エメラインの指摘
その既視感のある光景に私は思わず歩みを止める。
以前、同じ場所で同じように彼女に待ち伏せされ、ルシアンとは距離を置くよう釘を刺された。
その時と全く同じ状況が再び作られている。
しかし、今回は彼女のほうからつかつかと私に近づいてきた。
もちろん私に逃げ場などない。
「こんにちは。リザさん」
「こ、こんにちは。エメライン様。ええっと、本日はどのようなご用件で……?」
相変わらず甘い香りを漂わせ、造り物めいた笑みを浮かべるエメライン。
「少し気になる話を耳にしたの。だから、直接あなたに確認しようと思って」
「…………」
おそらくルシアン関連の話だろう。
もしや、古代魔法研究部に出入りするルシアンの姿を見られてしまったのだろうか。
それとも、ルシアンと二人で街へ買い出しに行く姿を目撃されたのかもしれない。
「リザさんは近々サーヴィス伯爵令息様との婚約を解消なさるそうね?」
「え……?」
身構える私に告げられたのは、意外にもクレイグの名前だった。
「しかも、婚約解消の保証人はランプリング侯爵様だとか?」
「あ……え……」
予想外なエメラインの問いかけに、私は動揺を隠せないまま言葉に詰まってしまう。
どうしてエメラインが知っているのか……。
そんな私の反応を見た彼女は、確信を得たかのように瞳をすっと細めた。
「先日、ランプリング侯爵令息様とは関わらないよう助言したつもりだったのだけれど……」
「いえ、その、クレイグ様との婚約解消にルシア……ランプリング侯爵令息様が協力を申し出てくださっただけなんです」
「でも、彼とは出会ったばかりなのでしょう? リザさんが自分でそうおっしゃっていたわよね? それなのにランプリング侯爵家を巻き込んで婚約解消に協力させるなんて……。ふふっ。リザさんは男性の懐に入るのが随分とお上手なのね」
「そんな……!」
私は何一つ嘘は言っていない。
ルシアンとは出会ったばかりだし、婚約解消の協力を申し出てくれたのも彼のほうからだった。
ただ、それ以外の事情……私とクレイグのこれまでの関係や会話の内容、ルシアンの家族関係など、私の口からエメラインへ明かすことのできない情報が多すぎるのだ。
「それで? サーヴィス伯爵令息様との婚約を解消したあとはどうなさるおつもりなの?」
エメラインの言葉の端々から私に対する怒りを感じる。
きっと、私がクレイグとの婚約を解消したのは、ルシアンとの婚約を目論んでいるからだと疑っているのだろう。
このような状況で「誰とも婚約をするつもりはない」と告げて、果たして信用してもらえるのかどうか……。
それに、ルシアンから好意を寄せられているのも事実なわけで……。
つまり、何を言っても火に油を注ぐ結果になりそうで、私は次の言葉をなかなか発することができないでいた。
すると、怒りのオーラを纏うエメラインの表情がふっと緩み、彼女の表情は一転して憐れみを含んだものへと変わる。
「可哀想に……リザさんは本当に何も知らないのね」
「何をでしょう?」
緊張でカラカラに乾いた喉から言葉を絞り出す。
「彼はね。女性をその気にさせるのがとても上手なの。これまでだって多くの令嬢たちを夢中にさせてきたわ」
「私はそんなんじゃ……」
「ふふっ。私は他の令嬢たちとは違う? 私だけが彼の特別? 彼を理解しているの私だけ……かしら? 皆が同じようなことを言っていたわよ?」
そう言って、エメラインは嘲りを含んだ笑みを私へ向ける。
「でも、残念。ルシアン様にはすでに愛する人がいるの」
「は……?」
そして、エメラインはさらに私に近づくと、耳元で小さく囁いた。
「明日の放課後、裏庭に来れば真実がわかるわ」
それだけを言うと、彼女は私から離れて背を向ける。
「それじゃあね。リザさん」
そのまま私を置き去りにして、エメラインは寮とは反対方向へ歩き出した。
その背中を見送りながら、私は廊下の真ん中に呆然と立ち尽くすのだった。
◇◇◇◇◇◇
(もう! 本当にどういうつもり!?)
昨日、エメラインと別れてからモヤモヤとした感情がどうにも収まらず、それは翌日になっても続いていた。
頭の中で何度も彼女の言葉が蘇っては、何も反論できずに言われっぱなしだった自分自身を思い出し、さらに苛立ってしまうという悪循環。
そのせいで授業に集中できず、実技でミスを連発して教師からも注意をされてしまう有り様だった。
「はぁ……」
ようやく午後の授業が全て終わり、私は溜息とともに机に突っ伏す。
それでも、頭に思い浮かぶのは昨日のエメラインとのやり取りばかり。
(でも、エメライン様のおかげでわかったこともある)
まず、どうやら私とクレイグの婚約解消が順調に進んでいるらしいということ。
どのようにしてエメラインが情報を手に入れたのかは不明だが、ランプリング侯爵が私の婚約解消の証人として動いているのは確かなのだろう。
父からは何も連絡がなく、婚約解消の進捗状況を知りたかった私にとっては朗報だった。
次に、やはりエメラインはルシアンへ好意を持っているのではないかということ。
ルシアンはエメラインとの関係を否定していたし、彼女は第二王子の婚約者でもある。
それでも、エメラインが私へ向けた怒りの原因はルシアンへの好意だと考えたほうがしっくりくるのだ。
むしろ、それ以外の理由が見当たらない。
陰ながら恋心を抱いているからこそ、私がルシアンへ近づこうとしていると勘違いし、あのように怒りをぶつけたのではないだろうか。
そして、私を苛立たせる一番の理由は、エメラインが最後に残した言葉だった。
『ルシアン様にはすでに愛する人がいるの』
そう。これこそがモヤモヤの最たる原因。
ルシアンの愛する人……それが私を指していないことはエメラインの口振りからも明らかだった。
(だったら一体誰のことを……)
エメラインの言葉なんて気にしなければいい。
そう頭ではわかっているのに……。
最初はルシアンの気持ちを疑っていた。
だけど、彼は「養ってほしい」という発言を謝罪し、改めて私への想いを懸命に伝えてくれた。
そんなルシアンの気持ちを再び疑いたくはないのに、どうしても不安が拭いきれないでいる。
そして、自己嫌悪に陥ってしまうのだ。
(よし、もう考えていてもしょうがない)
わからないことは本人に聞けばいいだろうとようやく頭を切り替えた私は、教室を出て研究部室棟へ向かう。
今日の放課後は、いつものようにルシアンへ料理を教える予定だったからだ。




