自立と味見
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本日は2話投稿予定です。
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「わっ! 危なっ!」
「指、気をつけてください! そう……うん。上手ですよ」
ルシアンを自立させると宣言した翌日の放課後、私は彼にジャガイモの皮剥きを教えていた。
私が孤児院で暮らしていた頃、自分のことは自分でやるというのが基本の教えであり、それが当たり前だった。
しかし、男爵家に引き取られると、貴族というものは着替え一つでも他人の手を借りなければならないことに衝撃を受ける。
ルシアンがランプリング侯爵家から勘当される件については、私の力ではどうすることもできない。
だったら、せめて市井で生きていく術を学んでから放逐されるべきだろうと考えたのだ。
「ガタガタになっちゃった……」
皮を剥く前よりずいぶん小さくなってしまったジャガイモを切なげな表情で見つめるルシアン。
「初めてにしては上出来ですよ」
慰めるように声を掛ける私。
まずは料理・洗濯・掃除・買い物などの家事全般を一通り自分で出来るようになることが目標なのだが、それを伝えた時のルシアンはかなり不服そうだった。
『えー……どうして僕がそんなことをしなくちゃいけないの?』
『それじゃあ、百歩譲って私があなたを養う……つまり、一緒に暮らしたとします』
『そろそろ名前で呼んでほしいな』
『…………』
一歩も引く気の無さそうなルシアンの笑顔。
話を進めるために仕方なく名前呼びを了承する。
『わかりました。ルシアン様と私が一緒に暮らしたとしたら食事の用意はどうするつもりですか?』
『リザちゃんの手料理が食べられるんだよね? 楽しみだなぁ! 好き嫌いはほとんどないから安心してね。あ! たまには外で食事をするのもいいかも!』
『掃除はどうするんです?』
『僕、そういうのあんまり気にならないんだよね。だから適当でも大丈夫だよ』
『洗濯は?』
『それよりリザちゃんの私服ってどんな感じなの? 淡い色のワンピースとか似合いそうだよね』
『そういうとこですよ! どうして自分でやるっていう発想にならないんですか!?』
『ええっ!? でも、リザちゃんと一緒に住むって話だったから……』
『だから、どうして私が家事を全部するって決めつけるんです?』
『じゃあ、誰か他の人にお願いすればいいんだよ』
『…………』
平民は自分のことは自分でやらなければならないこと。他人に頼むのならば対価が発生することをルシアンに懇々と説明する私。
『でも、僕がお願いすれば、みんなが喜んでやってくれるよ?』
『…………』
貴族の令嬢たちと違って平民に余裕のある者は少ないこと。人によっては見返りを求められてトラブルに発展することを併せて説明する私。
ついでに、私がルシアンを養うことになったとしても家事はやってもらうと伝えると、しぶしぶ彼は納得してくれた。
「さあ、他の野菜もやってみましょうか」
「はーい」
最初は文句を言っていたルシアンだったが、教え始めると案外真面目に取り組んでくれている。
不器用ながらも懸命に野菜の皮を剥く姿は、なんだか微笑ましい。
「ニンジンってどこまで皮を剥いたのかわかりにくいよね」
「まあ、多少皮が残っていても大丈夫ですよ」
すると、背後から気怠げな声が投げかけられた。
「二人とも、キッチンを使うのは構わないが後片付けもきっちりしておくように。あと、紅茶のおかわりを頼む」
ソファにふんぞり返りながら指示を出すのは、この備品室の主ヘレナだ。
ルシアンに家事を教えようと決めたものの、問題はそれを実行するための場所がないこと。
寮には食堂があるため私の部屋にキッチンはなく、そもそも女子寮は男子禁制である。
私もルシアンも出入りすることができて、キッチンが備えつけられている場所となると、この古代魔法研究部の備品室しか思いつかなかったのだ。
そこでヘレナに事情を説明したところ、彼女の身の回りの世話……つまり、散らかった備品室の掃除や食事の用意をすることを条件に、備品室の使用を許可してもらえたというわけだった。
(いっそのこと、このままヘレナ先生に養ってもらったらいいんじゃ……?)
独身で王城勤務のヘレナならばルシアンの求める条件に合致している。
そう思った私はルシアンをヘレナに売り込んでみたのだが……残念ながら「年下は好みじゃない」とバッサリお断りされてしまった。
本人が不在の場で振られた形になってしまい、なんだかルシアンに申し訳ない気持ちになる。
「そういえば、リザちゃんはどうしてこんなに料理が上手なの?」
切り終えた野菜とベーコンを鍋で煮込みながら、ルシアンが私に問いかける。
「孤児院で学んだので」
「孤児院って……」
「あれ? 知りませんでした?」
私は自身の生い立ちと、孤児院では年齢に合わせて様々な役割を与えられ、他の孤児たちと協力しながら共同生活を送っていたのだとルシアンに説明をする。
「ですから、庶民向けの簡単なものしか作れませんけどね」
「そうだったんだね。僕、リザちゃんのこと何も知らないんだなぁ」
「まあ、知り合ったばかりですし、私もルシアン様のことを詳しく知りませんし」
「リザちゃんも僕に興味を持ってくれたの? 嬉しいな」
「そんなこと一言も言ってませんけど……」
「僕の何が知りたい? 特別にリザちゃんにだけ何でも教えてあげる」
「あ! 吹きこぼれるので鍋をちゃんと見ててください」
「はーい」
噛み合うような合わないような会話をしながら料理の完成を待つこと十五分。
「ねえ、コレっていつになったら食べていいの?」
「具材が柔らかくなっていたら大丈夫ですよ。先に味見をしましょうか」
「味見?」
すると、見るからにワクワクした表情でルシアンは出来上がったばかりのポトフを深皿に盛り付け始める。
そして、いそいそとスプーンを用意した辺りで私は待ったをかけた。
「ルシアン様、その量は味見と言わないです」
「え?」
深皿には溢れんばかりに盛り付けられたポトフ。
私はルシアンの持つ深皿からスプーンで少量の具材とスープを掬うと、そのまま彼の前に差し出した。
「味見はこれくらいの量で十分なんです」
「えー……少なすぎない?」
「味を確認するだけですからね」
ルシアンはガッカリした様子で「わかったよ」と言いながら頭を屈ませる。
そして、そのまま私の持つスプーンに顔を近づけると、パクっと口に含んだ。




