に納得してもらうしかない。
至らないのは私なのだと、そう告げて婚約解消を促す……私のできる譲歩はここまでだ。
「どういう意味だ……?」
しかし、思わぬ言葉が返ってくる
「どうって……クレイグ様は私のことが嫌いなんですよね?」
「俺は、リザを嫌ったことなんて一度もない!」
だったら、どうして私にあんな態度を取り続けていたのだろう。
戸惑う私に向かって、クレイグが再び口を開く。
「まさか、ルシアンに何か吹き込まれたのか?」
「え?」
突然、ルシアンの名前が出され、今度は私が動揺してしまう。
「やはりそうだったのか。だからランプリング侯爵家が絡んできたんだな」
確信を持ったようにクレイグが呟いた。




