血が繋がっているだけの他人
翌日の放課後、私はヘレナから預かった鍵を使って古代魔法研究部の部室と備品室の扉を開ける。
部屋の主は不在だが、彼女宛の荷物が届くため、ルシアンとの家事の特訓のついでに受け取りを頼まれたのだ。
すると、すぐに部室の扉をノックする音と同時に声が響く。
「リザちゃーん! 開けてー!」
言われるがまま扉を開けると、両手いっぱいに紙袋を抱えたルシアンが立っていた。
「すごい荷物……どうしたんです?」
「これ、全部僕へのプレゼントなんだ」
「ああ、お誕生日だったんですね。おめでとうございます」
「僕の誕生日は三ヶ月後だよ?」
「…………」
だったらこのプレゼントの山は一体何なのか……。
備品室に入るなり大量のプレゼントをテーブルの上に置き、一息ついたルシアンが口を開く。
「実は、僕に贈り物をしたい令嬢たちの気持ちを汲んで専用のロッカーを設置してあるんだ」
「は?」
ルシアンの話によると、中等部時代からモテまくっていた彼は令嬢たちから毎日のようにプレゼントを受け取っていた。
しかし、とある令嬢がルシアンへプレゼントを渡す姿を婚約者に見られたことで、ちょっとした騒動へ発展してしまう。
中等部といえば、ちょうど婚約者探しが活発になる年頃。
そこで、今後も同じようなトラブルが起こらないよう、一部の有志がルールを定めたそうだ。
ルシアンにプレゼントを贈る際は、本人に直接手渡しせずに指定のロッカーへ入れること。
さらに、プレゼントは必ず無記名にすること。
ロッカーにプレゼントを入れるだけならば代理を頼むこともできるし、無記名ならばルシアンに贈り物をしたという証拠も残らないという意図だそうで……。
そして、そのルールは高等部へ進学しても引き継がれ、定期的にルシアンがロッカーの中身を確認して取り出しているというわけだった。
「ほら、見て! 色々もらっちゃった」
ルシアンが袋の中から次々とプレゼントの中身を取り出してテーブルの上に並べていく。
日持ちのする菓子類や男性用の装身具、見事な刺繍が施されたハンカチからは香水らしき甘い香りが漂った。
「これも美味しそうだよね。よかったらリザちゃんも食べる?」
そう言いながら、ラッピングされたカップケーキを無邪気に差し出すルシアン。
「あの……怖くはないんですか?」
「何が?」
「無記名ってことは誰からのプレゼントかわからないってことですよね?」
「まあ、そうだけど……。自分で作ったわけじゃないだろうし」
たしかに、どの菓子も形は見事に整っており、令嬢たちの手作りではなくプロによって作られたものであることが推測できる。
(それでも知らない人から貰うのは……)
しかし、警戒する私をよそに、ルシアンはラッピングを剥がして躊躇うことなくカップケーキを口に運ぶ。
きっと、彼にとってプレゼントを受け取るのが当たり前で、特別なことではないのだろう。
そんなルシアンのモテっぷりを目の当たりにしていると、ふと昨日のエメラインの不可解な言動を思い出した。
「あの、ルシアン様に聞きたいことがあって」
もぐもぐと口を動かしながら、ソファに座ったルシアンが私の顔を見上げる。
「エメライン様と仲がよかったりしますか?」
「ん? エメライン様って……第二王子の婚約者の?」
「ええ」
カップケーキをあっという間に平らげたルシアンが軽く首を傾げる。
「喋ったことはあると思うけど……」
どうやらその程度の関係であるらしい。
「彼女がどうかした?」
「いえ、たいしたことじゃないんです」
「あ! もしかして僕との仲を疑ってる? 嫉妬しちゃってる?」
「全くしていませんね」
即答する私にルシアンは笑う。
「まあ、さすがの僕も王子の婚約者に手を出したりしないよ。侯爵家どころか国からも追い出されちゃう」
「そうですよね……」
だったら、どうしてエメラインはあんなことを言ってきたのだろう。
もしや、ルシアンの隠れファンだったり……。
しかし、そのタイミングで今度は配達員が訪れたため、自然と話題は受け取ったヘレナ宛の荷物へ移り変わる。
「これ、何の魔道具だろうね?」
「おそらく『属性判定審査』に使われる判定機だと思います」
届いた荷物は、人の顔ほどの大きさの透明な球体が台座に設置されている魔道具。
この国では九歳になると『魔力量判定審査』を、十三歳になると『魔力属性判定審査』を受けなければならない。
私も十三歳になってすぐに、この魔道具によって全属性持ちであると判定されたのだ。
「へぇ……これが……」
しかし、私の隣に立つルシアンの初めて判定機を見たかのような反応に、彼が魔力無しであったことを改めて思い出す。
「どうやって使うの?」
「この台座の魔石に魔力を流し込むと球体内部に属性魔力に応じた色が現れるんです。その色で判定をします」
「そうなんだ。僕は魔力量判定で弾かれちゃったから属性判定審査には呼ばれなかったんだよね」
そう言いながら興味深そうに判定機を見つめるルシアン。
「審査を受ける前は自分が魔力無しだなんて考えもしなかったから、どの属性魔法を使えるのか楽しみにしてたんだけど……。結局は僕が貴族として不適格だってことが証明されただけだったなぁ」
その声に悲壮感はなく、ただ事実を述べているだけという印象を受けた。
だからだろうか、私も自然と持論を口にする。
「貴族として不適格と言うのなら私もですね」
「え?」
「だって、血を繋ぐ役目を自ら放棄しようとしているんですから」
貴族社会では、家門の存続と尊い血を繋ぐことが最重要事項。
それなのに格上の伯爵家との婚約を解消し、結婚そのものを拒否して生きていこうとしている私は貴族令嬢として不適格以外の何物でもない。
そもそも半分は平民の血が混じっているのだから、尊い血ですらないのかもしれないが……。
「だけど、リザちゃんは家門の名を汚したわけじゃないでしょ? 僕なんて実の父親に除籍届を叩きつけられるくらいだよ?」
「そもそも家門だの何だの……正直くだらないと思ってます」
「それは……」
「所詮、家族なんて血が繋がっているだけの他人でしょう?」
ルシアンの言葉を遮って私はあっさりと結論を告げる。
実の母親に捨てられた私は他人に囲まれてすくすく育ち、実の父親に引き取られたあとも、私を娘として育ててくれたのは血の繋がらない養母だった。
ランプリング侯爵家の内情なんて私にはわからない。
だけど、血の繋がりは絶対で、親から子へ無償の愛が注がれる……なんてものが幻想であることを私はとっくに知っている。
「他人……。そっかぁ、他人……。ふふっ! はははっ!」
すると、なぜかルシアンが大きな声で笑いだした。
突然のことに戸惑う私。
そして、ルシアンはひとしきり笑ったあと、私に向かって一歩距離を縮め、満足そうに息を吐き出す。
「ああ……リザちゃんって本当に最っ高だね!」
そのままルシアンは薄紫色の瞳を細めて恍惚の笑みを浮かべた。
「うん。僕、リザちゃんのことすっごく好きになっちゃったみたい」
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次話は明日の朝8時頃に投稿予定です。
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