彼の未来
「僕には血の繋がった家族……両親と兄が二人いる。だけど、僕が魔力無しだと発覚した途端に父上は僕を家族の一員から外した」
自身の過去を話し始めるルシアン。
今度は私が彼の話に黙って耳を傾ける。
「母上は泣くばかりで僕を助けてはくれなかったし、兄二人は父上に同調して僕を追い詰めるだけで、どれだけ元の家族に戻りたいと泣いて訴えても聞き入れてもらえなくて……結局、僕は諦めたんだ」
そこでルシアンは一旦言葉を止め、深く息を吐き出してから話を続ける。
「そう、諦めた。そのはずだったのに、心のどこかでは『家族』に囚われ続けてさ。『顔だけ令息』だなんて馬鹿にされるようになった時も、少しだけ……父上が僕を見てくれるんじゃないかって期待しちゃったんだよね」
ルシアンの声も表情も静穏なまま……。
だけど、私には彼が今にも泣き出してしまいそうに見えた。
「でも、僕がどれだけ怠惰に過ごそうが問題を起こそうが父上には無視され続けて、ついに僕の除籍が決まった。この結果を僕はすでに受け入れているし、今更家族に戻りたいとも思わなくなった。それなのに、僕がいなくなってから後悔すればいいんだとか……そんなドロドロとした醜い感情ばかりが溢れてくるんだ。僕がいなくなったところで彼らは何も困らないし、何とも思われやしないのにね」
この時、ようやく『家族』に囚われるというルシアンの言葉の真意を知る。
(憎しみが生まれるのは、ルシアン様がまだ家族に執着しているから……)
私と違って生まれながらの貴族であるルシアン。
きっと、『家族』や『家門』が絶対的なものであると幼い頃から教え込まれていたはずで、そんな家族から愛情を注がれて育ってきたのだろう。
だけど、魔力無しだと判定された途端に、これまでの愛情がまるでなかったかのように否定され、拒絶される。
それはどれほどの絶望だったのか……。
「そんな時、リザちゃんに出会ったんだ」
しかし、続く言葉とともにルシアンの瞳に光が灯る。
「君は幼い頃の僕と同じで、婚約者からの愛を得ようと必死に頭を下げているんだと思ってた。だけど、違った。リザちゃんは僕なんかよりも強くて逞しくて、自分の未来を切り拓くことの出来る人だった。そんな君が『家族は血が繋がっているだけの他人だ』って言ってくれたんだよ」
それはルシアンへ向けて私が口にした言葉。
「その言葉が胸にストンと落ちてさ。ああ、他人なんだからもういいやって……。やっと、そう思えるようになったんだ」
そう言って微笑むルシアンの顔に喜びはなく、安堵したかのような表情が印象的だった。
除籍届を渡された話などから、ルシアンが父親と上手くいっていないだろうことは予測がついていた。
だけど、私が思っていた以上に彼への扱いは酷いものだったし、家族という呪縛を解くのは難しいものなのだと知る。
「そうだったんですね……」
きっと、ルシアンは終わらせたかったのだろう。
長年の家族への執着を断ち切り、本当の意味でランプリング侯爵家からの解放を望んでいる。
私は彼の言葉をそう受け取った。
生まれながらの貴族として生きてこなかった私では、ルシアンの全てを理解することはできない。
それでも、自分のことを知ってほしいと過去を明かしてくれたルシアン。
これからの彼の未来が幸せであってほしいと願わずにいられなかった。
「大丈夫ですよ。ルシアン様にはこれからたくさんの新しい出会いがありますから」
だから、願いをそのまま言葉にし、彼にその想いを伝える。
「そうかな?」
「ええ。環境が変わるということは、出会う人だって変わるんです。だから、新しい友人や家族を自分で作ることだって……」
これは孤児院の院長先生からの受け売りで、孤児院を卒業する年齢になった孤児たちへ贈っていた言葉だった。
天涯孤独の身を嘆くのではなく、新しい仲間や家族を作るための第一歩なのだと背中を押していた。
すると、私の言葉にルシアンは顔を輝かせる。
どうやら院長先生の言葉は貴族の彼にも響いたようだ。
「僕、リザちゃんのこと好きだって言ったよね? それで新しい家族を作るって……その、期待してもいいのかな?」
「え……?」
そこでようやく私は自身の発言をルシアンがどう捉えたのかを理解する。
「いや、そういう意味じゃなくてですね!」
「そんなに前向きに検討してくれていたなんて……!」
「違うんです! ルシアン様の未来は明るいってことを伝えたくって……!」
慌てて否定する私を見て、ルシアンは楽しそうに笑う。
「それじゃあさ。もう養ってほしいなんて言わないから、僕と一緒に過ごす未来をリザちゃんが少しでも考えてくれたら嬉しいよ」
「……っ!」
それはもうルシアンにとって何のメリットもない……ただの告白じゃないか。
(この人は私のことが好きなんだ)
信じられない思いで目の前のルシアンを見つめる。
すると、甘やかな視線を返され、ただ純粋に好意を向けられているという実感がじわじわと湧いてきた。
それと同時に心臓がドキドキと高鳴り、頬まで熱くなってしまう。
「リザちゃん、顔が真っ赤だね」
慌てて自身の頬を手で押さえる。
だって、こんな恥ずかしいような、くすぐったい気持ちになったのは初めてで……。
「今度はリザちゃんの話を聞かせてよ。魔法の話でも子供の頃の話でも……何でもいいからさ」
自分の中に芽生えたこの感情が何なのかはわからない。
だけど、私のことを知りたいと言ってくれたルシアンに応えたいと……そんなふうに思ってしまった。
◇◇◇◇◇◇
市場へルシアンと買い出しに行ってから十日が経っていた。
心の内を明かしたからか、以前よりずっとルシアンの距離が近くなった気がする。
(特に物理的な距離が……)
隙あらば私の手を握り、顔を近づけ、好意をアピールしてくるのだ。
全力で自身の顔の良さを利用している。
(どうしよう……)
だが、私はルシアンの好意をどう受け止めればいいのかがわからない。
ルシアンに触れられるのはドキドキするけれど嫌ではないし、彼と一緒に料理を作りながら交わす会話はとても楽しい。
でも、この感情が何なのかと問われれば、途端にわからなくなってしまう。
それでも、ルシアンに向き合いたいと考え始めている自分がいるのも確かで……。
そして、そんな私にはもう一つ大きな問題が残っていた。
(予定に大幅な変更が無ければ明後日には王都に帰還して学園に登校するようになるはず……)
そう。もうすぐクレイグが騎士科の遠征実習から帰ってくる。
(このままクレイグ様と顔を合わせずに婚約関係を終わらせたかったけど)
今のところ父から婚約解消についての連絡はない。
つまり、クレイグとの話し合いが再び必要になるかもしれないということ。
(はぁ……)
私は心の内で溜息を吐き、どうにも重たい気持ちになりながら寮へ帰るべく渡り廊下を歩いていく。
すると、そこには以前と同じように私を待ち伏せする淡い水色の髪の女生徒の姿があった。




