エメラインの忠告
読んでいただきありがとうございます。
※本日2話目の投稿となります。
よろしくお願いいたします。
(え……?)
意図せず、ルシアンに食べさせる格好になってしまい固まる私。
「熱っ!」
しかし、出来立てを口に含んだせいで、ルシアンはすぐにスプーンから口を離した。
「大丈夫ですか?」
「ん……。ちょっと火傷しちゃった。でも、味はすごく美味しいよ」
「それは……よかったです」
私はホッと息を吐き出す。
この距離の近さはわざとなのか無意識なのか……。
どちらにしても心臓に悪いのは確かだった。
「でも、作るのにこんなに手間と時間がかかるとは思わなかったなぁ。それに、せっかく作っても自分で食べられないし……」
この場所を提供してもらう代わりにヘレナの食事を作るという約束なのだから仕方がない。
「意外と『誰かのため』に作るほうが頑張れたりするものですよ」
孤児院で暮らしていた頃、自分より幼い子供たちが私の作った料理を食べる姿に、なんだか誇らしい気持ちになったことを思い出す。
「ふーん……」
しかし、ルシアンはいまいちピンと来ていないようだ。
「それじゃあリザちゃんはクレイグに手料理を作ってあげてたってこと?」
「いえ、クレイグ様に作ったことは一度もありませんね。まあ、作ったとしても料理にダメ出しをされて終わりでしょうし」
「ほんと酷い奴だよね。僕だったらリザちゃんの手料理に文句なんて絶対言わないし、残さず全部食べるのに」
「ルシアン様も作る側になるんですよ」
どさくさに紛れて私の手料理を強請るルシアンに釘を差すと、途端に彼は話題を変える。
「あれからクレイグと婚約解消の話はした?」
「いえ、もう話し合いにもならない状態で……。しばらく距離を置くつもりです」
ちょうど騎士科の遠征実習のおかげで、クレイグとは強制的に距離を置けている。
「おい、終わったなら次は部屋の掃除を頼んだぞ」
「はい!」
ヘレナの指示に、私たちは慌ててキッチンの後片付けに取り掛かる。
こうして、私はルシアンを自立させるための一歩目を踏み出したのだった。
◇
研究部室棟の前でルシアンと別れたあと、私は中庭を通り抜けて寮へ続く渡り廊下を歩いていく。
ちなみに、寮まで送るというルシアンの申し出は丁重にお断りをした。
(誰かに見られたら誤解されそうだし)
『顔だけ令息』などと揶揄されようが、ルシアンの美貌が令嬢たちから絶大なる人気を誇っていることは確かで、なるべくトラブルの元になりそうな行動は避けたかったからだ。
(それにしても意外だったな……)
キッチンの後片付けを終え、備品室の掃除に取り掛かると、ルシアンの動きが妙に手慣れていることに驚く。
手が汚れても埃を被っても文句も言わず、大きめの虫の死骸が出てきても騒ぐことなく処理をしていた姿が貴族令息らしくなくて、妙に印象に残っていたのだ。
そんなことを考えながら歩いていると、渡り廊下の先に一人の女生徒が佇んでいる姿が見えた。
「エメライン様……!?」
柔らかな笑みを浮かべて手を振るエメラインに私は急ぎ足で近づくと、甘い香りがふわりと鼻をくすぐる。
「リザさん。ずいぶん遅いお帰りね」
「こんな所で……どうかされましたか?」
そう。ここから先には寮しかない。
当然ながら王都に邸宅を持つ侯爵令嬢のエメラインが来るような場所ではないのだが……。
「実はあなたに伝えたいことがあって、ここで待っていたの」
何かの連絡事項だろうかと思ったが、続くエメラインの言葉は予想だにしないものだった。
「ランプリング侯爵令息様の交友関係をリザさんはご存知かしら?」
「え……」
思わぬ名前がエメラインの口から飛び出す。
「いえ、ルシアン様とは知り合ったばかりなので交友関係までは……」
「まあ! 知り合ったばかりなのに、もう名前で呼んでらっしゃるのね」
しまった……と思うも時すでに遅し。
そもそも、生徒会室前の廊下で私を探すルシアンの姿を彼女にも見られていたことを思い出す。
「リザさんは知らなかったようだけど、彼はこれまで多くの令嬢たちと浮名を流してきたの。だけど、特定の恋人を作ろうとはしないし、婚約者に選ばれた人もいない」
「はあ……」
あれほどの容姿なのだから、ルシアンがモテまくっていることは容易に想像できる。
ただ、会話の意図がわからず、気の抜けた返事をする私にエメラインはにっこりと笑顔を向けた。
「だからね、リザさん。自分だけが彼の特別だと勘違いをしてはいけないわ」
「え……?」
「それに、あなたには大切な婚約者がいらっしゃるでしょう? もし、他の男性とのあらぬ噂が広がりでもしたら、困るのはリザさんなのよ?」
そう言うと、エメラインは形のいい眉を下げ、申し訳なさそうな表情へと変わる。
「お節介なのは自分でもわかっているのだけど、どうしてもリザさんのことが心配で……」
「い、いえ。ありがとうございます」
実はクレイグとの婚約解消を望んでいるとはさすがに言えず、とりあえずエメラインの言葉に納得したかのように私は振る舞う。
(お節介……?)
エメラインの言葉を額面通りに受け取れば、私とルシアンの噂が広がり、クレイグとの婚約を解消されてしまうことを心配しているのだろう。
しかし、エメラインとは知り合ったばかりで、もちろん私は彼女の派閥にも属していない。
それなのに私の交友関係……いや、ルシアンとの関係にわざわざ口を出してきた。
それはお節介ではなく、私に対する忠告のように思えてならない。
(どうして……?)
淡い水色の髪を揺らしながら去っていくエメラインの後ろ姿を見送りながら、得体のしれない違和感だけが残るのだった。




