デートだから
「は? 何を言って……」
「前からリザちゃんのこと、いいなぁって思ってたんだよ? カッコいいなぁ。僕もこんなふうになれたらなぁって。でも、今は胸がドキドキしてて……」
そう言って、ルシアンは自身の胸元をぎゅっと押さえる。
「こんな気持ちになったのは初めてなんだ」
突然過ぎるルシアンの告白に、私は困惑してしまう。
「それは勘違いなんじゃ……?」
「そんなはずないよ! だって、リザちゃんを見ているだけでこんなにも興奮を抑えられないんだから!」
「…………」
私はとりあえずルシアンからそっと三歩ほど距離を取る。
しかし、足の長いルシアンはずいっと一歩でさらに距離を詰めてきた。
「まだ返事はいらないよ。リザちゃんが恋愛そのものに興味がないことはわかっているし」
「だったら……」
「だから、リザちゃんに好きになってもらえるように頑張ろうと思って!」
「え?」
「ほら、両想いなら何も問題ないでしょ?」
名案とばかりに笑うルシアン。
いや、だから問題しかないと思う。
「それじゃあ、これからもよろしくね? リザちゃん」
言いたいことだけを言うと、ルシアンはようやく私から離れてくれた。
「今日は卵料理を教えてくれるんだよね?」
そして、何事もなかったかのように料理の指導を促され、混乱しながらも私は予定通り卵料理の作り方を彼に教え始める。
卵の割り方、混ぜ方、焼き方などをひと通り教えた頃にようやくヘレナが備品室に顔を出した。
「お! 美味そうな匂いじゃないか」
そのまま話題は今後の料理メニューへ移り、来週はどんな食材が必要なのかという話になり、だったら買い出しの練習もしたほうがいいんじゃないかとヘレナに言われてしまい……。
結果、明日は休日だからちょうどいいとばかりに、ルシアンを連れて街へ買い出しに行くことになってしまった。
「明日のデート楽しみだね」
別れ際、研究部室棟の前でルシアンから告げられた言葉に驚く。
「デート?」
「うん。デート」
「買い出しですよ?」
「デートだよ」
「え……でも……」
「デートだから」
「それは……」
「デート」
もう何を言ってもデートとしか返してこなくなってしまったルシアン。
「はい……」
根負けした私が返事をすると、その表情が輝いた。
「それじゃあ、明日のデート楽しみにしているからね!」
さらに念を押したルシアンは、手を振りながらご機嫌で去っていく。
(どうしてこうなった……?)
◇◇◇◇◇◇
翌朝、目覚めてからも昨日のルシアンの言葉がぐるぐると頭の中を回っている。
どう考えても、彼に好かれる理由が全くわからなかったからだ。
(本当に私のことを……?)
思い返してみると、やたら距離が近かったり、甘い雰囲気を出されることはあった。
ただ、それらは決まってルシアンが自身の要望を通そうとしている……つまり、卒業後の扶養を私に迫っている時だったのだ。
(やっぱりそれが本音なんじゃ……?)
手っ取り早く私を口説いて恋仲になり、そのまま養ってもらおうと企んでいる……。
そう考えるのが現実的だと思った。
「はぁ……」
自然と口から溜息が零れ、ガッカリした気持ちになる。
最初はルシアンの身勝手さにイライラしたけれど、ここ数日は垣間見える彼の真面目な部分に好感を持っていたからだ。
それでも約束は約束。
私はベッドから起き上がり、着ていく服を選ぶためクローゼットを開ける。
そこにはシンプルで落ちついた色合い……いや、はっきり言って地味な色合いの服ばかりが並んでいた。
(うーん……)
悩んだ結果、裾に刺繍が施された七分丈袖のクラシカルな若草色のワンピースを選ぶ。
二年前、クレイグとのデート用に買ったものだったが、色味もデザインも彼のお気に召さなかったらしく、残念ながら酷評されてしまった。
そのため、必然的に私が着る服はクレイグの好みに合わせたグレーや紺などの地味なものになり、クローゼットの中身がこのような有り様になってしまったのだ。
しかし、今日のデート……もとい、買い出しの同行者はルシアン。
わざわざクレイグ好みの服を選ぶ必要はないし、ルシアンのような美形の隣に並ぶならば、多少の華やかさがないと私の存在感が無に帰してしまいそう。
私は鏡台の前に座ると、久しぶりに薄く化粧を施し、髪を編み込んでアップヘアに仕上げていく。
(ルシアン様はどんな格好で来るんだろう……)
卒業後は平民として生きていく予定のルシアン。
そのため、買い出しの練習場所も平民が利用している市場を選んだ。
そのような場所へ貴族丸出しの格好で訪れると確実に浮く。
さらに、あれほどの美貌ならば余計なトラブルを招き寄せかねない。
だから、ルシアンに目立たないよう変装をお願いしたのだが……。
(変装していれば私が隣に並んでも案外平気かも)
そんなことを考えながら、約束の時間に遅れないよう私は身支度を急ぐのだった。
◇
ルシアンとの待ち合わせは王都の西地区にある広場の噴水前。
しかし、私が待ち合わせ場所に到着すると、興奮した様子の若い女性三人組が、眼鏡をかけた背の高い超絶美形な青年に話しかけているところだった。
「ねぇ、これからどこ行くの?」
「私たちこの辺り詳しいからさ。案内してあげよっか?」
「っていうか、ほんとに平民? あなたみたいなカッコいい人初めて見たんだけど! 名前はなんていうの?」
どこからどう見てもシンプルな服を着て眼鏡をかけただけのルシアンが逆ナンされている。
(えー……)
あの眼鏡が変装のつもりなのだろうか。
全く美貌を隠せていないどころか、眼鏡が似合い過ぎて腹立たしいくらいである。
「あっ! リザちゃん!」
すると、私の姿を見つけたルシアンが嬉しそうに顔を輝かせた。
「待ち合わせの相手が来たからもう行くね。バイバイ」
「えっ!? ちょっと!」
そして、女性三人組にあっさり別れを告げ、ルシアンは私のもとへ走り寄る。
「えっと、お待たせしました」
「全然待ってないよ! まだ待ち合わせの時間より早いくらいだし」
ルシアンは機嫌よくニコニコと答える。
「その眼鏡は……?」
「どう? 変装っていえばやっぱり眼鏡かなぁって思ったんだけど」
「効果は薄いような……。せめて色付きならもう少し……」
「ああ、ヘレナ先生みたいなやつ?」
まあ、ヘレナの色付き眼鏡も完全に目元が隠れているわけではないので、あまり効果はないのかもしれないが……。
その時、ルシアンに声をかけていた三人組の声が響いた。
「まさか、あの子が待ち合わせの相手なの?」
「ちょっと……ねぇ?」
「ほんと。アレでよく隣に並べるわね」
彼女たちの言葉はその通りなのだが、あからさまに悪意を向けられるのはあまり気分がいいものではない。
すると、ルシアンが彼女たちの視線を遮るように体の位置をずらし、私の姿をじっと見つめる。
「リザちゃんの私服姿って初めて見たけど、すっごく可愛いね! 髪型もよく似合ってる!」
「あ、ありがとうございます……」
お世辞だとわかっていても、朝から時間をかけて準備をした服装や髪型を褒められるのは素直に嬉しい。
「それに……どうして僕が項フェチだって知ってるの?」
「なっ!?」
続く言葉で、私は慌てて自身の項を両手で隠す。
「そんなこと知りません!」
「はぁ……。これを見れただけで今日は来てよかったって思えるよ」
感嘆の息を漏らし、うっとりした表情で変態っぽいセリフを吐くルシアン。
ストレートな褒め言葉と性癖の開示に、私の頬はカッと熱くなる。
「ふふっ。ごめんごめん。僕、自分で思ってる以上に浮かれちゃってるみたい」
クスクス笑うルシアンを私はジト目で睨む。
「それで、これからどこへ向かえばいいのかな?」
「ここから歩いてすぐのところで市場がありますので……」
そろりと項から手を下ろし、私は南の方角を指差した。
「よし、じゃあ行こうか」
すると、ルシアンは指差していた私の手を取る。
「えっ?」
「人が増えるだろうし、はぐれたら大変だからこのまま繋いでいようね」
有無を言わさず手を引かれ、私はルシアンとともに歩き出す。
彼の言動にすっかり翻弄されてしまった私は、悪意ある言葉も視線も何もかもが頭の中からすっかり抜け落ちてしまうのだった。




